第89話ブローノ大渓谷⑥
う、うう……此処はどこだ?
身体が動かない。目は開くが、暗くて何も見えない。
身体が冷たい。感覚が少しずつ戻ってくる。
頬が、手が濡れている。うつ伏せなのだろう。岩肌の感触がまだ谷底にいる事を想起させる。
どうやら脱出出来なかった様だ。だが、生きている。え?生きてるよね?
——痛かった?ごめんっ、痛かった?
突然けたたましい声が頭の中に響き渡る。
頭が割れる様に痛い。誰だ?
——あ、ごめんねー!久しぶりだから上手く力を制御出来なかったみたい。こうかな?
暖かい光が周りを照らしていく。
身体が軽くなり、いつしか痛みも消えていった。これは……、【回復魔法】か。
その術者は巨大な白竜だった。
俺の顔くらいある大きな目。俺を一息で食べれる程の大きな口。
これが話に聞いていた古代竜だというのか。
恐竜など比べ物にならないくらい怖い風貌なのに、こんな陽気で底抜けに明るい口調で話すものだから、なんか拍子抜けしている。
わざわざ回復させたのは、俺を捕らえ谷底に引き摺り込んだのではなく、俺を呼び寄せる為だと考えていいのか?
——まずはあの悪魔を倒してくれたお礼を言っとくね!
あれの半身食べちゃったせいで呪われちゃって、こっからずっーと動けなくてさぁ。
長かったよー。ははは。
この身体は呪いのせいで暴走しやすくなっちゃっててね。しゃっくりが止まらないみたいに、私から放たれる衝撃波が谷に漏れ続けてたんだよねー。
ん?あれれっ?それ何ー?
何百年間も暗い谷底にいたとは思えないテンションで捲し立ててきたと思ったら、突然、爬虫類の様な目が細くなり何かに見入っている。何を見てるんだ?
プシューと荒い鼻息が、突風となって俺の身体をごろごろと転がした。
なんとか起き上がって周囲を見渡してみると、ベルフェゴールが持っていたプルプルの人形が横たわっている。
というか、俺、全裸のままだし!しかもびびってめっちゃ縮み上がってるやん!
恥ずかしいから魔法でちょい強化しとこ。
ベルありがとう!漢を取り戻したお。
——それさぁ、何なのか知ってる?
「あ、いや、魔王が魔力を蓄えるのに使っていた人形としか……」
——そかそか、詳しく知らないかー。ふむふーむ。
実はねー、こんだけ長く呪いに毒されちゃってるとねー、もう色々限界きてんだよねー。だからさぁ、そのホムンクルスわたしにちょーだい!
「ホムン……なんて?」
俺の理解が追いつく前に、人形がふわりと宙に浮かび上がると、突然光り出し、ぷるぷると激しく震え始めた。
何だ?何が起こっている?
——ねぇ、どんな女の子が好きなのー?
せっかくだからさー、君好みの見た目にしたげるよー?
「はぁ?」
ただのぶよぶよとした人形が、徐々に女性らしい体型へと変わり出す。人間の肌感が全身に広がり、胸が膨らみ、腰がくびれ、手足がすらりと伸びていく。
なんてこった。まさか、この竜が人形に乗り移っただと?そんな事が可能なのか?
——はーやーくー。思い浮かべるだけでいいからさー。
え?思い浮かべる?
試しに巨◯を想像してみると、人形の胸部がみるみる膨らんでいった。
な、なん……だと……?
そっ、そういう事なら!
俺はそういうキャラクリ系にはじっくり時間掛けたいタイプなんだよね。
脳内で各パーツ別に妄想していく。
身長、スリーサイズ、手足や胴の細さ長さ、髪型、ああっ、好みが多過ぎるっ!
「あっ、あの!ちなみに制限時間はどれくらいありますか?」
——あ、いや別にそんなのは無いけどぉ……
「なんだよっ!焦らせやがって!こういうのはな、じっくり時間掛けて細部まで拘んないといい物は作り出せないんだよ?分かってんの?」
——あれ?なんかいきなり気安くなってない?私、一応、最上位古代種なんだけどっ?
まぁ、いいけどさ、助けられた身なんだしっ!って、めっちゃ触ってくるー。
「ちょっと黙って!腰と下腹もっとキュッと引き締めて!」
——あっ、はい!
凄いな、腰に手を当てると、それに合わせてどんどん細くなる。だが、あまり細過ぎると奇形ぽくなって、見方によっては気持ち悪くなるかもしれない。
やり過ぎない程度のバランスは必要だ。
「次にこの手のひらに合わせて胸部を大きくするんだ。ゆっくりだぞ」
——あっ、はい!
離れた位置に添えた手に向かい、まるで風船に空気を入れるように人形の胸部が徐々に膨らみだした。それは手に到達しても膨らみ続け、逃げ場を失って指の間からはみ出ている。
「よ、よしっ!あとは形だな。ツンと上を向いた生意気な釣鐘型か、円錐型に突き出した我儘ロケットか、バランスの取れた半球型の優しさ溢れるボールか、あぁ、悩ましい」
色々な形にしては悩み、マッサージしては悩み、そして、時間だけが過ぎていった————。
——え?馬鹿なの?胸部に時間掛け過ぎー!
