美青年に魅了された俺、33歳おっさんです

崎田恭子

第1章

赤井創(つくる)は今日もスマートフォンのアラームの音で目覚め毎日のルーティンをこなしていく。先ずはベッドメイキングから始まり部屋の至る箇所の清掃を施す。赤井の住まいは2DKの間取りのマンションの一室で寝室とリビングとを分けて使用している。掃除機をかけワイパーで丁寧に隅々まで磨く。テレビ等の家電も隅々まで雑巾で磨きあげる。

清掃が終了すると健康維持に必要な筋トレを30分間行う。

それを終えると漸く朝食の準備に取り掛かる。栄養バランスを考えた野菜中心の和食が定番メニューだ。

身支度を整えながら落ち度が無いか振り返る。当然の事ながらスーツやワイシャツは前日の夜にパリッとアイロン掛けをする事も怠らない。

「よし、今日も完璧だ!」

潔癖症と完璧主義をこじらせた赤井ならではのルーティンなのだ。


通勤の為、マンションから出て徒歩15分程の最寄り駅に辿り着く。15分も歩くのならば自転車や原付きバイクで通った方が時間効率も良いし何よりも楽なのではと思うのが多数派の意見だが徒歩で足腰を鍛えるという赤井の拘りなのだ。赤井は年齢が30の王台に乗った頃から生活習慣病予防の為にも始めたのだ。その甲斐あってか健康診断の結果は優良で毎回、異常無しなのだ。

駅構内に時間通りに辿り着き改札を潜ろうとしたその刹那、構内からアナウンスが聞こえてきた。

「人身事故の為、暫く停車致します」

赤井はチッと小さく舌打ちをしながらスマートフォンをスーツのポケットから取り出すと勤務先の上司であり大学時代の友人である澄江貴史に通話をする。

「電車が人身で暫く動かねぇから少々、遅刻する」

「了解。遅延届け忘れるなよ」

「あぁ、分かってる」

赤井は通話を終了させると近辺に公園があった事を思い出し自販機で缶コーヒーを購入し公園へと向かっていった。

公園の中へ進んでいくと平日の朝である為か人影は疎らで騒々しい場所が苦手な赤井にとってはうってつけの状況だった。腰を落ち着かせる為のベンチを探そうと少し進んでいくとサッカーでも出来そうな広場のような空間が見受けられた。そこを見ると幾つかベンチがある事に気付く。わさわざ奥へ行くのも面倒な為、広場の入口の付近にあるベンチへと足を踏み入れたがそこには既に先客がベンチを陣取っていた。何気なくその陣取られていたベンチに座っている人物に視線を注ぐと後ろ姿だけだが20歳前後であろう若者が座っていた。このような時間に一体、何をしているのだろうとその男性を見たその瞬間…赤井は身体が硬直し脳内は機能停止してその男性を凝視してしていた。ダークブラウンのサラサラとしたヘアに同系色の大きくアーモンドのような瞳、鼻筋は通っており唇の形も良く顔の輪郭も綺麗なラインで小さめ、細身で足の長さから長身な事が見て取れる。モノトーン調のファッションが色白で綺麗な肌を際立たせている。

赤井は一目でこの美しい青年に恋に落ちてしまったのだ…

そして、暫く見詰めていると青年は赤井の存在に気付いたのか赤井に視線を向けた。ドキリと心臓が高鳴る…

しかし、その青年は読書をしていたらしく直ぐに紙の世界へと視線を戻した。

男に見詰められて気色悪かったのか…?赤井の脳裏にふと過る…が青年の目の下は微かに赤みを帯びている…これは…いやいやいや!これは気のせいだ!

赤井は自分の都合でそのように見えてしまったのだと無理やり解釈をした。

 

その後、電車が再開し駅のホームへと向かうが未だ脳内は呆然としている。フラフラとした身体を何とか動かしながらホームに辿り着き電車に乗りシートに座る。潔癖症の赤井がシートに座る事など皆無に等しいのだがこの時の赤井は立っている事すらままならなかったのだ。

そして、勤務地の最寄りの駅で降りるが未だフラついたままだ。日々の習慣とは不思議なもので脳内が上手く機能しなくとも身体が勝手に動くものらしい。

 

赤井は自身が所属する販売促進部のオフィスに入るとビジネスバッグを床に投げるように放りデスクに突っ伏した。身体の熱は未だ冷めやらない。そのような赤井を見兼ねた直属の部下である上戸瑠良が心配げに声を掛けてくる。

「赤井部長補佐、体調が優れないのでは?」

「あぁ、少しな」

「コーヒーでも入れてきましょうか?」

「あぁ、頼む」

上戸は踵を返し給湯室へ足早に向かっていった。

体調が悪い訳ではねぇ…何だあの生き物は…本当に同じ人間なのか…

赤井は公園で脳裏に焼き付いた青年の姿をフラッシュバックさせながら未だ上体をデスクに預けている。

そして、程なくして上戸がこのような赤井を気遣うかのように淹れたてのコーヒーが入った赤井仕様のマグカップをそっとデスクに置いた。

「てっめぇ、点数稼ぎしやがってふざけんな!」

「点数稼ぎなんてしていないわよっ。ただの気遣いよっ」

「それが点数稼ぎだって言ってんだよ!」

「なんですって!」

今、上戸瑠良と凄い剣幕で言い争いを勃発させているのは上戸と同期の原田誠司である。この二人は3年前に入社をしたのだが配属部署が決まると同時に赤井の直属の部下を目指す中で互いに対抗意識を燃やしていたのだ。

「調子が上がらねぇからちょっと一服してくる」

「はい、業務の方は滞りなく進んでますのでごごゆっくりしてきて下さい」

「あぁ、悪いな」

体調が優れないのではと感じ気遣い告げたのは同じく赤井の直属の部下である最年長の服部祐介である。

「お前らが騒がしいから部長補佐は休む事が出来なかったんだぞ」

「はい、すみません」

上戸と原田を叱咤したのはまたまた同じく直属の部下である入社5年目の川端学である。上戸と原田は俯き加減になり反省をしている様子だった。

「部長補佐に悪い事をしたのだと思うなら俯いていないで仕事をしろ」

「はいっ、わかりましたっ」

上戸と原田は服部に再び叱咤されPCに視線を戻し慌てて業務に入った。

先程、登場した4人は部長職の澄江を始めとする販売促進部内の選りすぐりの精鋭達である。赤井は入社当時から類まれな頭脳と行動力で当時の部長や澄江を含む先輩達から一目置かれる存在だった。そして、赤井は入社8年目にして異例の部長補佐に抜擢されたのである。その頃、澄江も同時に入社10年目にして部長職に抜擢されていた。澄江は部長職になるとこの部署に特殊部隊を結成させる為に赤井に依頼したのだ。この特殊部隊とは部署から澄江、赤井から任命を受けた人物を赤井の厳しい指導の元、業務を遂行させるというものなのだ。その為、今後の昇進を約束された精鋭部隊であり後にこの部隊は社内でも有名になりいつしか「チーム赤井」と揶揄されるようになっていったのだ。この「チーム赤井」に選抜された人物は他にも多数存在したのだが赤井のあまりにも厳しい指導に耐えきれず退陣していった者も数しれずいたのだ。その中で生き残った人材がこの4人なのだ。

