第53話革命軍


 デカス山脈の隙間から注ぐ朝日が、寝室から長い夜を奪っていく。


 巨大な窓から見える朝靄はまだ早朝だろう事を教えてくれる。


 黒で統一された巨大なベッドの上は、俺一人だけになっていた。


 時計を見ると六時を少し過ぎたくらい。


 リリィとアデリッサの二人、起きるの早いなぁ。

 目覚めのキスで起こしてくれるの少し期待してたんだけどな。


 起き上がると裸だったので、シャツとパンツを着てスリッパを履き階下へ降りる。

 一流ホテルを意識しているのでアメニティは充実している。

 生地はサラサラなシルクで真っさらな白。

 何て気持ちのいい朝なんだ。


【転移】


 リビングに到着すると、ダイニングに全員が揃っていた。

 リリィ、メルロス、アマンダ、ナティアラ、アデリッサ、三十五人の美女達。

 朝食の準備は既に整っているようだ。

 俺の到着を待っていてくれたのか?

 ちょっと、感激してしまう。


「おはようございます、ご主人様」


 三十五人が立ち上がり揃って挨拶をする。


 全員がテカテカした素材のレースやフリルが付いたキャミソールとタップパンツを着用して朝から刺激が強い。

 下着よりはソフトだが、肩やら谷間やら太ももやら、露出度が高過ぎる。

 メルロスに案内され、長テーブルの上座に座ると、椅子の後ろに待機していた三十五人も乱れなく揃って着席する。

 ここまで、メルロスの教育が行き届いているとは。


 手前から右にリリィ、アデリッサが並び、左にメルロス、アマンダ、ナティアラが並ぶ。

 そこから三十五人が座って俺の方に視線を送る。

 テーブルには、果実やスープ、パン、卵料理、薫製肉などが俺が用意した高級食器に盛られ、いい匂いを漂わせている。


 この光景に不意に涙が出そうになって堪えた。

 大勢で食事が出来るこの現実に感動しているのだ。

 一時はこの世界に来てどうなる事かと思ったが、今こうやって人との繋がりが築けている。


 ナティアラがお腹空いた!と催促し、アマンダが注意する。


「みんな、おはよう。

 待たせたようで済まない。

 揃って食事が出来るのがこんなに嬉しいとは思わなかった。

 さぁ、今日はみんなに仕事をしてもらうつもりだからしっかり栄養をとってくれ。

 お喋りも自由だ。

 では、いただきます」


 俺が手のひらを合わせると、みんなは手を組んで、いただきますと挨拶をする。

 あっ、この世界では手を組むのね。

 すると、俺の仕草を全員が真似をする。


「テツオの国ではそうするのね」


 リリィが不思議そうに微笑んでいる。

 照れ臭そうに笑みで返す。


「今日は新領地で一仕事するつもりだが、リリィはどうする?」


 リリィに尋ねると、じゃあ今日もエルドールに行こうかな、と返事が返ってきた。

 リリィと訓練もしたいとこだが、今日はじっくりと街育成をしたい。

 どうせなら北の国で一番を狙おう。

 何の一番かは決まってないが。


 次にメルロスに確認を取る。

 三十五人の派遣先は新領地だ。

 各自準備出来次第、ジョンテ城に転移装置を使い、来てもらうよう伝えた。

 アマンダ、ナティアラにもみんなと一緒に来るようにも言っておく。


 色々な話をし、食事を終え、服を着て、準備万端一足先に新領地へ向かう。


「では、みんな宜しく頼む」


 【転移】



 ——ジョンテ城・玄関ホール



 ラウールの居る場所に【転移】すると城の入り口に着いた。


 てっきり執務室にいると思いきや、何故、こんなところにいるんだ?


 ラウールを見ると、またも徹夜明けなのか痩けた顔がよりげっそりとしていた。


「ああ、テツオ様。

 大変な事になっております」


「一体どうしたんだ?」


 聞くと、城門を叩く音や騒ぐ声が一晩中続き、いつ門を破られるかと気が気じゃなかったという。

 やはり一睡もしてなかった。


「如何致しましょう?」


 昨日の魔獣や悪魔では抑止力にならなかったのか?

 案外、革命の意思は固いのかもしれないな。


「大丈夫です。

 一人で対応します。

 新しい領主の試練だと思ってちょっと行ってきます」


「昨日より人数が増えてますし、武具を装備した者も多数います!

 無茶です!」


 俺の腕を掴んで行かせまいとするラウール。

 睡眠不足からかフラフラで力を感じない。


「領主が誠意を示せば分かってくれる筈です」


 そう言い切り、城の扉を開ける。

 門までの通路は100メートル以上はあり、途中の深い堀には長い橋が架かっている。

 にも関わらず、怒号や騒音がここまで響いていた。

 ラウールは顔を歪ませながらも俺の後を追う。

 正直、休んでて欲しい。


 もうすぐ、デカスから女性達がやってくるんだ。

 なるべく早く騒動を収めなければ。


 そこへ、一際大きな衝撃音が響き渡った。

 とうとう城門が破壊される事態に。

 こいつらはどうしてこんなに城門を壊す事に執念を燃やすのだろうか?

 革命が成功したという民衆への分かりやすいアピールか?

 それとも城の占拠?


 門へ続く橋を歩いていると、鎧に身を包んだ兵士達が大挙して押し寄せてきた。

 今回は武装した領民なんかじゃない。

 凄い迫力だ。


 一旦、止まってくれないかな?

 丸腰をアピールして両手を上げる。

 戦う意思はない。


 先頭に立つ一際ゴツい銀の鎧を着た兵士が片手を掲げ、後続を止める。


「死にたくなければそこをどけ!

 この領地は既に腐敗している!

