第48話フート

 僕の名前はフート。


 北盾ノブクリで今、銀等級シルバーに一番近いと言われる入団二年目の銅等級ブロンズ団員さ。


 今話題の、金等級侯爵ゴールドマーキステツオ様にまで名前を覚えてもらっているんだ。

 凄いだろ。


 同期にカンテって奴がいるが、あいつはたまたま魔法が使えたから、リヤドさんの団一位パーティに入れてもらえて、棚からぼたもちみたいなおこぼれ報酬で銀等級シルバーになれたラッキー野郎なんだ。

 暗いとこ苦手のくせにさ。


 そんなの、不公平だよね?


 僕みたいに銅等級ブロンズだけで構成されたパーティで、じっくりと銀等級シルバーを目指すのが、本当の昇級だと思うんだよ。


 それに女の子の団員が心配だから、一緒にパーティを組んであげないと。

 だって、可愛い子は放っておけないじゃん。


 最近、テツオ様の活躍でたくさんの新団員が入ってきたんだ。

 可愛い子もいっぱいいるから、怪我をしないか心配だよ。

 またパーティ編成しないとな。


 そういや、確かアーニャって名前だったかな?

 その子がめちゃくちゃ可愛いんだ。

 サルサーレにはいないタイプでさ。


 純朴で控えめでお淑やかな、お人形さんみたいな可憐さ。

 笑った時のえくぼがまた可愛いんだよね。

 あれはまだ絶対男を知らないと思うよ。


 顔は可愛いけど、男なら誰にでも色目を使うクロエには抜けてもらって、アーニャちゃんを新メンバーにお迎えしたいな。

 よし、そうしよう。


 今頃、みんな宴会中かー。


 あーあ、僕も馬鹿騒ぎしたいなぁ。


 お酒飲みながらアーニャちゃんと話したい。


 バッファロー・テリーから来られたお姉様方を眺めたい。


 なんで、僕が今日に限って受付係なんだよー。


 ん?誰か来たぞ?


 えーと、お名前が、ブレイダン様、と。


 え?ブレイダン?


 伝説の悪魔討伐者デモンスレイヤーブレイダン様ですって?


 何年も前に引退した筈の魔法剣士様がなんで北盾ノブクリに?


 え?それは内緒?

 テツオ様をお迎えにあがった?


 かしこまりました!


 ああ、急いでテツオ様を呼んでこなくては!


 宴会場の中庭かな?


 え?いない?さっきまでいた?

 役に立たないな、クロエは。

 テヘッじゃないよ!

 一回でいいからマッサージさせろよ!

 そしたら戦闘中、胸やお尻に目を奪われる事が無くなって今より効率良く敵が倒せるのにさ!


 ああ、どちらなんでしょう?テツオ様は。


 お役に立てるチャンスなのに。


 そういえば、銀等級シルバーはホームに自室が与えられるんだっけ。


 テツオ様はそこに違いない!


 えーと、ここらしいけど……


 ん?何か声が聞こえるぞ?


 この部屋って確か扉がまだ故障してるんじゃなかったかな?


 失礼しまー……!


 裸のテツオ様?

 なんか激しくベッドが軋む音がするけど……


 暗くて良く見えないな。


 ん?ベッドに誰かいる?


 えっ、アーニャちゃん?


 えっ?えっ?


 アーニャちゃんにテツオ様が激しくマッサージを…………


 何て声を出しているんだろう。


 聞きたくなかった。


 あんな清純な子がこんな声を。


 うああああああああああ!



「ふう、君は本当に間が悪い男だな」



 そう、僕は間が悪いんだ。

 いつだってそうさ。


 だから、銀等級シルバーになれないんだ。


 ああ、アーニャちゃんはテツオ様の……


「何しに来たんだ?」


 ブ、ブレイダン様がお迎えに


「ああ、そうか、ありがとう。

 じゃあ、君は何も悪くない。

 そして、何も見てない」


 僕は何も悪くない。

 僕は何も見てない。


「そうだ。

 お前は今見た事は綺麗さっぱり忘れ、ここから立ち去るんだ。

 そして、俺に急用が出来たと団長かリヤドに伝えて欲しい。

 お前には期待している。

 頑張れよ」


 はい!ありがとうございます!