 

赤井は身体をフラつかせながら歩いているとその他の部下も心配げな眼差しで赤井を眺めていた。廊下に出ると部署の斜向かいにある喫煙室の扉を開いた。すると今、一番会いたくない人物が目に入る。赤井にとっては非常に面倒な人物なのだ。

「やぁ、創くん、珍しく疲れきった顔をしてぇ。さては何かあったな?」

「何もねぇよ」

赤井に声を掛けてきたのは商品開発部の部長職である赤井の同僚であり大学時代の友人である田端紀香であった。田端もまた、類まれな才能の持ち主で一年程前に部長職に抜擢されたのだ。大学時代は探求心も大勢で大学の図書室で気付いたら明け方までいたという逸話がある程なのだ。

「またまたぁ、長い付き合いの私を誤魔化せるとでもお思いか?」

田端は堪が鋭く好奇心も大勢な為、一度、捕まると絶対に聞き出すまで容赦無くしつこく付き纏うのだ。

「仕方ねぇ…誰にも言うなよ」

「誰にも言わないよぉ。ねぇ、なになにっ」

田端は瞳を爛々と輝かせながら再び問う。

赤井は朝から今までに至るまでの経緯を田端に語った。

「えっ…あんたの恋愛対象って同性だったの…?」

田端は赤井の突飛な発言に上昇していたテンションが急降下し真顔になり口調も神妙なものへと変化していった。

「同性が恋愛対象で悪いか」

「別にそんなもん、あんたの自由だけどさぁ。だから、浮いた話しが無かった訳かぁ。あんたってさぁ、社内では結構、モテてたのにも気付かなかったの?」

「そんなもん、興味ねぇからなぁ」

赤井の容姿は身長こそ高い方では無いが肩幅が広く胸板も厚い筋肉質な体格だ。黒髪のサラサラヘアに長めの前髪から薄っすらと見える切れ長の瞳が男性特有の色気を感じさせる。

「だろうね。あの上戸ちゃんもその中の一人なんだけど全く気付かなかったの…?」

「あぁ」

赤井は悪びれる様子も無く煙草を一本くわえライターを着火した。

「あんたみたいな有望株を女子が放っておく訳ないでしょ?まぁ、そんな事はどうでも良いとして。で、今後はどうするつもりなのさ?」

田端は再びテンションを上昇させながら赤井に詮索を開始する。

「どうもこうも今日、出会ったばかりだぞ?」

「いやぁ、あんたをここまで腑抜けにしたんだから運命の出会いかもよ?明日、思い切ってコクっちゃえば?また、公園にいるかもよ?」

「他人事だと思って面白がってんじゃねぇっ」

「面白がってなんかないよぉ。あんたの恋を応援しようと思ってんだよ?」

「はぁ…」

「そんなにため息が出る程、惚れちゃったの…?」

「まぁな…」

「やっぱり、これは運命だね」

「勝手に言ってろ。大体、セクシャルマイノリティとかいう位なんだから恋愛対象が同じなんて奇跡に等しいだろ」

「当たって砕けろ」

「砕けたくねぇ」

「一か八かコクってみろ」

「しつけぇぞ」

そのような会話をしているといきなり凄い勢いで喫煙室の扉が開いた。

「田端部長!やっぱり、ここでしたか…会議が始まりますよっ。早く来て下さい!皆、待ってますよ!」

息を切らせながら焦った様子で扉を開いた人物は田端の直属の部下である森田忍だった。

「あぁ、面倒くさいなぁ。分かったよっ。行けばいいんでしょっ。これから盛り上がるところだったのにっ」

田端は怪訝そうな表情で渋々、森田と喫煙室を後にした。

赤井は田端が退室した後、余計な疲労感を感じながらふと腕時計に視線を落とす。既に30分が経過していた事に赤井は気付き部下達を心配させてはと足早に喫煙室を後にして部署へと戻っていった。しつこい田端から漸く逃れられたと思ったのだが他人に話したせいか思いの他、気分が楽になり足取りが軽くなっていた。いつものようにしゃきっと背筋を伸ばしスタスタと歩いている赤井の姿に部署内の殆どの人間

が呆然と眺めている。それ程、出る時と今の姿の落差があるのだ。

「体調が回復されたようですね」

通常の状態に戻った赤井に対し最初に声を掛けたのは服部だった。それと同時に赤井の姿を見て胸を撫でおろした澄江も微かに安堵の笑みを浮かべていた。

 

今日も滞りなく定時で業務を終えた赤井は駅のホームで電車が到着するのを待っていた。

電車に乗り込むと赤井は素早くドア付近の空いた空間を陣取る。潔癖症の赤井は滅多にシートに座る事は無いのだ。例え疲労感をあっても皆無に等しい。それ程、朝の状況は赤井にとっては衝撃的な出来事であったのだ。赤井は変化の無い車窓の風景を眺めながら公園で出会った青年の姿に想いを馳せていた。

自宅の最寄り駅に到着し改札を潜ると微かな期待を胸に再び公園に足を運んだ。

「やっぱ…朝からこんな時間までいる訳ねぇか…」

最初から予想の範疇だったが赤井の膨らました期待感は一気にすぼみひとりごちていた。

気を取り直したもののこのまま帰宅すれば胸に抱いたモヤモヤした感覚を処理する事は難しいと感じた赤井は大学時代の友人である三木が経営するイタリアンレストラン「ウッドスペース」で夕食と気分転換を兼ねて足を運ぶ事にした。

三木が経営する「ウッドスペース」はその名の通り木材を基調とした造りになっている。木材の自然の中で客に安らぎの空間を提供したいとの三木の拘りなのだ。建造からテーブルに至るまで木材を使用しているという徹底ぶりだ。赤井自身もこの癒やし空間はお気に入りで多少、値は張るが週に数回、訪れている。


