第55話テーマパーク

 ——テツオパークリゾート(仮)


 城から出て、堀の横にある街路を奥へと進むと城門より遥かに巨大な門が見えてくる。


 門の向こうには、城どころか街を遥かに凌駕した敷地面積に、いくつもの真新しい建築物が聳え立っていた。


 入り口に入るとすぐ噴水広場があり、照明用魔石によるイルミネーションが点灯している。

 まだ午前中だから分かりにくいかもしれないが、夜はライトアップされさぞ綺麗だろう。


 門や照明に取り付けられたオブジェはジョンテ領名産の白金細工で作られており、非常にファンタジー感をアップしている。

 モチーフは精霊や魔獣などこの世界に実在するものだ。


 広場を越えて進んで行くと、いよいよ各施設に繋がるエントランスホールに着く。


 まずフロントで入場料を支払えば、全施設利用可能になっていて、二階より上の宿泊施設へは追加料金にて泊まる事が出来る。


 一番安い二階の簡易ホテルから順にグレードアップしていき、最上階にはスイートルームもあり王侯貴族達にも対応可能だ。


 一階はレストランやコンサートホール、各種専門店などがあり、こちらは無料で利用可能になっている。


 エントランスからは三つの施設へと繋がっているが、一つずつ紹介しよう。


 まずは右側に、スパリゾートエリア。

 巨大な入浴施設で、温水プール、サウナ、大浴場がある。

 こちらは正面の宿泊施設と繋がっているので非常にアクセスしやすい。

 二階には高級クラブやカジノがあり、世界の富豪から金を巻き上げるシステムを充実させた。

 三階から上はまだ立ち入り禁止なのであしからず。


 次に中央部のビーチリゾートエリア。

 もちろん実際の海には及ばないが、波のある広大なプールに、ウォータースライダーや滝も作ってある。

 砂浜、キャンプ場、ジャングルゾーンとアイデアは尽きない。

 温度は一定に保たれているので、季節問わず水着で利用してもらいたい。


 左側にはアミューズメントパークエリア。

 いわゆる遊園地的なコーヒーカップやメリーゴーランドなどのデート向けな乗り物に、フリーフォールやジェットコースターなどの絶叫系アトラクションも用意した。


 全てが魔石装置による動力で管理されているので、アイデアと魔力さえあれば創るのは俺には簡単な事だった。

 俺が既に失った記憶をよりバージョンアップして再現する事が出来て、非常に満足している。

 まるで、童心にかえったようだ。


 ちなみに、この三つの施設を転移装置により自由に移動出来る様になっている。

 俺の領地では、転移装置をみんなが使えるようになるのだ。

 もちろん、安全面を考慮して係員の指示に従って転送してもらう。

 子供の遊び場にする訳にはいかない。


 今は女性達に各施設で手伝わせているが、いずれは領民から募集して従業員を雇うつもりだ。


 これらを一つずつ説明していくのに結構時間を使ってしまったが、女性達の楽しむ様子が見れたので非常に満足できるしている。

 つまり、この世界の住人にもそのまま通用するという確信が持てたわけだ。


 現在二時。

 設置した魔力スピーカーで街中に呼びかけ、コンサートホールへと領民達に集まってもらった。

 入りきらない領民の為に、パーク内にいくつも設置されている魔液晶プロジェクションモニターで対応する。


「ジョンテ領の皆様、はじめまして。

 司会進行役を務めさせていただきますハイエルフのメルロスと申します」


 メルロスが挨拶をすると、会場がざわついた。

 ハイエルフという稀少な存在の物珍しさもあるが、誇り高いエルフ族が新領主とはいえ人間なんかに従っているからだ。

 俺はもう慣れているが、本当そうなんだよね。

 ハイエルフってプライド高い筈だし、実際人間なんかに協力しないって言ってる奴もいたしね。


「私も、後ろに並ぶ彼女達も、ジョンテ家の者に攫われていました。

 悪魔がジョンテ家に忍び込み次男エリックを操っていたのです。

 他にも悪魔は何体もいて、たくさんの貴族を操って悪事を働かせていました。

 決して貴族が悪いのではありません。

 悪いのは貴族を操っていた悪魔なのです。

 我々の本当の敵は悪魔なんだと、皆様にはどうか分かっていただきたいのです」


 俺は群衆に紛れて、反応や様子を見ていた。


 領民、特に男達は、メルロスの演説に聴き入っている。

 エルフの声や見た目は人間の心を捉える特性があるらしい。

 それがハイエルフなのだから、より効果的だろう。


「そして、私達はある冒険者によって救出されました。

 その冒険者は悪魔を退け、私達を救出してくれたのです。

 その働きが認められ、サルサーレ公の推薦で貴族となりました。

 今朝は反乱軍を鎮め、街に平和を取り戻した事を知る者も多くいるでしょう。

 ……では、紹介しましょう。

 新領主、テツオ侯爵マーキスその人です!」


 一際大きな歓声が巻き起こった。

 なんだろう、凄く出にくい。

 というか、出たくない。

 恥ずかしい。

 絶対どもるし、絶対噛むし。

 このまま群衆に紛れていたい。


 あまりに反応が無いので心配したメルロスから内線が入る。


「ご主人様?どうかされました?」


 グレモリーからも催促がくる。


 ——何やってんの?早く出てよ


 うーん。

 クランの内輪レベルでお立ち台に登るくらいならまだ許容出来るが、一万人近くいる会場で挨拶とかちょっとキツくない?


