第39話勇者

 …………………



 ——音声のみ・エナ——



 ——接続を終了します



 ふう…………



 あっぶねー。

 エナの記憶、記録から俺の魔法の痕跡を消しといて良かったぁ。

 巫女になる為に、色々検査されるかもと読んでたんだよね。


 まさか回復魔法まで探り当てるとは、賢者リンツォイという少年恐るべし、だな。

 ん?少女?

 音声では判断がつかないな。


 そして、これも音声でしか分からないが、あれが勇者か……


 エナがどうなるか心配だったが、なんの事はない。

 入り口こそは【魅了】だったが、その後エナと積み重ねた時間は、勇者を拒む程の大きさに育ったという訳だ。


 すまんな、未だ見ぬ勇者カインよ。


 お前の代わりにもう何体も魔族倒したんだし、エナとリリィは俺に任せておくれ。


 鎧を拭いてた間抜けな音が耳に残る。

 キュッキュッ。



「どうしたの、テツオ?

 顔がにやけてるわよ?」


 頭に流れる音声に集中する為に目を閉じていたら自然と笑みを浮かべていたようだ。

 口にある朝食の果実をもぐもぐしながらごまかす。


「この果実、すごく美味しくてねー」


 俺達三人はインプの証拠を消した後、大切な朝食の時間を過ごしていた。

 俺が口を開け、リリィとメルロスが順番に食べ物を入れるルールに落ち着いた。

 口を閉じて、お腹いっぱいをアピールする。

 なんだこれ?


 朝食後は、俺はソニア団長に事の顛末を報告に。

 リリィはエルドールへ修行に。

 メルロスはデカスの家へと戻る予定だ。


「サルサーレ領はもう平和になったのよね?」


 リリィが思い立ったように訊ねる。

 どうなんだろう?

 サルサーレにおいては大きな脅威は去ったと思いたい。


 だが、先程の勇者の話では、南では魔族に占領された領地があり、東では戦争の準備をしているという。


「サルサーレの脅威は去ったが、冒険者達の仕事が終わる事は無い。

 俺が思っている以上にこの大陸にはたくさんの魔族が巣食っているようだ。

 そういえば、勇者の居場所が分かったかもしれない」


 唐突に勇者の話題を振ってリリィの顔色を伺う。

 どういう反応をするか?


「ありがとう、テツオ。

 でも、勇者なんてもうどうでもいいのよ」


 今更勇者に会う気もないし、テツオと居る事を決めたんだから、勇者探しはしないとリリィは断言した。


 そう語るリリィの顔を見て、ちょっと反省した。

 今までの人生モテた事も無ければ、彼女がいた事も無い。

 そんなだから、俺への好意をいい事につい試すような事を言ってしまった。


 まだまだ自分には自信がないのだろう。


「何て顔してるのよ、テツオ。

 ホント判りやすい顔するわよね。

 貴方は何も気にしなくていいのよ」


 そのやり取りを聞いていたメルロスが堪らず割って入り、腕に絡みついてくる。


「ご主人様のその深い愛情を少しでも私に注いで欲しいですわ。

 精一杯ご奉仕致しますので」


 柔らかい巨肉をぐいぐい押し当て、上目遣いで欲しがるメルロス。

 ハイエルフって本当に綺麗な顔をしている。

 初めて近くで顔をまじまじと見たけど、目が少し青いんだなぁ。


「あー、メルロス」


「ご主人様もメリーとお呼び下さいませ」


「分かった、メリー。

 俺もエルメス様に話したい事があるから、エルドールへ行く」


 メリーはやはりエルドールへは行かないみたいなのでデカス転移用の魔玉を渡しておく。


 これがあれば、テツオホームの転移室へ直行できる。

 ちなみにその転移室からはサルサーレの街へも転移できるようにする予定だ。


 エナを迎えに来た時に神官が乗ってきた転移箱と同じ仕組みなので、俺なら簡単に作れるだろう。


 あとは、サルサーレにいい物件があればいいんだが。


「じゃあメリー、後はよろしく」


「行ってらっしゃいませ、ご主人様」


 メリーが深々とお辞儀するのを眺めながら【転移】する。

 何様なんだよ、俺は。

 調子に乗っちゃいそうだからやめてほしい。


 というかリリィ、俺が分かり易い顔してるってなんやねん!

 俺、いつもポーカーフェイスなんだけど!



