第87話ブローノ大渓谷⑤


 ……あぁ、疲れた。


 無性に珈琲が飲みたい気分だ。

 何なら缶珈琲でもいいし、微糖だろうがブラックだろうが、飲めるもんならどっちだっていい。

 今までずっと忘れていたが、前世では、仕事で疲れが溜まった時に缶珈琲をよく飲んでいた。カコッと開けてクイッと飲むその一連の動作がふと頭に浮かび、驚きと共に喜んだ。

 だが、すぐに落胆した。

 この世界に、俺が求める珈琲はない。

 いや、それでも、もしかすると良く似た品がこの世界のどこかにはあるのかもしれない。


 溜息を一つついてから、回想する。

 ベルフェゴール、真の名をペオル・バアル。

 とてつもなく強かった。膨大な魔力と圧倒的な戦闘力を兼ね備えた魔族との戦闘はただひたすらに恐怖した。

 何故勝てたか。それは、やはりあの二人が居てくれたお陰だ。

 貯め込んだ人間の魂を身代わりにして、いかなる攻撃も無効化する魔王の能力を解明したグレモリー。

 恐怖に対抗する勇気をくれ、最後に決定的な隙を作ってくれたニーナ。

 とはいえ、時間を操りながら、十数回の死から何度も蘇り、ひたすら勝ちに繋がる一本道を見事引き当てた、俺自身を一番褒めてあげたい。

 ある時は、山羊を挑発し過ぎて、速攻で肉弾戦になった時は即死して焦った。

 またある時は、魔法戦で色々試し過ぎて、何度も死んだ。

 極め付けは、背中にへばり付いて自爆された時。本当に参った。

 見た事ない技の応酬に心底ビビった。

 犠牲者を最小限に抑える必勝ルートはアレしかなかったのだ。


 現在、【時間停止】した谷の底。

 俺にはこの谷でまだやるべき事がある。

【転移】するのはそれが済んでからだ。

 バアルの魔玉と消えずに残った山羊角を【収納】に入れ、落下中に停止したままの瓦礫群を避けながら、とある物の捜索を開始した。

 天井にあった不気味な肉塊が破裂し、ゼリー状の液体が流出した際に、何かが見えた。

 その何かの正体が知りたい。

 もしかすると既に岩盤の下敷きにでもなっているかもしれない。

 慎重に探していると、高濃度の魔力を感知できた。瓦礫の向こうを覗くと、プルプルとした柔らかいスライムっぽいゲル状物質が微かな光を湛えている。


 ……何だ、これは?


 恐る恐るそのぶよぶよのかたまりに触れてみた。すると、指が触れたところからドロリと崩れ落ちていくではないか。

 ヌメヌメしたゲルをひたすら手で落としていくと、それは次第と人の形を表していった。

 といっても、手足と頭部が確認出来るだけで、顔や指といった細部に人間らしさは無い。

 まだ形成されてないだけなのか、人の形を模しただけの人形なのか。

 魔力を蓄えるだけの器という可能性もある。

 しかし、それなら魔石でもいいような……?

 ふむ、これは後でじっくりと調べる事にしよう。

 そのプルプルした人形を即席の石棺に入れ【収納】した。


 実はまだ他に気になる事があるのだ。

 むしろ、そちらが本命と言っても過言では無い。

【時間停止】してる間は魔力消費が著しい。

 急がねば。

 壁伝いに上昇しながら目的地を探すと、それはあった。

 高揚する気持ちを抑えつつ、吸い込まれる様にお目当の穴へと飛び込んだ。

 すると、いました、いましたよ!ハーピーが!ハーピーの巣穴でした!

【光魔法:光球ライトボール】で部屋内部を照らすと、少し壁が崩れていたが六体程まだ無事でいてくれた。

 もしかすると、主である魔王の消滅に合わせて、ハーピーも消えたかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。

 巣穴の構造は、壁一面ランダムに穴があって、そこに羽毛が敷き詰めてあるだけの簡素なもの。

 あとは止まり木なのか、壁の上部に太めの木が何本も突き刺さっている。

 奥の巣穴に二体、止まり木に三体、地面に一体、全て裸体、なんてこったい。

 とりあえず手前にいる個体から検分してみるか。

 勿論、これは学術的興味からくる調査であって、あくまでも社会貢献が目的である。

 ……ふむふむ。

 羽の色と同じ黄色の長髪はサラサラで指通りは良好。見た目年齢は十代半ばの美少女。

 潤んだ唇に指を引っ掛け口を開けると、歯並びは綺麗だし、舌もピンク。

 皮膚のサラサラな質感を確認しながら、流れで肩から伸びた翼を触っていく。

 ふわふわでサラサラのかなり気持ちいい感触。

 この羽毛を掛け布団にするなら、かなり気持ち良さげ。いつまでも触っていられる。

 天使レミエルの翼も美しく滑らかだったが、所詮は魔力で発現した偽物の翼。

 このハーピーの翼はちゃんと生きているという体温の熱量を感じる。そこが良い。

 背後に周る。肩甲骨の下辺から人の肌で、キュッとくびれた腰から太ももに指を這わしていく。

 ……ふむふむ。

 太もも半ばからまた羽毛が生え、膝下はスラリと鳥脚が伸びる。

 ほう!これはミニスカートでも履かせれば絶対領域に見えるんじゃあないか?