 そこへグレモリーの一言が、俺の重い腰を上げさせた。


 ——領主様に抱いて欲しいって美女たくさん出てくるかもよ?



「えー、私が新しい領主となるテツオです。

 領民の皆様、宜しくお願いします」


 大歓声!

 ようやく現れた領主に待ってましたと言わんばかりの拍手や指笛が鳴り響いた。

 歓声の大音量が身体をビリビリと震わせる。


 何て凄い迫力なんだ。

 これが民の力……

 侮りがたし。


「領主最初の仕事として、領民の皆様の為に楽しんでいただける施設をご用意しました。

 今日は無料で解放致します。

 是非、楽しんでいって下さい。

 長い挨拶は苦手なんで、以上です」


 またも大歓声!


「侯爵ありがとうございました。

 では、本日は……」


 メルロスが引き継いで、各施設についての案内や注意事項などを説明する。

 この内容は定期的にパーク内で流れるので、混乱などは起こらないだろう。



 モニター越しにエリアへ入っていく領民達を観察する。

 領民達が、緊張と期待を膨らませた顔で次々と各エリアへと吸い込まれていった。


 俺が連れてきた妖精フェアリー達が空を舞い、来場者を歓迎する。


 子供達が好奇心いっぱいの笑顔ではしゃぐ姿がそこにあった。


 そうだ。

 そうだった。

 金儲けの為でも、街をでかくする為でもない。


「俺はこの領地に笑顔を取り戻したかったんだ」


 俺の横に立つメルロスやフロントにいる受付嬢達が振り返って俺を見る。

 思わず口に出してしまっていたようだ。


「ご主人様、ご立派でございます」


「あ、いや、ハハハ。

 恥ずかしいな」


 笑って誤魔化すしかない。

 すると、メルロスが俺の手をグイッと引っぱる。


「近くで皆様の笑顔を見に行きませんか?

 モニター越しでは勿体ないですよ」


 いつもと違ったメルロスの大胆な行動にドキッとさせられ、為すがままついていく。


 やはり子供達の一番人気はアミューズメントエリア、つまり遊園地だった。

 初めて見るだろう色々な遊具に、我先にと汗だくで駆け回っている。


「テツオ、子供タチ元気イッパイダー」


 俺の性玩具、いや妖精ピクシーピピが疲れ気味でフワフワ浮いてやってきた。

 疲れ知らずの子供達相手に流石のピピもヘトヘトか。

 こいつには、案内係のフェアリーやピクシーらを統括する役目を与えてあるので、これくらいで根を上げて貰っては困る。


「ピピ、またご褒美やるから頑張ってくれ」


「ご褒美ッテドッチダ?

 ピピ強クナル?

 ピピ気持チ良クナル?」


「どっちもだ」


「ヤッタ!テツオスキスキ」


 上を見て話をしていると、足元にトスンと優しい衝撃を感じた。

 どうやら走っている子供がぶつかったようだ。

 尻餅をつく直前に、その子供をフワリと浮遊させ、優しく注意する。


「お嬢ちゃん、怪我は無いかい?

 ちゃんと前を向いて歩くんだぞ」


 女の子はキョトンと俺を見て、あっ、と思い出したように話しかけてきた。


「あー、もしかして領主しゃまー?」


 そうだよ、と言うと周りにいた子供達がワラワラと集まってきて、揃ったように大声を出す。


「こんなに楽しいとこ作ってくれてありがとー!」


「「ありがとー!」」


 満面の笑みで俺を見上げる子供達。

 少し離れた位置では親であろう大人が微笑ましい表情で眺めている。


 その大人の中に、太陽光を反射して俺の目を眩ませる存在がいる。

 太陽拳か?

 俺に向かってお辞儀をするあのスキンヘッドは、兵士長のロナウドだった。

 子供がいたのか。


「こんな素晴らしい場所を提供してくれた領主様に、私は……なんて事を」


 手を広げ、ロナウドの言葉を遮った。


「もういいんだ。

 明日から頑張って働いてくれればそれでいい」


「ありがとうございます」


 親子水入らずの時間に、俺がいたら邪魔だな。


「じゃ、忙しいからこの辺で。

 メリー、そろそろ行くか」


「畏まりました」


 来たばっかりなのに、もう帰る事になるとは。

 ロナウドは、ひょいと愛娘を抱き上げるとお辞儀をして俺を見送った。


「またね、領主しゃま」


 子供達が手を振っている。

 大人達が会釈をして見送る。


 何だ、この湧き上がる感情は?

 暖かい気持ちに包まれている。


 こそばゆい感じもするが、ふむ、心地よい。

 好感度が上がっていくのを実感する。


 これが、上に立つ者の景色というものなのか。


 面倒事を押し付けられただけだと思っていたが、少しくらいなら頑張れる気がしてきた。

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