第32話メルロス



 ——エルフの国・大地の祭壇



「……遍く全ての大地を司どる土精霊ノームよ。

 この者を蝕む邪悪な呪いを解き給え」


 エルフの神官が詠唱を終えると、大地から黄金色の風が舞い上がり、祭壇に横たわるソニアを包み込む。

 すると、あんなに苦しそうだったソニアの顔が穏やかになり、次第と寝息は落ち着いていく。

 ソニアを蝕んでいた呪いは消えた。


 これで、もう安心だ。


 エルメスに呼ばれ、話をする為に長老の館まで来た。

 前に来た事がある応接間だ。

 人払いしてあるので、広い館に二人きりはドキドキする。


 エルメスが一際でかい玉座に座り、俺はテーブルを挟んだソファに座る。

 隣に座って欲しいっス。


「迅速な対応ありがとうございました。

 ちなみに、エルメス様はどの辺りから視てたんですか?」


 抜群超絶美女ハイエルフのエルメスに話し掛ける。


 エルメスには大陸全てを透視できる【千里眼】がある。

 もし俺の二十四時間の行動をずっと監視されていたんだとしたら、羞恥心で爆死しちゃうよ?


「あの魔族が、魔力を解放した時じゃな。

 あれだけの魔力がぶつかり合えば、嫌でも気付くわ」


 ああ、良かった。

 俺の性事情が視られてなくて安堵する。


 ともかくその【千里眼】のお陰で、ソニアを素早く解呪してもらえたのだから有り難い。


「あ、じゃあ、メルロスさんの事は?」


 エルメスが目を閉じ、胸に手を当てる。

 でかい胸がプニッと潰れ、その柔らかさを俺に伝える。


「ああ、見ていた。見ていたさ。

 あの子の事は、感謝しても感謝しきれん。

 本当にありがとう」


 そんなうるうるの両目で見つめられたら、緊張してしまう。

 自分でも、顔が真っ赤になってるのが分かるくらいだ。

 もうすぐ、このスーパー美女を自由に出来ると考えただけで、下半身がウズウズしてしまう。

 儂のやんちゃ坊主がコレゆう事聞かんのですよ!


「メルロスさんに、一緒に来るか聞いたんですが、帰らないと言われました。

 あと、エルメス様に宜しくお伝えくださいと」


「ここにいると悠久の時が退屈でな。

 国を出る者が出てくるのも仕方がない。

 だが、メルロスも大変な目にあったものだ。

 もしまた会う事があれば、気にかけてくれぬか?」


「もちろんです」


「お主には頼んでばかりだな。

 あとは、そうだった、そうだった。

 倒した魔族の魔玉を見せてくれぬか?」


 お?いよいよ来ましたよぉ!

 エルメス攻略イベントがぁ!

 あれ、魔玉と呼ぶのね。

 それをエルメスに渡す。


「これは魔界の侯爵マモンの魔玉ではないか!

 こやつは三百年前に現れた魔王の一人だ。

 魔界に戻らず、まだ大陸に潜み、あまつさえ北にまで来ていたとは、なんて悪魔だ。

 しかし、三百年も……信じられん」


 魔王?

 勇者が倒すはずの?


「というと?」


「魔族が、この世界に召喚、顕現、滞留等するには、その強さに応じて多くの魔力が必要だ。

 魔族は、生命力、精気を魔力に変換し、自分のエネルギーにする事ができる。

 魔王とまで言われた魔族が三百年もの間、この世界に滞留し続けたというなら、どれだけの生命が犠牲になったであろうか?

 ……想像するだけで恐ろしい。

 お主はそれだけの偉業を成し遂げたのだ」


 もっと褒めて欲しい。


 ベッドで褒めて欲しい。


「ご褒美が欲しい」


 あ、口に出してしまった。


「フフフ……

 褒美は私であったな。

 今は、お主も忙しかろう。

 暇が出来たら、また訪ねてこい。

 いつでも良いぞ」


 やった!確約入りました。

 確約一丁!