赤井が店の扉を開くと古参の店員に声を掛けられた。

「いらっしゃいませ。赤井さん、オーナーがお待ちかねです」

「お待ちかね?何だそりゃ?」

赤井が耳を澄ますと毎日のように聞いている耳障りな黄色い声が耳に入る。

「あっ!創、やっぱ来たかっ!こっちこっち!」

田端と澄江、三木、三木の妻であり大学時代の友人である菜々が赤井を待ちかねていたように一斉に注目をする。そして、田端の掛け声に導かれるままテーブル席へと向かった。

「あんた、絶対に気分転換をしにこここに来ると思ってたんだよねえ。今さぁ、あんたの恋を成就させてやろうって4人で話し合っていたんだ」

「てっめぇ、もう喋りやかったのかっ!」

「まぁ、仲間内なんだからいいじゃん。その他の人達には喋ってないよっ」

「まぁまぁ、君も落ち着いて座りなさい」 

澄江に促され赤井の為に用意されていたであろう椅子に仕方ないとばかりに座る。澄江はワイングラスを赤井に手渡しワインを注ぐ。

「揃いも揃って俺を酒の肴にしやがって」

「赤井、お前、初恋みたいなもんじゃないのか?」

「そうよねぇ。赤井が恋人が出来たなんて話し聞いた事無かったもんねぇ」

三木夫婦も話しに加わり赤井の初恋談義に花が咲く。

「好きになった奴はいたが俺はゲイだから最初から諦めていたしな」

「まぁねぇ、少数派だから自信も無くなるかもねぇ。で、あんたに見詰められていた時の彼の表情ってどんな感じだったか覚えてる?」

田端の問いに赤井は青年の赤らんだ顔を思い出すがあれは自分にとって都合が良いように見えただけだと否定するように(いやぁ、ないないない!)と首を横に振った。

「今、あんたさぁ、自分にとって都合の良い解釈をしてたでしょ?」

田端の言葉に赤井は図星をつかれドキリとする。

「赤井、そんなにモヤモヤするんだったら一度、駄目で元々で告白したらどうだ?場合によっては協力するぞ」

「てめぇも他人事だと思って軽く言うなっ…てマジか?」

澄江の言葉に赤井はふとまた、あの時刻に公園へ行ってみる事を考える。

「だったら明日の朝、また遅刻する事を認めてくれるってのはどうだ?」

「まぁ、仕方ない。明日、一日だけだぞ」

やはり、持つべきは友人であるというべきであろう。

 

 

翌日、赤井はくだんの公園に赴いた。昨日、彼が座っていたベンチに

彼の姿は無かったった。諦めて公園を後にしようと踵を返し歩き出したその刹那、腕を掴まれた感触がする。振り向くと焦がれた青年の姿が目に映る。あまりの出来事に赤井の思考が追いつかない。

「あの、昨日もいましたよね?」

「あぁ…」

男にストーカーみたいな事をされて気持ち悪かったのかと思ったが信じられない言葉が耳に入った。 

「俺、貴方に一目惚れしてしまったみたいです」

「えっ…」

「男同士で気持ち悪いですか?」

赤井はブンブンと首を横に振る。

「それじゃ、受け入れてもらえると思っていいんですか?」

創は首がもげるのではという程、首を縦に振る。

「良かったぁ。恋愛思考が女性だったら絶望的だと思ってたんですよ」

赤井はそれはこちらの台詞だと思っていた。そして、スーツの内ポケットから名刺を取り出し青年に手渡した。

「赤井さん…俺は家入玲羅と申します。宜しくお願いします」

「あぁ…宜しく…」

赤井はギギギという機械音がするのではないかという程、ぎこち無い足取りで公園を去った。

 

赤井は勤務先に何とか辿り着くが昨日と同様でデスクに突っ伏している。まるで知恵熱にでも侵されたかのように身体が火照っている。玲羅に握られた腕の感触が未だ残っていてそれを更に悪化させる。恋は人を綺麗にするどころか腑抜けにさせると赤井は自身をふがいなく感じていた。

「部長補佐、やはり体調が優れないのでは?」

部下の服部が昨日に引き続き赤井が無理をしているのではと声を掛けた。

「いや、大丈夫だ!気合入れて今日も定時で終えるぞ!」

「はいっ!」

赤井はこれ以上、業務に支障をきたしてはならないと自身を鼓舞するかのように部下に告げた。

 

昼休憩になり赤井は喫煙室に向かった。ドアを開くと目前には待ってましたとばかりに田端が煙草を指に挟みながらドアを見据えていた。赤井はまたもや面倒な人物に出くわしたと踵を返し喫煙室から立ち去ろうとしたが腕を掴まれ引き戻された。

「創くん、今朝の報告をしてもらおうか」

「仕方ねぇなぁ。今は誰にも言うなよ」

話すまでは開放してくれない田端の気質だ。赤井は諦め事の経緯を語った。

「えっ〜!マジでっ!あんた、とんでもないラッキーボーイだねっ!」

「まぁ、信じられないが相思相愛だったって事だ。夢や幻を体験してきた気分だ」

「頬をつねってやろうか?」

「触るなっ。自分でやる」

赤井は自身の頬を両手で摘んでみるが確かに痛い。これは夢ではないと自覚をするがまだ今朝の出来事の実感が湧かない。

「だったら幻にでも遭遇したのか…」

「勤務が終わったら自分で確かめてみたら?」

「そうするよ」


この日も定時で勤務を終え赤井はソワソワとスマートフォンをスーツのポケットから取り出しラインを確認するが全く変化は無い。やはり幻だったのかと思い直しスマートフォンをポケットに戻した。

自宅の最寄り駅に辿り着き改札口を抜ける。駅構内を数歩、進むと思いもしない光景が目に入った。幻のように感じていたくだんの彼が目に入ったのだ。

「嘘だろ…」

赤井は眼を擦り切れ長な瞳を見開き改めて確認をする。やはり、くだんの彼が目前にいる。

「何でこんな所に立ってるんだ…」

くだんの彼に近づいていくと自身に向って手を振っている。

「良かったぁ。此処が自宅の最寄り駅だったんですね。間違っていたら電話をしようと思っていたんですよ」

「幻じゃなかった…」

赤井がそう呟くと右手に何やら温かいものを感じる。視線を自身の手に落とすと彼の両手が自身の手を包んでいた。今の自分の顔はトマトのように真っ赤になっているのだろと気恥ずかしくなる。

