第36話エリック

 一晩中、エルメスとマッサージし、そして朝を迎えた。


 エルフの国をエルフ達はエルドールと呼ぶそうだ。


 このエルドールには朝という概念は無いが、新しい一日の始まりに、四大精霊達が創り出す七色の光がこの国全体を覆い尽くすらしい。


 時計を見ると朝五時。

 裸の二人を光の波動が通り抜けた。

 身体の中を風が巡り浄化するような気持ち良さを感じる。

 これが四大精霊の力……

 甚大で計り知れない。


「この光を毎日浴び続ける事で我々エルフは大精霊の加護を授かるのだ」


 エルメスはいそいそとバニースーツを着ようとしている。

 それを普段着にされるのは非常にマズい。


「あっ、その服は俺といる時だけ着てください」


 腰まで履いたバニースーツをもう一度脱いでいる折り曲げたウエストラインにムラっときて、エルメスをギュッと抱きしめると、俺に振り返り訊ねる。


「褒美に満足したか?」


「ええ、大満足です」


 優しく目を閉じて微笑むと、エルメスの身体に風が舞い上がり、会った時のローブ姿に戻った。


 エルメスはいつもの玉座の様な豪奢な椅子に座ると、


「じゃあ、私も大満足だ」


 と、笑った。

 俺もつられて笑ってしまった。

 エルフだから当たり前だが世間ズレしたエルメスがとてもチャーミングだ。


「また来ますね」


 エルメスは定期的にローテーション入りさせたいセオリーです。


「よだれが垂れておるぞ、テツオ。

 もちろん、いつでも来てくれ。

 大歓迎だ。

 だが、次の褒美はまた魔王や爵位クラスの魔族を討伐した時だぞ?」


 な、なんだってー!!


「そんなあからさまに残念な顔をするな」


 しかし、どういう事だ?


「え?魔王クラス?

 魔王倒しましたよね?俺」


「マモンは魔王の一人と言ったろう?

 魔力の高い魔族は爵位を持ち、下位の魔族を従え、それらは魔王になる。

 魔王は決して一人ではないのだ。

 マモンは魔王の中で最弱。

 もっと高い魔力を持つ魔王はたくさんいるだろう」


 ……まるで魔王のバーゲンセールだな。

 勇者サイド圧倒的に不利じゃないか?

 マモンより強い魔族に勇者は勝てるのか?


「分かりました。

 次の魔族はどこに潜んでいますか?」


 エルメスはいつもの不味い紅茶で一息入れた後、俺を指差す。


「私の【千里眼】で視えればもちろん教えるが、お主の持っているマモンの魔玉が近くにいる魔族を教えてくれる。

 あとこれは忠告だが、魔王になろうとする魔族はその魔玉を狙ってくるだろう」


 ええー!?

 とんだ疫病神じゃないか、この魔玉。

 ん?待てよ。

 ご褒美が向こうからやってきてくれると考えたらどうだ?

 ご褒美ホイホイじゃあないか!


「なるほど、ありがとうございます。

 気を付けます」


「悪いな。

 大変だろうがどうかよろしく頼む」


 エルメスは申し訳ない顔をして頭を下げた。


「いやいや、エルメス様が頭を下げる必要はありませんよ」


「そう言ってもらえて助かるよ。

 さて、テツオ、そろそろ時間の様だ」


 詳しくは聞いていないが長老の仕事がいくつかあるらしい。

 名残り惜しいが仕方ない。

 だが、気持ちいいと好きのワードをエルメスに言わせたので個人的には大満足だ。

 それが、棒読みだったとしてもだ。

 異論は認めない。


 俺も服を着て、兵士達が来る前に【転移】する魔力を込める。


「あー、その、……いい夜だった」


【転移】


 くっ、もうちょっとあの恥じらう顔を見ていたかったが、【転移】発動と同時は卑怯だよ、エルメス様!