 失礼します!


 そうだ、僕は期待されているんだ!

 頑張るぞ!



 う、うわぁああああん



 ——————



「テツオ様、見られちゃいましたけど大丈夫ですかぁ?」


 アーニャが後ろから心配そうに話し掛けてくる。


「大丈夫。

 彼からはアーニャが見えてなかったみたいだよ」


 優しくキスをして安心させる。

 確かに【転移】で来たせいで、鍵まで確認しなかったのは俺のミスだ。

 なんならデカスに跳べばよかった。

 自室を使った俺が悪い。


「じゃあ、俺は来客だからそろそろ行くな。

 アーニャは宴会を楽しんでおいで」


 そう行って服を着たアーニャを先に行かせ、俺は【転移】で玄関までいく。


 ブレイダンの背後に飛んでしまった。


「お待たせしました」


 ブレイダンは一瞬驚いたが、またいつもの余裕ある表情に戻る。

 紳士は取り乱したりしないのだ。


「さぁ、参りましょうか」


 宴会の途中で主役が抜けるのは少々申し訳無いが、ブレイダンの誘いを断る訳がない。

 ナティアラズ・バーに向かって歩き始めると、スピードがついつい早くなってしまう。


「待たせたら悪いですよね?」


 失礼します、と言ってブレイダンの肩に手を置き【転移】する。

 一瞬でナティアラズ・バーの真ん前だ。


「これがテツオ様の強さの片鱗なんですね。

 底が知れません。

 本当に人類の味方で安堵しております」


 そう言って彼は微笑んだ。

 ノンノン、俺は美女の味方だ。


「さて、今回は私から一つ提案があります。

 今夜はお礼ですのでお代は頂きませんが、最初にナティアラとアマンダの姉妹が交代でテツオ様を接客致します。

 その後に、アフターを過ごす一人を選んで頂きたいのです」


 な、なんだって?

 どちらかと二人きりで過ごせるだって!


 なんと、今宵だけの特別な個室を用意してくれたという!

 ベッドはやっぱりあるのかな?

 あるのかなぁ?


「前置きしておきますが、彼女達はまだ身体を許した訳ではありません。

 どんな過ごし方、どれだけの時間を一緒にいられるかは全てテツオ様次第でございます」


 部屋にあるベルが鳴らされた時点でアフターは終わるらしい。

 嫌になったらいつでもベルを鳴らされるということか。


 これは究極の選択を迫られたのかもしれないな。


 ブレイダンは会釈をし、店の奥へと入っていった。

 従業員に案内され一番前のボックス席に座る。

 一番前とか胸熱だ!


 まずは、ナティアラの番。


 ふぅ、ドキドキしてきた……


 そ、そうだ、保存しないと!

 もう眼鏡無しでも視覚魔法で魔石に記録出来るから問題無い。


 元々薄暗い室内がより暗くなりステージに照明が灯る。

 横にいる只一人の女性演奏者が弦楽器のリュートを奏で始めた。

 今回は伴奏があるんだ。

 素晴らしい。


 あ、この音色は前に聞いた曲だぞ?

 どこか物哀しい歌。


 スモークなどの演出は今回無く、ステージに現れたナティアラが俺の方へ向かって真っ直ぐ歩いてくる。

 太ももを限界まで露出した淡い青のフレアのミニドレス。

 細い肩も露出して凄くセクシーだ。

 強めの化粧で目力がアップしていてドキッとする。


 ステージギリギリの位置に立つと俺との距離がかなり近くなった。

 胸元で拳を握りしめ、目を閉じて深呼吸する。

 ナティアラの緊張が伝わってくるようだ。

 その大きな瞳を開け、俺を真っ直ぐに見つめる。


「これは親父が死んだ時に浮かんだ歌だ。

 今夜は本気で歌う」


 そんな曲紹介ある?