「あの、具合でも悪いんですか?顔が赤いですよ?」

赤井は首をブンブンと横に振る。いきなりそんな事をするからだと言いたくなったが余計な事を言ってムードをぶち壊してはいけないと言葉を胸に留めていた。

「良かったぁ。夕飯ってこれからですよね?」

「あぁ、そうだが…」

「それじゃ、駅付近のファミレスでも行きましょうか?」

「いや、俺の知っている店にする」

「赤井さんの知ってる店に連れていってくれるんですか?嬉しいなぁ」

玲羅は満面の笑みで赤井に応えていた。

「天使やぁ〜」

赤井が天にも登る気持ちで呟くと再び左手に温かいものを感じる。

「手を繋いでいいですか?」

手を繋いで‥って随分と積極的だと改めて感心をしながら「あぁ」とだけ答え三木に席を予約する為にラインを握った。しかし、その手は緊張で震えなかなか思ったように操作が出来なかった。

「ウッドスペース」に何とか辿り着くと古参の店員がテーブルへと案内をする。取り敢えずワインをオーダーする。未だ赤井の緊張は解れてはいない。ワインがテーブルに置かれるとワイングラスを玲羅の前に置きそれを注ぐ。自身のワイングラスにも注ぐがそれを駆け付け3杯を煽るように飲み干す。仕事の疲労感も手伝ってかほろ酔い気分になるがまたもやワインを注ぎ一気に飲み干す。その光景を玲羅は呆気にとられ眺めている。

「赤井、この子がくだんの彼か‥かなりのイケメンだなぁ‥お前、本当にとんだラッキーボーイだ」

「だろ。田端だけには話したが澄江にはまだ言うなよ。突然、フラレでもしたらカッコわりぃからな。てか、立ち直れねぇかもしれねぇ‥」

「いや、もう伝わってると思うぞ」

「‥‥‥。」

「まぁ、仲間内なんだから気にすんな」

「そうだ!飯食いにきたんだった。何か好き嫌いはあるのか?」

創は今、飲食店にいる事を意識する。

「いえ、特にありませんからお任せします」

「そうか、だったら俺のお勧めメニューをオーダーしてやる」

「お勧めメニューですか?わぁ、楽しみだなぁ」

多少、酔が回った赤井は饒舌にメニューについて語り始める。

だが…元々、酒が強い赤井は徐々に酔が冷め再びワイングラスに注ぎ一気に煽る。

「さっきからずっとワインを飲み続けてますけどお好きなんですか?」

お好きなんですか……玲羅の言葉に赤井の絶頂スイッチが入る。赤井はいきなり玲羅の両手を自身のそれで包み込み真剣な眼差しで玲羅を見詰めて思い切って告げた。

「好きだ!改めて言う!俺と付き合ってくれ!」

「はい、宜しくお願いします!」

「よっしゃ!三木、今日から彼は俺の恋人だ!」

赤井は嬉しさのあまり立ち上がり両手を上げ店内に響き渡る程の声で叫んでいた。

「あの…恥ずかしいんですけど…」

玲羅が赤面し俯きながら口をポカンと開けていた。

この唇、食ってしまいたい…不穏な思いが赤井の脳裏に過る…

待て待て待て!数分前に付き合い始めたばかりだろ!それはいかん…

赤井は不穏な思いを振り払い玲羅に先程の行為を侘びた。

「さっきは済まなかった。てか、全然、ワインを飲んでないが苦手なのか?あっ…何歳なんだ?」

勝手に成人していると思い込んで二人分のワイングラスをチョイスしたが赤井は玲羅の年齢を知らなかったのだ。

「20歳だからもう成人してますけどワインは初めてなんで…」

「良かった…成人してたのか…ワインは美味いぞ。飲んでみろ」

玲羅がワイングラスに口を付けると赤井に再び不穏な思いが襲う。

本当に食ってしまいてぇ!いやいやいや、我慢だ!我慢!

「美味しいです」

「だろ?俺はワインをこよなく愛している」

赤井は今、自身が考えている事を悟られまいとワインについて饒舌に語り始めていた。

「へぇ、詳しいんですねぇ。凄いなぁ」

そして、赤井がオーダーしたメニューがテーブルに並べられる。赤井は受け皿にパスタやサラダを盛り玲羅の前に置き自身が食べる物も取り分けた。

「いただきます」

丁寧に手を合わせる玲羅に今度は神々しさを感じていた。

「女神やぁ〜」

 

全てを食べ尽くし二人は店を後にした。二人共、ほろ酔い気分で歩いているとどちらともなく公園へ足を運ぶ。人気が殆ど無いベンチに座ると自然と肩を寄せ合う。赤井は玲羅の肩を抱き寄せると玲羅が瞼を閉じる。

マジか?!食っていいのか…でもこの状況ってそういう事なのか?!

赤井は確かめながら玲羅の唇に自身のそれを重ねる。最初は軽く様子を見ながら徐々に深く舌をねじ込む。その行為にうっとりしている玲羅を感じ口腔を侵していく。赤井は今、理性と欲望の闘いに挑んている。

だが…赤井の理性という糸がプツリと切れ玲羅の太ももへと手がはいずらせる。

硬くなっている…

赤井はそれを感じると玲羅の大事な部分を掴んだ。

「こんな所で恥ずかしいです」

こんな所で恥ずかしい…だったら別の場所だったらいいのか…?!

「家にくるか…?」

「はい…」

その時、赤井の理性という名の糸が完全に切れた。


二人で帰宅したが落ち着かない赤井は取り敢えずコーヒーを入れソファーに並んで座るが突如、緊張感が再び滲み出てくる。

「シャワー、浴びるか…?」

「赤井さんが気になるなら汗を流してきますよ…」

「いや…どちらでもいい…」

社交辞令的に玲羅に問うが赤井は正直、助かっていた。玲羅がシャワーを浴びている間、戻ってくるまで落ち着いて待っている事は不可能で浴室で襲う未来しか見えない。赤井はエチケットとして自分だけでもシャワーを浴びてこようとし立ったその瞬間、足止めをされる。玲羅が後ろから赤井の身体に腕を回し自身のそれをピタリとつけてきたのだ。二人きりの空間で赤井は思考がショートを起こし暫し直立不動になっていた。すると玲羅は赤井の身体を自身の正面に向けると膝を少し折り自分から唇を重ねてきた。

駄目だっ!もう、我慢出来ねぇ!

赤井は玲羅を抱き締めそのままの状態でベッドに押し倒した。そして、以前ネットで検索した男性同士の性行為のマニュアルを辿りぎこちなくも玲羅に愛撫を開始した。

そう…赤井はこの年齢になっても童貞だったのだ。

赤井は舌を唇から玲羅の耳に移行させ徐々に首筋に舌を這わせた。そして、興奮しながらも玲羅の衣服のボタンを一つずつ丁寧に外し上半身を両手で撫でながら指で乳首を摘んだり押したりをした。

「あっ……」

玲羅が吐息と共に甘い声を漏らす。

マジかっ!俺の愛撫で感じてるぞ!