 ——————



 ——エルドール・長老の部屋



 エルメスに、貴族、魔族、勇者など朝までの事を全て話し、入手した魔玉を渡す。

 ついさっきまで朝まで過ごした濃密な時間を思い出して、エルメスの顔を直視出来なかった。

 というか、胸や足ばっかり見てしまう。

 裸を容易に想像出来るので、瞬時におっきくなってしまった。


「お主がここまでやるとは思わなかったぞ。

 しかも、アンドラスか。

 アムロドが三百年前に苦戦した魔族だな」


 え?アムロドが?

 あの戦士長があんなフクロウ程度に苦戦するとは思えないが。

 俺が強すぎたのか、それとも魔族の魔力が弱まっていたのか。


 それについて訊ねると、エルメスは見解を述べた。

 エルドールでは精霊の力が強いのもあるが、マモンやアンドラス等たくさんの魔力を必要とする魔族が、三百年もの間、人間の大陸に潜んでいたせいで魔力供給が満足に出来なかった可能性もある、と。


 悪魔は魔力無しには存在できない。

 それ故に、魔族は人間に化けて社会に潜む。

 それを、魔人と呼ぶ。

 色んな知恵や術を使って、人間を唆し、騙す。

 魔力を蓄えさせず、この大陸から全ての悪しき魔族、魔人を追放する事がエルメスの願いだ。


 そして、次に勇者。


 勇者については、興味深い話が聞けた。


 勇者もまた魔族の手から守る為、今まで匿っていたという。


 勇者を守護し、来たるべき日に備えて鍛えていたのは、なんと天使という存在!


 天使……だって?


 悪魔がいるなら天使もいるって不思議じゃないし。

 そもそも、俺に力を授けてくれたのは時の神だし。


 その天使も万能では無く、人間界で活動するには信仰力、魔力が必要という。

 力の代行者として、勇者が選ばれるのだ。

 選ばれし優れた人間に、天使が力を貸す。


 天使とやらの力が如何程のものかは分からないが、勇者が人間の希望だということは容易に分かる。


 南の大国においての魔族の占領は、勇者の出現と密接に関係があるようだ。


 それはエルメスも【千里眼】で視ていたらしい。


 魔族側の明らかな人類と勇者への挑発。


 少しでも、育たぬうちに勇者を滅ぼしたいという魔族の思惑のようだ。


 だが、未だ南の大国の力は強く、堅固な防衛戦を維持し、他領地への侵攻は食い止めているらしい。


 一応、南に現れた魔族が何者かを聞いてみたが、やはり正体は分からなかった。


「じゃあ、俺は次何したらいいですかね?」


 アンドラスの魔玉でご褒美一回分はキープしている。

 その次のご褒美の為に、討伐目標を確保しておきたかった。

 ちなみにデブ兄ちゃんの魔玉はやはりハズレ。


「南の国は暑い気候ゆえ亜人族やオーク族など多種族が拠点としておる。

 涼しい気候を好むエルフ族はあまり寄り付かんのぅ。

 東の帝国は戦争も多く、決して住みやすい土地では無いな。

 もちろん、魔族は大陸中におる。

 テツオにはこの世界をじっくりと見聞し、助けたいと思う者を救ってほしい。

 全てを助けようなどと思い上がってはいかんぞ。

 生と死は表裏一体なのだ。

 それがこの世の理。

 全ては救えぬ」


 毎日、今この瞬間も、世界のどこかで誰かが産まれ、そして誰かが死んでいく。

 それは、分かっている。


 俺は思い上がっているのだろうか?


 エルメスは俺に無理させないよう忠告している。


 確かに、俺は世界を救いたい訳じゃない。

 それは勇者や英雄の役目だ。


 俺は世界の美女に会いたい。

 死ななくていい美女を救いたい。


 俺の原動力が今ハッキリした。

 世界平和じゃない!

 美女救済だ!


「エルメス様、俺は俺のやれるだけの事はします」


「うむ」


 あぶねー。

 南や東へ遁走して世界平和の為に大活躍するとこだったよ!


 いや、待てよ?

 南や東にも死ななくていい美女っているんじゃないか?


 まずは情報収集だな。


 あー、美女を探せる【千里眼】ほしー!


「じゃあ、そろそろ行きますね。

 あ、ハズレ玉の分いただきまーす」


 エルメスの美しい顔にキスをする。

 今回は軽くに留めた。


「ん…………、接吻なら、条件無しでも良いのだぞ?」


 そうそう、それそれ。

 物足りない感じでお預けしておいて、エルメスの扉を叩き、気持ちを高まらせておく。

 ついさっきまで初めてだったんだ。


 ……そう、二千年守られた秘宝をいただいたんだよなぁ。


「エルメス様、また来ますね。

 次は礼服で」


「うむ、待っているぞ」


 即答だった。


 今日もきっと頑張れる気がする。

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