 鳥脚だって攻めたデザインのブーツに見えなくもない。

 ここまでの所感として、肌の質感は、張りと柔らかさのバランスが秀逸であり、人間のそれと何ら遜色は無い。

 むしろ、翼と脚の造形に対して不快感さえ無ければ、人間部分自体は俗に言うかなりの上玉なのである。


 次の調査に移る前に、グレモリーから聞いた知識を少々。

 ハーピーは異質同体の妖鳥、個体は女性種のみで、繁殖には人間男性の子種が必要と言われ、出産時は卵を産む。そして、産まれるのは必ずハーピーのみ。

 魔界はそもそも人間が住める環境ではない。

 起源は人間界にて生まれ出た妖鳥であり、繁殖の為に人間を襲う魔物という認識が広まっている。

 太古の悪魔が作為的に創った合成獣なのか、それとも神が悪戯に創った生命体なのか、そこまでは伝わっていない。

 今では、その殆どが悪魔に従っているところを鑑みるに、人間からは魔獣扱いされている。つまり、人類の敵である。


 しかし、……うむ、これはなかなか。

 今まさに、妖鳥めの唾液を学術的に検証している訳だが、脳内を揺さぶる程の甘みを感じる。これぞ人間を惑わすフェロモン!

 こいつ、時の止まった世界にも関わらず、フェロモンを放出しておるな!ええい、けしからん!

 ここまできたらもはや、小さめの患部にマッサージ器を入れるしかあるまいて。

 ほほう!これがハーピーのハッピーゾーンか!

 未完成の患部はかなりキツキツで犯罪臭がプンプンするが、この世界に未成年条例などは存在せず、それ以前にギルド討伐対象の魔獣である。つまりはオールセーフ。

 細い患部を掴み、ガンガンマッサージし続けた。

 が、止まった時の中ではいくら刺激しても無反応で少々物足りない。

【解除】して時流を正常に戻した。

 既に魔法で部屋内部を補強したので、これ以上崩壊は進まない。


「ダレダッ?」


 突然現れた闖入者に気付き、ハーピー達が殺気立つ。

 ベルフェゴールの一番近くにいただけはある。そこそこの威圧感だ。

 ボンテージ衣装みたいな戦闘用外皮を瞬時に纏い、口が裂けた醜悪な顔でこちらを一斉に威嚇しだした。

 せっかく戦闘スタイルになってもらって悪いんだが、その黒い外皮の艶かしい光沢も、際どいハイレグ具合も、盛り上がった谷間も、その全てが俺に対する興奮材料にしかなってない。

 ただ、その化け物染みた顔だけはいただけないなぁ。

 先程入手したバアルの魔玉を取り出して掲げると、禍々しい魔力が溢れ出す。

 効果覿面。

 ハーピー達は直ちに地面に降り立ち、一斉に頭を垂れた。

 トップがすげ替わった事に気付き、恐怖からか身体を震わせて怯えている。

 容姿も元の人間ベースに戻っていった。

 目の前でマッサージ器を入れたままのハーピーが纏った外皮は、他のハーピー達のハイレグボンテージ姿では無く、前世でいうところのスクール水着に似た見た目で、どことなく不思議な魅力を感じる。

 そして、可愛い少女の顔に戻ったので、改めてマッサージしていく。

 施術に没頭していると、刺激が強過ぎたのか、幼きハーピーは全身を大きく震わせその場に崩れ落ちた。


「ア、アアァ……」


 サキュバスは俺に凄まじい力を授けてくれたらしい。まだまだ物足りない。


「立て」


 俺の命令に従い、屈んでいた他のハーピー達が素早く立ち上がった。ふむ、魔王が仕込んだのか教育が行き届いている。

 目の前にいる五体……ん?五羽?五匹?五人?単位はなんだ?数え方がいまいちよく分からない。

 五体の中でも特に綺麗な顔をした緑髪ハーピーの前に立つとビクッと怯え、顎にくいっと指を添えると、歯がカチカチと震えだす。

 ここまで恐れられると、ちょっと悲しくなってくるな。


「名前は?」


「……ア、……ア」


 混乱しているのか潤んだ目が泳いでいる。名前が無いのか?……魔王の事だ。使い魔如きに個体名など与えぬ、か。

 気にせずに胸部分の外皮をめくろうとしたら、気を利かせたのか五体全員が装甲外皮を解除し通常状態に戻ってしまう。

 むむむ、プレイの何たるかを分かっておらん!まずは着衣から楽しむのが紳士の嗜みというもの!