もうっ!限界だっ!

完全に猛獣と化した赤井は玲羅が履いているデニムのボタンを外しジッパーを下ろすと一気に下半身を剥き出しにした。

「あの…俺だけ全裸にさせるなんてズルいです…」

「あっ…わりぃ…」

赤井は玲羅に言われ初めて自身が衣服を着たままだという事に気付く。理性のタガが外れた赤井は欲望の赴くまま玲羅を抱く事しか考えていなかったのだ。赤井は自身も全ての衣服を脱ぎ捨て玲羅に改めて覆い被さると玲羅の硬くなった物を掌に包み上下に動かした。

「あっっ…イクっ…」

「ちょっと、待ったっ」

赤井は玲羅が絶頂に達する直後に今まで掌に包んでいた物を口に含んだ。赤井は口の中に放たれた物を惜しみなく自身の胃の中へと流し込んだ。

その後、再びマニュアルを思い出しながら玲羅の大事な物の下にある狭く窄んだ部分に指を少しずつ挿入しゆっくりと出し入れする。人差し指が半分程入ると今度は中指も同時に挿入する。

「いたっ…い!」

「玲羅、身体の力を抜いた方がいいみてぇだ」

「はい…」

玲羅が赤井に言われるがまま身体の力を抜くと少しずつだが二本の指が挿入される。すると今度は自身の硬くなったものを玲羅の狭い中へ挿入し始める。

「いたいっ…ですっ」

「わりぃっ…」

マニュアルだけに頼り実践経験の無い赤井は加減が分からないが徐々に奥へと挿入する。玲羅は苦痛に耐えているようだったがもう後には引けないと感じた赤井は一気に奥へと挿入し腰を動かした。そして、自身も玲羅の中へ欲望を放った。

「痛かったけど赤井さんと一つになれて嬉しいです」

「俺もだ。もう、お前は俺のもんだ。絶対に離さねぇからな」

「はい…俺は貴方のものです」

玲羅が破顔させ満面の笑みを見せると再び赤井は絶頂スイッチを押され玲羅の至る箇所にキスを落としていった。そして、最後に玲羅の首筋に吸い付いた。

「これは俺のもんだから手を出すなっていう刻印だ」

「そんな事しなくても大丈夫ですよ。人に見られたら恥ずかしいし…」

玲羅の羞恥に濡れた瞳を見た赤井はこれは堪らないとばかりに再び玲羅の身体を貪った。

その後は互いに生気を吸い取られたかのようにいつの間にか寝落ちをしていた。

 

翌朝、玲羅はカーテンから漏れる朝日の光線で目覚めた。まだ、眠っているであろう赤井を起こさないようにそっと身体を起こした。

「いたっ!」

だが…腰痛で上手く立てない。如何せん初体験でこのような状態になるとは想像もしていなかったのだ。玲羅は仕方なくベッドの中へ潜り腰痛が収まるのを待つ事にした。すると玲羅は赤井にいきなり抱き寄せられ唇を重ねられた。

「赤井さん、起きてたんですか?」

「俺はとっくに目覚めてたぞ」

「そうなんですか」

「創」

「えっ…朝食を作るんですか…」

「ちげぇ、下の名前」

「あっ、そうか。創さんでしたよね」

「これからはそう呼べ」

「はい、創さん」

玲羅が破顔しながら囁くと創はまたまた、絶頂スイッチを押され身体を重ねる。

「創さん…もう、勘弁して下さい…腰が痛いです…」

だが、創の走り出した欲望はとどまる事を知らなかった。 

 

 

創は午前中の勤務を終え一服をしようと喫煙室へ向かおうとしたが嫌な予感がした為、たまには外食でもしようとエレベーターで1階に下りた。エントランスを抜け外に向かおうとした瞬間、誰かに腕を捕まれた。

完全に嫌な予感しかしない…

「創くん、君の行動はお見通しなのだよ。私から逃げられるとお思いか」

「てめぇはストーカーかっ」

「で、最近はくだんの彼とはどうなの?もしかして、もう食っちゃったの?」

「人を獣みてぇにいうなっ。それはご想像に任せる」

「て、事は食っちゃったんだ!はやっ!」

「でけぇ声で言うなっ。恥ずかしいだろうがっ」

エントランスにいる数人の人々が訝しげに二人に注目をする。

「えっ…マジで…美青年を…このおっさんが…」

「うるせぇっ」

「ねぇ、ところで自分の年齢はきちんと伝えたの…?」

「うっ…そういえば…」

創の背筋に冷たいものが走り凍りつく。

「やっぱり…言ってないのか…それって大事だよっ。今後の為にもきちんと言わなきゃ駄目だよっ」

「だな…だが…反応がこえぇな…」

「でも、年の差カップルなんて今どき、珍しくはないから大丈夫だと思うよぉ」

「他人事だと思って適当な事を言いやがって。だが、伝えるべきだな…」

「当たって砕けろ」

「砕けたくねぇ」

 

 

今日も定時で業務を終えた創は今、スマートフォンを握りしめている。

ラインだったら言いやすいかもな…

創はラインを開き玲羅のアイコンをタップする。

「33」

数字だけを送る。創の心拍数が上がる。反応がこえぇな…スマートフォンを凝視しながら駅へと向かう。反対方向からの通行人と肩がぶつかるがそのような事に構っている心の余裕などは無い。それ程、切羽詰まっているのだ。暫し凝視していると既読になる。心拍数が更に増加し過呼吸になる。スマートフォンを握る手に汗か滲んでくる。