 エルドールに夜は無いのに、いい夜だったって……

 にやけた顔がなかなか戻らなかった。



 ——【ノールブークリエ】ホーム


 昨晩のドンチャン騒ぎが嘘の様に静まり返る盾の館。

 北国の朝はまだ日が差さず薄暗い。


 館には入らず横を素通りし、厩舎の更に奥にひっそり建つ牢舎へと向かう。

 牢舎一階には一応団員が警護しているが、昨晩飲み過ぎたのか熟睡中だ。

 これは都合がいい。

 受付所横を素通りして、地下の牢屋ゾーンへ無事侵入成功。

 団長に言えば入れて貰えるだろうが、今からやる事に許可が得られるか分からないので強行を決めた。


 見た事無い収容者が何人かいるが、用のある奴は一番奥にいた。


「どうだ?

 逆に自分が牢にぶち込まれた気分は?」


 そいつは両足を失ったせいで、地べたに這い蹲り、床に敷かれた布を噛んで痛みに耐えていた。

 ろくな回復魔法も治療もされておらず、患部を焼いたのみで、あとは縄で縛った程度の不十分な止血処置に留まっている。


 恐らく何度も気絶を繰り返していたのだろう。

 目からは生気が失われていたが、俺の存在に気付くや鈍い光をこちらに向ける。


「貴様ぁ……

 ……私は……、貴族だぞ。

 今に、私の仲間達がぁ……うぐっ!ひぃぁあ……」


 憎らしい口を叩くから、十センチ程度の小石を足首に投げつける。

 切断面に当たり、かなり痛そうだ。

 こんな不衛生な場所にいれば、いずれ傷口に菌が入るだろう。

 そして、死ぬ。


「その仲間を教えて欲しいんだ」


 エルメスが言っていた。

 魔王は魔族を従えていると。

 もしかしたら、魔王が居なくなり既に散り散りになっているかもしれないが、脅威が残っているならきっちりと駆除しておきたい。

 こいつの仲間に化けている可能性もある。


「足を治してやろうか?

 仲間を全部差し出すなら、だが」


 貴族のエリックは恨めしい顔を一瞬見せたが、自分可愛さかすぐにコクコクと、首を縦に振った。


【回復魔法】


 エリックを光が包み込むと、瞬時に両足が治り、体力も回復したのか程無くして立ち上がった。


「こ、こんな事って。

 信じられない!

 あ、ありがとう!ありがとう!」


 足が戻った奇跡に涙を流して喜んでいる。

 俺も信じられない。

 ちょん切れた足がまさか戻るだなんて。


「約束だ。

 ここから出してやるから日の出が登るまでに仲間を全員連れてこい。

 場所はギアッチョの森だ……」



 ————



 朝六時過ぎ、デカス山脈から少しばかり太陽の光が差し込み夜が明けようとしていた。


 ここはサルサーレの街から、少し離れたサルサーレ領ギアッチョの森の中。

 戦闘になる可能性があるかもなので、誰にも見られない様に人気の無い待ち合わせ場所にここを選んだ。


【転移】がある為、一足先に目的地に着いたので、今、早めの朝食を取っているところだが、ここに一つの問題が浮上してしまった。


 森の中は暗いので、煌々と光る魔石ランタンの下、朝食を広げたシートに三人で座っている。

 まるでピクニックに来たように見えるが、俺の両端には、青髪と白金髪の間に不協和音が流れていた。


「私はテツオのモノだから、テツオのモノは私のモノでもあるわ。

 だから、朝食を一緒に食べるのは私なの!

 さぁ、テツオ、あ〜んして」


 リリィは必死に暴論を吐いている。

 何その宇宙理論。


「テツオ様は、テツオ様が所有する全女性の主です。

 貴女はハーレムの中の一人に過ぎません。

 ですが、私はご主人様が死ぬまでお支えすると約束しました。

 つまり、伴侶と同意なのです。

 ご主人様、どうぞ召し上がれ」


 え?俺もうハーレム持ってるの?