 装甲外皮の構造も気になったが、まぁ、平常時に戻ってくれるのなら話は早い。ともかく、こいつらは身も心も俺を受け入れるしかない。

 たっぷりと可愛がってやれば、恐れもたちまち吹き飛ぶじゃろうて。

 緑髪ハーピーの患部をひょいと持ち上げ、マッサージ器を押し込むと、簡単に飲み込んでいった。

 人間を襲う際に、自身に受け入れる準備が出来ていなければ、対象からスムーズな栄養抽出を促せない。

 こいつらはそういう身体の仕組みになっているのだ。

 中は信じられないくらいの窮屈具合。

 以前の俺ならあっという間にフィニッシュさせられただろうが、今はフル強化状態。

 魔獣と人間の架け橋となるべく、丹念にマッサージし続ける。

 次第とハーピーが俺のピーストンに合わせ、鳥の鳴き声に近い高音の声を上げ出した。

 気付くと俺の肩に回す翼が、人間と変わらぬ腕にみるみる変化していくではないか。次いで、脚も変化していく。

 なんだよ、こいつら人間体に変身出来るんじゃないの。

 身長も百五十から六十くらいだし、カタコトだが言葉も話せる。もう、ほぼ人間。それでいて人間程気を使わなくて済む。気楽でいい。

 緑髪はマッサージの限界を迎え、気絶した。

 残り四体のハーピーが手足を人型に変化させ、俺の身体に甘える様に身を寄せ出す。

 本能は鳥、か。

 頭を撫でてやると殊の外喜び、目を閉じてニコニコしながら頭や身体を擦り寄せてくる。か、可愛いじゃねぇか。

 こんな簡単に懐いてしまうとは。

 ペットの様に甘える四体を代わる代わるマッサージしていった。

 地底とはいえ屋外で裸でいるのは、なんとも言えない解放感があるな。病みつきになりそうじゃわい。

 ふぅ、フィニッシュは幼ハーピーにしようか。

 再びマッサージ器を入れようとしたら、意識が戻ったのか翼をバタつかせて逃げようとする。

 ああ、こいつはさっき恐怖状態のまま気絶したんだっけ。

 宙に浮いた足首を掴み、強引に引き寄せ、再びマッサージ器をぶち込んだ。

 くぅぅ、気持ちいい!

 まだ飛ぼうとして羽ばたいているが、患部の腰をガッチリとホールドしているので逃げる事は不可能。逆に腰を激しくくねらせる動きが刺激に直結し、快感に耐えきれなくなったハーピーは飛ぶ事を止め、俺にしがみ付いてきた。

 いい子だ。いっぱいマッサージして解してやるからな。

 それにしても、こいつらハーピーのマッサージ器の構造はキツキツの圧力と強烈な吸引力がえげつない。

 これはもっと徹底的に調査しなくては……



 ————————



 執拗な調査が終わり、計六体のハーピーが地面に横たわり果てている。おっと、泥塗れになっちゃうな。

 気絶したままの六体を宙に浮かし、さっとお湯で洗い、温風で乾かす便利な速洗速乾清潔魔法。

 やっぱり、こいつら家に持ち帰ろうかな。欲しくなってきた。ペットは人の心を豊かにするというし。

 この魔玉さえあればいつでも呼び出せるだろう。

 何かしらのリターンが無けりゃ、悪魔なんて恐ろしくて相手出来ないよ!


 リターンといえば、先程ゲットしたプルプル人形を思い出し、【収納】から出してみた。

 先程はハーピーで頭がいっぱいだったが、今なら落ち着いて冷静に考える事が出来そうだ。

 改めてよく見てみると、高濃度の魔力が人形内部を円滑に循環している。

 最初はゴーレムに近い印象を感じたが、ゴーレムは核さえあれば、後は全身が連動する設計になっており、核に注入できる魔力量には限度がある。

 だが、この人形は魔力を圧縮して貯蓄する構造になっているのか、魔力総量が異常な程高い。

 もしかすると、あくまで想像だが、この人形は魔王のスペアとして造られたのかもしれな……いっ!


「がっ、がああっ!」


 なんの前触れもなく、とてつもない咆哮が谷底に響き渡った。その衝撃で全身が麻痺状態に陥る。

 麻痺!状態異常!魔法が使えないこの状態を一番危惧していた。時間が……操れない。

 ああ、竜がいたんじゃなかったか……失念していた。

 死ぬ程辛いが、一度死んで時間を戻す……しか……

 

 二度目の咆哮。



 ————そこで意識が途絶えた。

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