 はい、喜んでー!


 我慢出来ず、ソファから【転移】してエルメスの真横に跳び、間近で顔を見る。


 奇跡か、これは……。

 究極の美がそこにある。


 人間なんかが汚してはいけない気がしてくる。


 だからこそ、昔の勇者は手を引いたのかもしれない。


 頬に触れ、唇を触る。

 エルメスはジッと俺の目を見ている。


 果たして【千里眼】は俺の心の動きまで視えるのだろうか?


 普通の人間なら畏怖する能力かもしれないが、俺は気にしない。

 エルメスになら視られてもいい。


 そっと、キスをする。

 エルメスは、あっ、と驚いた顔をする。

 今は、唇に軽く触れるキスで留めておく。


「俺は勇者みたいに逃げませんよ」


「フフフ、どういう顔をしていいのか分からんのぅ。

 お主に全て任せるから、な」


 二千年の秘宝。

 その重さが、歴史が、今、解禁される。


 これは気を引き締め直す必要がありそうだ。


「お任せ下さい」


 これ以上、この部屋にいるとどうにかなりそうだったので【転移】で去る事にした。


 頭がまだクラクラする。

 参ったな、……キスでこれかよ。


 ————


 祭壇に戻ると、先程の男神官がずっと待っていた。

 ソニアはまだ目を覚ましていない。


「長との話は終わられましたかな?」


「ええ、終わりました。

 あれ?こちらに人間の女性がいませんでした?」


「アムロドを探して、行ってしまわれました」


 ん?どういう事だ?

 何か用があったのだろうか?


「テツオ様、娘メルロスを助けていただきありがとうございました」


 え?お父さんなの?

 見た目二十代だから全然分からなかった。

 エルフの見た目ホントどうなってんの?


「メルロスがこの国を出たのは五十年前になります。

 そして一年前、長から娘が攫われたと聞きました。

 私は神官長であり土精霊ノームの依り代。

 私が簡単にここを離れる訳にはいかないのです」


 そうなのか。

 娘の一大事より、役職や国を優先するのってなんかよく分からないな。

 火精霊サラマンダーを使う戦士長アムロドは大陸に戦いに行ってたんだよね?

 まぁ、俺には関係ないが。


「人間を助ける為に、ハイエルフが精霊の力を行使するなど本当は有り得ないと思っていました。

 ですが、娘が助かったと聞いて、自分の中で何かが解けたのです。

 気付けば、私は呪いに掛かった者を早く助けたいと、長に掛け合っていました。

 テツオ様、娘に会ったらこの光文蟲を渡してもらえませんか?」


 神官長の手のひらに蛍の様な小さな光の玉が浮いている。

 なんだ、これは?


「これは、渡したい者の手に渡ると、頭に言葉が流れるエルフの術です。

 メルロスの近くに行くだけで光文蟲はテツオ様から娘に渡ります。

 あの子をどうか宜しくお願いします」


「分かりました」


 何その便利な術?

 使いたい。

 でも、他に何か術式が閃いた気がする。

 今度、試してみよう。


「ありがとうございます。

 こちらの女性はもう大丈夫です。

 人間界に戻れば、いずれ目を覚ますでしょう。

 では、私はこれで失礼致します」


 神官長は、慣れてないのか頭を少し下げると、何とも言えない笑みを浮かべて去っていった。

 名前も聞かずじまいだったな。


 人間がエルフ族にあまり好かれていないのがよく分かった。


 まぁ、エリックみたいな貴族がいるんだから、仕方ないだろうな。


 ソニアを抱き上げると、リリィが戻ってきた。

 表情は特に変化はない。


「なんかあったのか?」


「ちょっと、ね。

 もう戻るの?」


 ちょっとって何だろう?