 いつの間に?

 あとなんか、誤解してない?

 メルロスさん?


 二人して俺の口に食べ物を詰め込んでくる。

 死因が窒息死だなんて、……僕は嫌だ!


「待った待った!

 俺達はパーティを組む仲間だ!

 仲良くしないなら帰らせるぞ!」


 俺が強く言うと、二人は一瞬で大人しくなった。


「さぁ、握手するんだ」


 二人が俺の目の前に腕を伸ばし、手を繋ぐ。

 すると、ぎりぎりと音がするくらいお互い力が入りだした。


「泣く前に謝ったら?

 私、英雄なのよ?」


「私はハイエルフです。

 精霊の力を使う前に貴女が先に謝った方がよろしいか、と」


 顔は笑っているが、額には血管が浮き出るくらいお互い力が入っている。

 まったく、握手なんかさせるんじゃなかったよ。


「いい加減にしろ!」


 強制的に二人を【闇魔法】の闇の縄で縛り上げる。

 両手両足を一つに縛り、海老反りで宙に吊るされた体勢だ。


「こんなに俺がお願いしてるのに言う事聞いてくれないのか?

 仕方ないな」


 俺の身体から、【水魔法】硬質ゲル状触手でお馴染みのマッサージ専用ゲルちゃんがウネウネ伸びてきて、二人に絡みついていく。

 二人の顔が次第に羞恥心と恐怖心で乱れだす。


「テツオさん!ここでしたか!」


 タイミングがいいのか悪いのかそこへ阿保貴族のエリックがやってきた。

 必死で走ってきたのか前に垂らした前髪が、汗でべったりとそばかす顔にくっついている。

 へばりついた前髪の隙間から覗く陰気な垂れ目が気持ち悪い。


「もうすぐ、仲間達が到着します!

 今から来る貴族の中には人間に化けている悪魔もいます。

 気を付けて下さい!」


 両足と命を救われたのがそんなに嬉しかったのか、仲間の事を色々ゲロってくれる阿保貴族。

 こいつにはもうマモンという後ろ盾はいない。

 必死になるしかない、か。


「あとは、ん?んん!?

 こ、これはっ!」


 エリックがあられもない格好で緊縛マッサージされているリリィとメルロスに気付く。


「まさか、そんな……、テツオさんも僕と同じ趣味があったんですね!」


 俺のは趣味じゃない。

 説得という名の調教だ。

 厳しい第三者の目が加わった事で、卑猥なポーズで縛られた二人が必死にもがき、許しを乞う。

 ゲルちゃんは服の隙間に入りウネウネと動き続ける。


「テツオ、もう……許して、あぁん」


「ご主人様、あぁ、もうご勘弁を、ご勘弁をぉ」


「どうだ?

 仲良く出来そうか?」


 身動きが取れない二人は、涙目で了承した意思を訴えてくる。

 ようやく分かってくれたか。

 俺は穏やかに朝食が食べたかっただけなんだ。

【解除】して自由にしてやると、二人はお互いを認め合い、握手を交わした。

 若干の白々しさを滲ませながらではあるが。


「スカーレット様、共にテツオ様を支えていきましょう」


「ええ、私の事はリリィで良いわよ」


「ありがとう、リリィ。私の事はメリーと」


「メリー!よろしくね」


 うんうん。

 よかったよかった。

 しかし、緊縛したせいでもうエロい気分になっちゃったよ。

 おっと、阿保を放置していた。


「来ました!あいつらです!」


 森の奥から複数のランタンの灯りがこちらに向かってやってきた。


 だが、俺の【探知】ではまだ複数の不気味な気配を感じている。

 もしかしたらすでに囲まれているのかもしれない。


「リリィ、メルロス、相手は魔族だ。

 気を抜くんじゃないぞ」


 もちろん、二人は絶対に俺が守る。

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