そして、玲羅からのメッセージが届く。

「えっ、この数字ってなんですか?」

伝わらなかったか…内心、ホッとするがこれでは埒が明かない。再びラインのメッセージを送信する。

「年齢」

今度こそは逃げ場が無い。創にとっては一世一代の大勝負なのだ。

だが、現実を目の当たりにする事に恐怖を感じた創はスマートフォンから視線を反らす。

だが、数秒でスマートフォンの振動を感じる。創が戦々恐々としながら

スマートフォンに視線を戻すと今までの恐怖心はどこ吹く風で心拍数が急下降し滲んだ汗もひいていった。

「年齢の事だったんですね。俺、年齢なんて気になりませんよ。創さん、大好きです」

そして、ハートが散りばめられたスタンプが同時に送信されていた。

「玲羅、俺も大好きだ!」

創も適当に使用した事の無いハートマークのスタンプを探し送信した。すると再び玲羅から創仕様のハートスタンプが届く。

「よっしゃ!玲羅、これから会いに行くぞ!愛してるぞぉっ!」

創は両手を振り上げ叫んでいるといつの間にか駅前に到着していた。通行人が創を嘲笑しながら通り過ぎていくがそのような事には目もくれず駅の改札口へと向かっていった。

「駅前の中心で愛を叫ぶ」

どこかで聞いた事のあるようなフレーズだがそれと似つかわしい光景だった。

創は電車に乗車するとスマートフォンを再び握り玲羅にメッセージを送る。

「これから駅に向かうから改札口で待ってろ」

「お疲れ様です。改札口で待ってます」

再び玲羅からハートスタンプが送信される。その後も玲羅とメッセージを何度も交わす。今の創は表情筋が完全に緩み欲望がメラメラと燃える瞳でスマートフォンを眺めている。

「あの、おっさん気持ち悪いんだけど」

「非リア充のおっさんがエロ動画でも観てんじゃねぇの?」

周囲からそのような囁きが聞こえてくるが全く目も暮れず創は未だスマートフォンを凝視しながらニヤニヤとしている。端から見ると完全に気色の悪い中年男性だ。

そして、何駅か過ぎ最寄り駅で電車の扉が開いたその瞬間…

「非リア充共、黙れ!今の俺は立派なリア充だ!これから玲羅とデートだ!どうだ、羨ましいか!」

創は雄叫びを上げ下車する。電車の扉がピシャっと閉まる。この車両の乗客達が創の雄叫びに驚き身を硬直させ唖然としていたのは言うまでもない。

創が改札口に近付くと玲羅が佇んでいた。

「れいらぁ〜!」

「つくるさぁ〜ん!」

創が改札口を抜けると二人は抱き合い唇を重ねた。だが、数分後に玲羅が創の背中をトントンと叩き唇を離そうとした。

「なんだ、こんな場所じゃ恥ずかしいか?」

「違います。改札口の方を見て下さい。誰かが俺達の方に近付いてきますよ」

「あぁ?」

創が改札口の方に視線を向けると澄江と田端が笑みを浮かべながら二人に近付いてきた。

「二人共、お熱いねぇ。一目もはばからずにぃ」

「なんだ、見てやがったのか…」

「こんな場所でそのような目立つような事をしていたら嫌でも目に入る」

「そうだよ。通行人が皆、あんた達の事を見ていたよ」

澄江と田端の言い分はごもっともで置かれている状況を客観的に振り返った二人は急に羞恥心を感じ赤面をし俯いていた。

「てか、てめぇら何でこんな所にいやがる?」

「あれ?仁からグループラインにメッセージが入ってたの気付かなかった?」

創は田端に言われ初めて気付いた。玲羅のメッセージしか目に入らなかったのだ。創は慌てラインのメッセージを確認する。

「報告があるから店に集まってもらいたい」

確かに三木からしっかりとメッセージが入っていた。

「赤井、恋人が出来た事はめでたい事だがのぼせてばかりいると業務でミスをするぞ。今後は気を付けろ」

「俺は仕事とプライベートは分散しているから大丈夫だ」

「だといいが…」

「だが、玲羅はどうする?このまま帰れとでも言えってのか?」

「一緒に来ればいいじゃん。私達にもこの美青年、紹介してよぉ。それにしてもイケメンというより随分と綺麗な子だよねぇ」

「やらんぞ」

「奪うも何も恋愛対象が違うんだから何もしないよ。それにしても2日目でこの美青年を食っちゃうとは、あんたもやるねぇ」

「だから、人聞きのわりぃ事、言うんじゃねぇ」

「田端、こんな場所で下品な事を言うんじゃない」

「だって、こんなおっさんがこんな美青年を頂いちゃったんだよ?」

「はぁ…言葉を変えれば良いというものではない」

澄江は田端が放った言葉に呆れため息をついていた。これでは品性が漂う澄江の汚点にでもなりかねない。

「さて、玲羅くんだったかな。君も参加してもらえるかな?」

「はい、喜んでお邪魔させて頂きます」

「口調も綺麗…」

田端は玲羅の容姿といい言葉尻といい感心をし暫く玲羅を眺めていた。

「田端、羨ましいか?」

「まぁねぇ…こんな子、なかなかいないからねぇ…」

「やらねぇ」

「だから取らないって。そうそう、私達も自己紹介しなくちゃね。私は創の大学時代からの友人で田端紀香。宜しくね」

田端が握手を求めようと手を差し出した瞬間、創が遮るように二人の間に立ちはだかった。

「玲羅を汚れた手で触るんじゃねぇ!玲羅に触れていいのは俺とこいつの両親だけだ!」

「はぁ?!握手するだけだよ?」

「それが駄目だと言っている」

「意味が解らない…ていうかさぁ、玲羅の友人達も普通に玲羅に触れているんじゃないの?」

二人の世界に浸かっている創は非常に当たり前の事に気付かなかったのだ。自身と同じように玲羅にも友人というものが存在する事を…

「玲羅、近いうちに友人を全員、俺に紹介しろ。俺には玲羅の人間関係を知る権利がある」

「全員ですか…」

「そうだ、全員だ。そして、奴らに忠告しておく事もある」

「何を忠告するんですか…?」

「さっきも言っただろうが。お前に触れていいのは俺と両親だけだ。それと呼び捨ても駄目だ」

「はぁ?!あんた、玲羅に執着するあまりに頭のネジがイカれた?」

「イカれてねぇ。玲羅、分かったか」

「全員、揃うかどうか分かりませんけど一応、日程が決まったら友人達に連絡します…」

「えっ…このメチャクチャな要求、飲んじゃうの…」

「こんな場所でいつまでも立ち話していても埒が明かない。三木の店に向かおう」

「そうだよね。待たせちゃいけないしね」

澄江の言葉に玲羅は救われたとばかりにホッと胸を撫でおろした。

「玲羅くん、彼は人は悪くはないが少々、度が過ぎる部分がある。今は君に執着しすぎて我を見失っているだけだ。時期が来れば治まるから大丈夫だよ。今後とも宜しく頼むね」

「はい。悪い人ではないのは解ってますから。でも、ご忠告ありがとうございます」

澄江は創に悟られないよう注意をはらいながら玲羅に告げた。

 