 まぁ、あんまり詮索するのも、な。

 時計をチラリ見ると午後五時を過ぎたくらいだ。


「ああ、帰ろう」


 リリィが俺の腕に手を回してくる。

【転移】にも慣れたもんだ。


 街に着くやいなや、リリィは買い物に行くと言って出掛けていった。

 気を遣わせてしまったかな。


 ホームに急ごう。


 ————【ノールブークリエ】ホーム


 サルサーレの街に入って、左側の丘を登った高台に大きな館が建っている。

 貴族の屋敷だと思っていたが、まさか一クランの館だったとは。

 敷地内には、馬や牛などの厩舎や、畑、訓練所まであり、かなり充実している。

 凄いやん。


 入り口には、いつからいるのかは知らないが、カンテが待っていた。

 ソニアを担いでいる俺を見て、急いでリヤドを呼びにいった。


 駆け付けたリヤドの案内でホームに入り、すぐに診療室のベッドに寝かせる。


 リヤドが話したいと言うので、会議室に入るとカンテとヴァーディが待っていた。

 四、五十人は座れそうな広さの部屋に四人で座る。


「まずは、テツオ。新加入にも関わらずよくやってくれた。

 礼を言っておく。

 報告だが、手短にいこう。

 今回の依頼は団長が目覚めるまでは、ある程度、情報を制限する事にした。

 主犯のエリックについては、共犯や関係者を洗う為にうちでひとまず隔離監禁してある。

 グエンバンドルスのクランは解体され、遺産は法律上、うちのクランの物となる」


 ここでリヤドは飲料水を一口飲み、話を続ける。


「そして、次が一番問題なんだが、救助した被害者達をどうすればいいか、頭を悩ませている。

 それでだな、団長に聞いたんだが、この依頼はお前が持ってきたらしいな。

 だから、彼女達の今後をお前に任せてもいいか?

 その中にお前が助けたかった女性がいたのだろ?」


 個人的に助けたかった女性がいた訳では無いが、女性を任せてくれるのなら、喜んで任されよう。

 他はどうでもいい。

 そりゃ、まだまだ悪い貴族がいるのは当たり前だし、そいつらをいちいち成敗する程、俺は正義の味方じゃない。


 俺は美女の味方だ。


「分かりました。

 女性達はどちらに?」


「ギルド横に医療施設があり、一旦そこに待機してもらっている。

 来てもらったばかりで悪いが、今すぐ行ってきてもらえないか?」


 あ、なんかこういうたらい回しってどこの世界にでもあるんだね。

 まぁ、新入りだからいいんだけど。

 すぐに部屋を出て、人気の無い場所から【転移】する。


 ——ギルド直営・医療施設


 簡易ベッドが多数置かれたプライバシーも何もないだだっ広い空間に、老若男女問わず負傷者達が所狭しと詰めている。

 なるほど、この世界は危険が付き物。

 負傷者が舞い込むのは日常茶飯事で、ベッドが足りないくらい人がいっぱいだ。

 階段や廊下にまで順番待ちの怪我人がいる。


 回復役ヒーラーの神官や回復依頼を受けた冒険者が次々と魔力切れを起こし、全く間に合っていないのが現状らしい。


 どうなってんの?コレ。


「【ノールブークリエ】の方!

 お待ちしてました、こちらです」


 看護班の女性が俺に手を振り、こっちこっちと手招きする。


 どうやら、さっき貰った【北の盾】のエンブレムがデザインされた腕章が目に入ったらしい。


 そっちは、建物の裏口だけど?

 え、外なの?


 予想通り、裏口から外に出ると、救助した女性達がそこにいた。

 簡易的な椅子に座っているが、扱いが雑過ぎじゃないか?

 劣悪な環境で拉致されてたんだぞ?