もー!普通は無理なんだけどさ、私なら後からでも調整出来るからっ。
「え?やり直し出来んの?それを早く言えっての!じゃあ、とりま釣鐘Jよろ。人間にはなかなか無理な造形だから」
華奢な肩に細い鎖骨、あり得ない程括れたウエスト、細長い脚といったスリム体型に、アホみたいに主張してくる斜め上を向いたスカッドミサイル。奇形に見えなくもないが卑猥すぐる。
さてと、次は頭部だな。ここは一番時間が掛かるかもしれないな。
今あるベースの顔は、元々竜だからなのか、吊り上がった蛇の様な目が印象的だ。
顎がキュッと細い輪郭に、小さい鼻と口。唇は薄い。
弄るとすれば目をもう少し優しくしよう。
想像を膨らませていくが、何故だかパーツが調整出来ない。
「おい、顔が変化しないんだが」
——ああ、顔だけは私の個性が強く出るから調整の幅が狭くなっちゃうねー。
髪型なら自由にしていいよ?
え?そんな…………、せっかく身体百点なのに、顔がいまいちって。
仕方あるまい。とりあえず長髪にして目が隠れる様にしておこう。
「もういい、完成だ」
——わーい、ありがとう!じゃあ、同期完了するねー。それぇー!
ホムンクルスの体内から、ぱあぁっと閃光が迸る。
竜の核というのか魂というのかは定かでは無いが、内部から魔力が漲るのを感じる。
分かりやすく言えば新しい肉体に竜本体の引越しが完了したのだ。
目の前に降り立つ女性の余りの美しさに心が奪われ、しばらく動けずにいた。
その威風堂々とした佇まいに、つい畏まりそうになる。
最初は、その超弩級の巨体に圧倒されていたのだと思っていたが、実は竜の秘める荘厳さそのものに気圧されていたのだ。
これが高次元生命体の竜…………
呪いで弱っていなかったら一体どれだけ強いんだろうか。
ずっと閉じている目が開くのを、軽く緊張しながら待っていると、ふらふらとよろけ倒れそうになった。恐れ多くも、急ぎこの手で受け止めさせていただき候。
受け止めた右手が胸に、左手が尻に当たるハプニングに、畏怖の念はどこかしらへと掻き消えてしまった。
意識が無いうちにマッサージしてしまおうか?
マッサージ器は俺好みに想像してある。それを確かめる権利が俺にはある!
ドライバーを全開にし、今ゆっくりとホールインワン!あ、いいよぉ!いい具合よぉ!
俺のサイズにぴったりくるー!良き!良きぃ!ぬほぉー、ホムンクルスのマッサージさいこぉー!
マッサージ止まんねっ!
「う、うぅん……」
むむっ!早っ、早いよ!もう目覚めそうだっ!
バレる前に抜かなきゃ!
なんて呼べばいいのかよく分からないので、とりあえず竜女とするが、その竜女がゆっくりと目を開けた。
「目が覚めたか…………うっ!」
さっきまで爬虫類っぽい吊り目に対して、軽い苦手意識を持っていたのに、今、竜女の目と合った瞬間に心をぐっと掴まれてしまった。真っ白い肌と髪。その髪の隙間から見える長い睫毛の奥、キラキラと煌めく黄金の瞳。吸い込まれそうになる。
ゾクゾクッと体に電流が走り、思わず、えぇ、思い掛けず竜女目掛けてドピュッシー(フランスの作曲家)しちゃいました。え?ドビュッシーだって?南部の方言じゃ発音はドピュッシーぞな。
「パパ…………?あ、違う違う。え?あわわっ、何これー?」
「ど、どうやらまだホムンクルスの粘液が残っていたみたいだな」
適当に誤魔化して、水魔法でさっと粘液を吹き飛ばす。
竜女が目をパチクリしながら俺を不思議そうに見つめている。
それより、今、パパって言わなかったか?聞き間違いか?一風変わった鳴き声なの?パパパ。
「どうした?まだうまく身体が馴染まないのか?」
「うぅん、生命の本能なのか、それともそういう設計なのか、君にその…………愛情を感じるみたい。ははは、親子の愛ってやつ……かな?
可笑しいよねー、人間と竜って頭では分かってんのにさー」
親子の愛情?それって、あのアレか?
卵から孵ったヒナが最初に目に映った対象を親と認識するっていう。
最上位古代竜が俺を親だって?
ベルフェゴール、あんたなんて物を作ってたんだ!