そして、四人は「ウッドスペース」の扉を開け入ると三木仁の妻である菜々が出迎えた。

「いらっしゃい。今日は全てご馳走させてもらうから」

「えっ、どうしたの…?」

「兎に角、座ってから話すわ」

菜々はにこやかに笑みを浮かべ皆をテーブル席へと誘導した。そして、皆が落ち着いて座ったところで菜々が玲羅に視線を向けた。

「えっ、もしかしてこの綺麗な子が赤井の恋人…?」

「そうそう!菜々も驚いたでしょ?」

「天然記念物でも見るような目で見るんじゃねぇ」

「俺まで参加させて頂いてすみません。家入玲羅と申します」

玲羅が丁寧に挨拶をすると奈々が驚きの声を上げた。

「いいえ、大歓迎よ。仁から相当のイケメンだって話しには聞いてたけど挨拶も丁寧だしこんな否の打ちどころがない美青年だったなんて…一体、どうやって落とした

 の…?」

「あの…俺の一目惚れだったんです…」

「えっ〜!」

玲羅の言葉に皆が一斉に驚愕の声を上げた。あの品性が漂いいつも冷静な澄江ですら驚きの色を隠せなかった。

「俺達は互いに一目惚れだったって事だ。何か文句あるか?」

「いや、別に…て事はやっぱり、運命の出会いって事?!凄い…こんな事って実際にあるんだ…?」

「田端、森田の君に対する想いは気付いてないのか?彼は恐らく本気だぞ」

「いきなり何?!何で私の話しになるの?!ていうか私、全く気付かなかったんだけど…えっ…どうしよう…」

「君も満更じゃなさそうだな。人の事はさて置き君は自分の将来も考えてみるんだな」

動揺している田端を尻目に澄江は話しの矛先を変える事に成功したとばかりに玲羅に微笑んでみせた。

「そういえば菜々、報告って何?」

「あのね、私達に漸く子供が授かったの」

「えっ〜!マジで?!今、何ヶ月なの?!性別はどっちなの?!」

「まぁ、落ち着きなさい」

澄江は継ぎ早に質問する田端を嗜めるように言葉を放つ。

「めでたいじゃねぇか。ずっと避妊治療していた甲斐があったってもんだな」

「えっ、避妊治療していたんですか?」

「えっ…」

澄江や田端、創、菜々までもが一斉に玲羅が変なところで食いつくと唖然としながら玲羅を眺めていると玲羅は言葉を続けた。

「避妊治療って助成金があるけど経済的な負担がまだまだ大変なんです。それだけならまだ良いんですが女性には精神的にも肉体的にも負担が大きいんです。だから途中で諦めてしまうケースが多いんです。よく頑張りましたね。おめでとうございます」

「玲羅…何でそんなに詳しいんだ…」

皆が呆気にとられていると創が玲羅に問う。

「父親が産婦人科医院を経営していて俺も医学部なんです」

「えっ…エリート?ブルジョア?」

田端の言葉に皆も同感で更に唖然とする。

玲羅は医師である父と看護師である母との一人息子なのだ。両親に嘱望され将来的には父の経営する産婦人科医院を継承する立場でいる。

「そうか、玲羅の将来は医師か…だったら俺は看護師を目指して生涯、玲羅を支え続けるぞ!」

「あんた…本気で言ってるの…?」

「当たり前じゃねぇか!冗談でそんな事は言わねぇ!」

「あのさぁ、看護師になるってそんな簡単な事じゃないと思うよ」

「そうですよ。研修期間もあるし看護学校も卒業しなければならないし大変なんですよ」

「いや、俺はその難局を乗り越えてみせる!」

「一体、何年掛かると思ってんの…?」

「何年掛かっても絶対にコンプリートしてみせる!」

「赤井、ゲームじゃないんだぞ」

「また、始まった…いつものパターンね…」

創はこうと決めると是が非でも貫くという良い部分でもある気質が時に仇となる事を長い付き合いの長い菜々や他のメンバーも熟知しているのだ。

菜々が頭を抱えていると菜々の夫である仁が厨房から姿を現した。

「オーダーがまだなんだが…」

「赤井、お前は一体、何をしに来たんだ」

「あっ…わりぃ…」

仁の言葉に流石の創も言動を沈静化させた。

その後は各々、自身で好みのメニューをオーダーしワインを酌み交わし賑やかな宴となった。

「そういえば創さんの学生時代ってどんな感じだったんですか?」

「今とそんなに変わりないけど創の武勇伝、聞きたい?」

玲羅が問うと田端が瞳をキラキラとさせながら話したくて仕方ないといった表情をしていた。

「人の黒歴史、面白がっってんじゃねぇ」

「別にいいじゃん。玲羅も聞きたがってるし、それにもう時効でしょ」

「てめぇっ、また人を酒の肴にしやがってっ」

「赤井の大学時代って色んな意味で凄かったよねぇ」

「益々、聞きたくなりました」

 

創は物心がついた頃には既に母子家庭で父親というものを知らずに育った。創の母は福祉手当があるのにも関わらずそれのみでは万が一、我が身に何かが振りかかった時の為の貯蓄も出来ないと創が小学生になると昼夜問わず働くようになっていた。住まいは6畳二間の狭いアパートだったが親子二人で暮らしていくには充分な広さだった。創の母は日勤の仕事を終えると一度、自宅に帰り夕食の支度等の家事をこなし再び夜になると夜勤の仕事に向かうといった状況だったのだ。そのような母の姿を目の当たりにしていた創は少しでも母を助けたいとの想いで最初は洗濯物を畳むという簡単な家事から始め徐々に洗い物や掃除などの家事を覚え小学校の高学年になると夕食の支度も出来るようになっていった。創の学校生活は順風満帆で友人も多くいつもクラスの中心となり成績も良く学級委員まで務めた程だったのだ。正義感も強く絶対に虐めなどは許さないとの創の働きにより学級内での虐めは皆無に等しかった。

創は当たり前のように日々を過ごしていたが日曜日に自身の友人達の家に遊びに行くと友人の父親がいる事で自身の生活に疑問を抱くようになる。そして何故、自分には父親がいないのかと母に問うと「時期が来たら話すわね」と言われてしまう。創は子供なりに何か事情があって話せないのだと理解をして今後、その話しはしなくなった。

ところがある日、創にとって青天の霹靂とも思える事件が起こった。中学2年生になった創は学校の部活動を終え自宅へ帰ると隣の住人に声を掛けられた。その住民の話しによると母が帰宅途中に自動車に跳ねられ救急車で病院に搬送されたと言うのだ。どこの病院なのかと尋ねるがそれは分からないと言われ区内の救急を対応するであろう病院に手当たり次第、電話をして漸く5件目の区立病院に母の搬送先を見つけ出したのだ。創は自転車に乗ると全速力で走り病院に駆けつけた。