 急いで、対応しよう。


 数にして、計三十六人。

 貴族のお眼鏡に適うだけの美貌を全員が持ち合わせていた。

 美人ばかりで凄い光景だ。

 これが今から俺のハーレム……おっと、気が早い。


 まずは、この街に家族または身寄りのある人がいるか、行くあてはあるのか、一人一人話をしながら確認する。


 ……駄目だ。

 大なり小なり、ほぼ全員が心的外傷トラウマによるダメージを抱えている。

 確かPTSDというやつだ。

 こればっかりは、俺の【回復魔法】では治せない。


 あの阿保貴族に、お前は奴隷になるだの、高く売れるだの、長い期間言われ続け、まともでいられる女性はいないだろう。

 ただ、一つ運が良かったのは、奴隷として高値で売る為か、全員が処女のままだった点だ。

 性的虐待は一切なかったようだ。


 荒療治ではあるが、軽めの【闇魔法】で記憶改竄をさせてもらおう。

 まず、【洗脳】で誘拐された事実を短期間にして記憶させる。

 完全に忘れさせた場合、何かの拍子でフラッシュバックしたら精神が壊れてしまうかもしれないからだ。

 短期間ならそれに耐え得る精神力が徐々に身に付いていくだろう。


 次に、ポッカリ空いた心の穴を、軽度の【魅了】で埋める。

 ちょっとでも好きな人がいれば、前向きに生活する為の生命力が育つだろう。

 恋は人を強くする。

 相手が俺なんかで申し訳無いが、それこそが荒療治なのだ。


【魅了】を軽度に留めるのは、争いを生じさせない為と、俺自身が対応しきれなくなる為、だ。


 優先的に、この街に家族や知人がいる一部の女性達に家へ帰らせ、俺の治療施設に来るかどうかを相談させる。

 これはあくまで関係者達を安心させる為だ。

 彼女達は全員、俺の施設に来るだろう。


 それが、俺の魔法の力、だからだ。


 一人ずつ、その女性に合わせた魔法を調整していく。


 最後にメルロスの順番になった時には全員が戻って来ていた。

 俺をじっと見たまま、じっと待っている。

 みんなには治療が必要なようだ。


「メルロスさん、お待たせしました」


 すると、俺の身体から光文蟲がふわりと舞い出し、メルロスの手のひらに乗ると、ポワッと弾けて消えた。


 なんて綺麗な術……。

 恋文などを贈る際にはさぞかしロマンチックだろう。


 父である神官長の言霊が、メルロスの脳内に流れているのか、目を閉じたまま、時々頷いたり、涙ぐんだりしている。

 しばらくすると、目を開けた。


「父の文を届けていただきありがとうございました。

 父は出て行った私を怒るどころか、攫われた私をずっと心配しておりました。

 今回助かったと聞いて大変安堵し喜んだそうです。

 父はテツオ様に救って頂いた命を、次はテツオ様が死ぬまで使えと言いました。

 テツオ様が許すなら、私に役に立つ機会をお与えください」


 え?

 神官長がそんな事を?

 こんなエルフ二連チャン展開くるのか?

 というか死ぬまで仕えるって何?

 これはもう圧倒的長寿だからこそ為せる発想だろうか。


「貴女は一年間もの間、誘拐されてました。

 心は大丈夫なんですか?」


 誇り高いエルフが人間に仕えるとかあり得ないような。

 もしかしたら、精神的ストレスからくるものかもしれない。


「エルフにとって、一年は些末なものです。

 何の負担でもありません。

 私は、土精霊ノームの力を少しばかり借りる事が出来ますし、回復魔法も多少は使えますので、足手まといにはならないと思いますよ」


 強い意志を前面に出してくる。

 これは拒否する必要はあるまいて。

 お言葉に甘えて死ぬまで面倒を見てもらおうかな。


「わかりました。

 こちらこそ宜しくお願いします」


 メルロスはホッとした様に胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。

 ご恩に報えるよう尽力致します」



 ——テツオは三日目にして、三十五人のハーレム候補と、エルフの仲間を手に入れた。

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