 民衆は平和を求めているんだ!」


 スキンヘッドの兵士が何やら主張した。

 俺も何か返さないと。


「ジョンテ家は終わった!

 新領主の俺が平和を約束する!」


「貴族は信用出来ない!」


 矢継ぎ早に否定された。

 貴族の信用が地に落ちているとは、サルサーレ公の言葉だが。

 領主代わるって言ってるのに、ここまで拒否られるのはショックだなぁ。


「暴力で何になる!

 話し合って解決しよう!」


 俺の言葉に兵士達がざわつく。

 スキンヘッドの兵士が横にいる強面の兵士に話し掛ける。


「カルロス、昨日の魔獣を追い払った事といい、この新領主、俺達が聞いている貴族と話が違わないか?」


「昨晩言ったろ!

 こいつがどんな貴族だろうが関係ない!

 ロナウド、覚悟を決めるんだ!

 正義は俺たちにある!

 皆の者!突撃ぃいいいい!!」


 強面兵士が鬨の声を上げると、兵士達が再び突進を再開する。

 くっ、ダメか。

 戦うしかない。


 だが、相手は人間。

 やり過ぎると死なせてしまうかもしれない。

 力を出し過ぎると恐怖を与えかねない。

 難しいな。


 よし!リリィとの特訓の成果を見せる時が来たようだな!

 魔法は無しだ。


 背中から木の棒を取り出し構える。


「では、俺がお相手しよう」


 橋の上という事もあり、広さは制限がある。

 上手く立ち回れば囲まれる事は無い。

 前方からの攻撃に集中すれば制圧出来るだろう。


 前から次々と襲いかかる兵士を一人二人と、突いたり、薙ぎ払ったりして、戦闘不能にしていく。

 兵とはいえ大事な大事な領民達だ。

 後で【回復】してやるから我慢してくれ。


「一人ずつ行くな!

 まとめて行け!」


 強面兵のカルロスが支持を出す。

 三人が一斉に槍で突いてくる。

 後ろに飛んで躱すが、腹を少し切られていた。

 イテテ。


 一瞬で【回復】させるが、シャツに血が滲む。

 危ないな、それ。


「押しているぞ!

 詰めろ詰めろ!」


 槍の三段攻撃が思ったよりキツい。

 防御に徹していると、その間隙を縫って強面カルロスが奇襲攻撃を仕掛けてきた。

 巨大なハンマーが直撃し、後方に大きく吹っ飛ばされる。

 腕の上からだったが胸を強打し、口から血を吐く。

 うぅ、戦いってこんなに厳しいのかよぉ。

 痛えよぉ。


「テツオ様!」


 後方からラウールが叫ぶ。

 危ないから出てくるなよぉ。


 俺自身、【回復】でダメージは無いが、痛みはあるので精神的に疲れてくる。

 朝食後の運動にしては激し過ぎる。

 何でこんな事に?


 仕方ない、魔法を使うか。


 木の棒と全身に【ウィンド付与魔法エンチャント】を掛ける。

 銀等級シルバー冒険者以下の相手になら遅れをとる事は無い。


 槍兵三人の槍をかいくぐり、まとめて足払いするとガシャガシャと三つの鎧が折り重なり潰れた。


「盾を前に!」


 カルロスの号令と共に、大盾をギッチリ重ねた兵士達が橋いっぱいに並び、ジリジリとこちらに迫ってくる。

 十枚は並ぶ盾の異様な圧迫感。

 棒でドンと突いてみるが、衝撃が分散されびくともしない。

 それもその筈、背後にいる魔道兵が何かしらの【強化魔法】を付与したのだ。

 盾が一枚岩となって光を放っている。

 こいつら、戦い慣れてやがる。


火球ファイアボール

アイスアロー


 盾兵の後方から魔法が飛んできた。

 弓兵の矢まで大量に飛んでくる。

 人間たった一人相手になんて事するんだ。


「カルロス!

 ここまでする事ないだろう!

 民も見てるんだぞ!」


 ロナウドという兵士がカルロスに詰め寄るが、カルロスの攻撃命令は止まらない。

 城を囲む豪の辺りでは民衆が、橋の上で起こっているこの衝突を固唾を飲んで見守っている。


 迫り来る魔法も矢も、強化された棒で叩き落とすから問題無い。


 さてどうしようか。

 殺さずに、恐怖を与えず、民衆の支持を得ながら事態を収めるには。


「ご主人様!」


 背後から女性達の声がする。

 城の玄関から何人かが騒ぎを聞きつけ、ぞろぞろと出てきたみたいだ。


 まずい!


「出て来るんじゃない!

 今すぐ戻れ!」


 避けるまでもないと無視していた大量の矢や放出魔法が背後に飛んでいたのだ。

 運悪く一人の女性にその矢が刺さってしまった!

 誰に刺さったのか女性達が重なって見えない。

 だ、誰に?


 堀の向こうで一部始終を見ていた民衆から悲鳴が上がる。


 次いで民衆からブーイングが起こり始め、弓兵が攻撃の手を止めた。


 駆けつけたラウールが女達を扉の中へ早急に避難させたお陰で被害の拡大は防げたが……

 俺がもっと早く片付けておけば良かったんだ!

 くそっ!


「お前らのやってる事は革命じゃない!

 ただの暴動だ!

 これ以上被害者を増やさない為に今から鎮圧する!」


 兵士達ではなく、これは民衆へのアピールだ。

 どちらに正義があるかは民が決める。


 だが、俺の女を傷付けた事は我慢できない。

 絶対に許さん。

 身体の魔力が高まっていく。


 すると、頭の中にソニアの真剣な眼差しが浮かんできた。


 ——【ノールブークリエ】は殺しはしない


 ……そうだった。

 分かったよ、団長。


 民衆に絶対バレないように、こいつらを懲らしめてやる。

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