 でも、やはり悲哀の歌だったんだ。


 彼女が歌い始めると、俺の目から涙が溢れてきた。

 最後の肉親である父親が死に、姉妹二人で悲しみを乗り越え必死に生きようとする情景が目に浮かんでくる。


 涙が止まらない。

 まるで状態異常の魔法にかかっているようだ。


 これが歌の魔力なのか?

 す、凄い。

 歌い終わると、俺はすでに放心状態になってしまった。


「次に、ブレイダンやお前への感謝の歌だ」


 リュートから落ち着いた調べが奏でられる。

 ナティアラが優しい声色で歌うと、胸が暖かい気持ちになっていった。

 詳しくはないんだが確かバラード曲。

 さっきまでの悲しさがどこへやら吹き飛び、心の隙間が埋まっていく気さえする。

 歌でここまで人心を動かせるって凄いな。


 貴族への怒りの歌はちょっとロック調で、俺まで怒りが込み上げてきたが、曲の最後に貴族が捕まりスカッとする。

 気が付いたら席を立ち、ナティアラと目を合わせながら掛け声を叫んでいる俺。

 決して俺はそんなタイプじゃないのに、身体が勝手に動いている。

 俺じゃないみたいだ。


「次で最後の歌」


 リュート弾きがお辞儀をして下がっていく。

 次は伴奏無しで歌うのか。

 アカペラだっけ?


 ゆっくりと流れていく優しい歌。

 恥じらいと戸惑いの表現にこっちまで照れてしまう。

 歌が進み、扉を開いて新しい世界に行こうとしている好奇心と女心が伝わってくる。


 ナティアラは俺から目を離さない。

 両手を広げ、俺に歌を届けている。


 鈍い俺にでも分かる。

 これは俺に向けたラブソングだ。


 そして、歌が終わり、すごく切ない気持ちになる。

 彼女の人生を歌にのせて擬似体験をしたのだ。

 深く感情移入してしまっていた。


 これは完全保存版にして、定期的に聞こう。

 素晴らしいステージだった。


 室内に俺一人だけの拍手が響きわたる。

 喉がカラカラだ。

 用意されたグラスに入った酒を一気に飲み干し、喉を潤す。

 そういえば涙で汚い顔をしているかもしれないと思い、おしぼりで顔を拭く。


 あれ?ステージにナティアラがいない。


 横を見るとちょこんとナティアラが座っていた。

 いつの間に。


「言ってなかったけど……」


 ん?何?


「ありがとう」


 恐らく感謝の言葉なんて普段使わないのだろう。

 その伝え方にぎこちなさを感じた。


 沈黙が続いたので、何の感謝なのか聞いてみたが、彼女は黙ったまま何も言わない。

 俺ももう歌で感謝を受け取っているのでそれ以上何も聞かない。


 二人とも黙ったまま、ただ座っている。


 何か話さないとナティアラが退屈しないか心配したが、彼女から嫌な空気は一切感じない。

 むしろ、俺を意識してどうしたらいいか分からないといった恥じらいを感じる。

 俺の勘違いや自惚れの可能性もあるが。


「最後の歌の意味が知りたい」


 彼女は、ハッと俺の方を一瞬見たと思ったら、すぐに俯きドレスの裾をもじもじと掴んでいる。

 よく見る仕草だなぁ。

 癖なのかな?


「そ、それは後で……」


「後で?」


 ナティアラは怒ったように立ち上がると、俺を見ずに言い放つ。


「ばっ、馬鹿野郎!

 俺を呼べば教えてやるよ!」


 ナティアラはスタスタと去っていった。

 ああ、アフターの事を言っているのか。


 私を選べ、と。


 ナティアラとの素晴らしい時間はあっという間に終わった。


 ナティアラともっと仲良くなりたいなぁ。

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