「あー、駄目だー。抑えらんないー」
竜女が俺の腕にスリスリと顔を擦らせ、とても嬉しそうに顔を綻ばせている。
この湧き上がる気持ちは何なんだろう。
確認する様に頭を撫でてみた。
「ふぅわぁああ、力抜けちゃうー」
手足を折り畳み、俺に全体重を預け、もぞもぞと身体をくねらせ甘えてくる。
こりゃ、親子というか、飼い主とペットだな。竜がペットて…………飼ってみたい気もする。
「ねぇ、これからパパって呼んでいーい?パパぁ?」
「パパは却下だ。というかなんだ?俺に着いてきたいのか?」
「えー?私をこんな身体にしといて置いてつもりなのー?」
言い方にちょっと語弊が生じそうだが。
「これはどうするんだ?」
竜女は、目の前に鎮座する巨大な白竜に視線を移すと、名残り惜しそうに俺の身体から離れ、竜へと近付いていく。
「えっーと、この辺かなー?」
そう言って竜女は自分の巨体に手を当てると、魔力の膜で包み込んだ。それを確認すると、次に腕を一気に突き刺した。
突然の行動に驚いたが、魔法効果なのか血は出ていない。
例えるなら、魔法で安全に外科手術している感じか。
しばらくして竜女が手を引き抜くと、その手には青い血に塗れた球体が握られていた。
「あー、スッキリしたぁー」
「それは?」
「あの悪魔の半身。呪いの元凶ねー。
これでようやく呪いは消えたけど、もうこの竜体は使えないかなー。といってもこれ排除しちゃうと谷丸ごと崩壊するからそれは出来ないし。衝撃波は止まらないけど、このまま置いとくしかないねー」
この谷のボスキャラにあたる魔王と竜を攻略した今、定期的に竜の咆哮があるとはいえ、他の冒険者がこの谷底まで到達しないとも限らないのでは?
そう言うと、竜女はこれはただの器に過ぎないと、竜の肉体を一瞬で石像に変えた。
今回は弱体化していたせいでホムンクルスに受肉したが、本来、最上位竜種は肉体を魔力で自在に作り出せるらしい。
それはエルメスから聞いた情報と一致する。
色々考えていると、もう持っていたくないと、竜女が手に持っていた球体を押し付けてきた。
先程入手したベルフェゴールの魔玉を取り出すと、球体がシューと音を立てて蒸気の様に形を崩し、魔玉の中へと吸収されていく。
つまりこれで、ベルフェゴールの魔玉がようやく一つとなったという事か。
二度と復活させない様に厳重に保管しておこう。
「ねぇ、パパー。そろそろ名前教えてよー。名前教えてくんないなら、ずっーとパパって呼んじゃうよー?」
なんか初めて会う女子に、パパって呼ばれるのも卑猥で興奮するが、こいつを連れ帰った際、他の女性達に誤解させるのは忍びない?
「自己紹介がまだだったな。俺はテツオだ」
「テツオかー」
「お前に名前はあるのか?」
「もちろんあるよー。アルって呼んでー」
「アル…………だけか?」
「…………真名?人間に気軽に真名教えちゃうと、他の竜神達から誇りを失ったのか!とか言われて怒られちゃうよー」
エルメスから竜には真名があると聞いている。真名を知る事が出来れば支配できるとも。懐いているのをいい事に駄目元で聞いてみた。
「うぅーん、パパだしなぁー。
でも、本当のパパじゃないしなー。
でも、助けてくれたしなー。
でも、まだ良く知らないしなー」
でもでも煩いな。
なんか顎に手を当てて思考中のままフリーズしてるので、近付いて頭を撫でてみる。
「悪い様にはしないから」
もっとマシな言葉無いのか、俺は。
「ふぅわぁあわわあうあわわわ、アパパパパ。
ふぁ、ふぁたしの名前はアルドゥヴァイン。
パパ、大事にしてね」
骨抜きになっているアルは、俺に手を回してくっついてきた。
アルドゥヴァイン。
そう頭の中で呟くと、心臓を鷲掴みされたような激痛が走る。
「な、何を?」
「パパの心臓に私の刻印を刻んだのー。
ほら、私の身体にも浮かび上がるよ?
これで、もう私は正真正銘パパの物だよー」
真っ白な胸部から臍にかけて、竜言語と言われる紋章が浮かび上がって光を讃えている。
それが目に映り込んだ影響か、興奮に我を忘れ、強引にアルを抱きしめた。
アルが身を捩らせ声を漏らす。
確固たる支配者。確実に俺の物になったという充実感が、マッサージ一突き毎に身体中に広がっていく。
「俺のモンだ!俺のモンだ!俺のっ!」
「ふうわぁっ、あっ、ああっ、凄いっ、パパぁっ」
白く長い髪が魔力で宙を漂い舞う様は甘美で神秘的だ。
マッサージの快感に黄金の瞳が細くなり、その表情は俺に乞い縋っているかの様だ。
今まさに、至高の生命体、最高上位種が、俺に屈服している!
「ご主人様だっ!これからはご主人様と呼べぃ!」
「ごっ、ごしゅっ、ごしゅっ、じっ、さまぁっあーっ!」
長きに渡るしつこいマッサージ。
自分好みにハンドメイドされた身体を思う存分味わいつくして、そのままマッサージをフィニッシュ!
アルドゥヴァインは激しく身体を震わせて気絶した。
——
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