だが、病院に搬送された時には既に息を引き取っていたと医師に告げられた。原因はドライバーの居眠り運転による過失だった。呆然とする創の傍らで加害者は泣いて侘びている。創はどうすべきなのか自身で考えるにはまだ創は大人ではなくしかもきちんとした葬儀を行う程の貯蓄も無い。親戚との交流も殆ど無かった為、加害者である男性にに今すべき事を問う。そして、火葬のみで遺骨を持ち帰るという選択をした。しかし、事故の加害者の人柄が良かった為か保険で慰謝料をとなると中学生の創には精神的な負担が大きすぎると自身の貯蓄からある程度、まとまった金額を包んでくれた。その後も何かあったら電話をしてもらいたいと名刺も渡されたのだ。

全てを終え落ち着くと突如、創の心に母を亡くした悲しみが襲う。その後は学校へも行く事が出来ずにいた。学校の担任が母の遺骨に手を合わせ創を激励したがそれでも悲しみが消える事は無かった。

一週間が過ぎた頃に突然、児童福祉の職員が訪れ施設で暮らすように創に促した。だが、創は母と暮らしたアパートを捨て施設で暮らす事を拒み独りで生活をしていく事を選択する。

その後は、一念発起し学校へ通えるようになり進路も地元の高校へと進学をする。創は高校生になると大学に進学をする為にアルバイトをしながら勉学に勤しんだ。その為か高校は主席で卒業をして大学への進学が叶う。

ここまでは苦労人の勤労学生という感動巨編だが本題はこれからである。

奨学金で無事に大学に進学を果たした赤井は高校とは違い時間的にも精神的にも余裕が生まれる。人間、余裕が出来ると良からぬ事を考える輩もいる。創もその一人だったのだ。高校の3年間、勉強とアルバイトに明け暮れていた創は大学生になると小中学生の頃のように自身の「下僕」を欲するようになった。講義を終えると波長の合う仲間を募る。創は自身の力を誇示しやがて中心人物になっていく。仲間が危機に及ぶと首謀者をあぶり出し暴力を行使するなどを繰り返す。その後、周囲は創を始めとする一軍に恐れをなし「赤井軍団」と揶揄されるようになる。後の「チーム赤井」の原型のようになる為、社会人となった頃には良い方に作用される事になるがこの頃はまだそのような社会性は持ち合わせていなかったのである。意見の食い違いから論破を起こす事も度々ありある意味、トラブルメーカーにもなっていた。

しかし、教授達がそのような事を許すはずもなく「除籍勧告」を通達される。大学はきちんと卒業をしたかった為、創の暴挙はその後は沈静化する事となる。

そして、一人で呆けている赤井をみかねた2年先輩の澄江がサークルに参加をしないかと持ちかけそこで今の仲間と出会う。澄江との出会いで創は多少は異なるが普通のキャンパスライフを送るようになる。しかし、野獣のような創が大人しくしているはずもなく度々、澄江や田端が喧嘩の仲裁に入り事なきを得て創は無事に卒業を果たす。

これは余談だが就職活動を開始した創は先に卒業をし会社員となった澄江に紹介され面接という通過儀礼をしなくとも内定が決まる。

澄江が何故、創を入社させたのか疑問に思うが「赤井創」という野獣を野放しにする事を恐れた為であった。その後は創も一般社会で鍛えられ常識を身に付けた社会人として成長を遂げる。

 

「創さん、可愛そう…」

玲羅が瞳を潤ませていると皆が呆気に取られながら玲羅に注目をする。

「えっ…そこなの…?本題は無視…」

「学生時代の創を知りたいって言ってたよね…」

「玲羅、お前はなんて優しいヤツなんだ。てめぇら、少しは見習えっ」

創はその場で玲羅を抱き締めた。

「赤井の話しで終始したが明日も仕事だ。そろそろ解散をしよう」

皆が壁がけの時計を見ると既に10時を過ぎていた。

 

創はワインを飲み過ぎたのか足取りがおぼつかない。

「創さん、飲み過ぎですよ。明日も仕事なんでしょ?」

玲羅はフラフラと千鳥足になっている創を支えている。

「玲羅、私達は駅の方だから創の事は宜しくねっ」

「はい、きちんと家まで贈り届けます」

「玲羅くん、悪いね」

「いえ、大丈夫ですから気にしないで下さい」

澄江と田端は玲羅に手を振り駅の方へと向かっていった。

「創さん、水分を取らないと二日酔になりますよ。コンビニで水を買ってきますからここで待っていて下さい」

玲羅はそう告げると創をコンビニの店頭に設置されているベンチに座らせ店内へ入っていった。

コンビニでミネラルウォーターを購入した玲羅はキャップを取り創に渡すが創は何故か口をポカンと開けている。

「えっ…どうしたんですか…?」

何か嫌な予感がする…

「飲ませろ」

「えっ…?」

「だから、お前の口から」

「はぁ?!それは帰ってからです。今は普通に飲んで下さい」

玲羅の言葉も虚しく創は口を開いたまま微動だにしない。

「まったく…一度だけですよっ」

玲羅は仕方ないとばかりにミネラルウォーターを口に含み創の口腔に流し込んだ。

「えっ…今の見た…?」

「見た…あのイケメンがおっさんに口移しで…」

「うっ…見られてる…」

女子高生らしき二人組が囁きながら二人を凝視している。玲羅は羞恥で顔を真っ赤に染めている。

「後はかえってからですよっ。ほら、立って下さいっ」

「玲羅、俺は歩けねぇ」

「は?!まったく…仕方ないなぁ…」

玲羅は創にビジネスバッグを持たせると創の背中と膝の裏に腕を回し持ち上げた。

「えっ…今度はお姫様だっこ…」

「だね…凄い光景を見ちゃったね…」

「もうっ…凄い恥ずかしいんだけどっ」

玲羅の顔は未だ血液が上昇したままだ。

そして、羞恥から足早にコンビニを去った。

玲羅は何とか記憶を頼りに創の自宅へと向かう。

マンションのエントランスを潜りエレベーターに乗る。玲羅はエレベーターの側面に身体を預けホッとため息をつく。

「創さん、鍵を開けないと入れませんよ」

玲羅は創の自宅のドアの前で一旦、創をコンクリートの地面に下ろす。

「あぁ、今開ける」

創はバッグからキーを取り出しフラフラとしながらドアを開けた。玲羅は再び創を抱え部屋に入っていった

「このっ、酔っぱらいがっ」

玲羅は創をベッドに放るように寝かせた。すると創は再び口を開きミネラルウォーターを要求した。玲羅は口にミネラルウォーターを含み創の口腔へ注いだ。

その瞬間、玲羅の視界が反転する。目の前には天井と創の顔が映る。

「えっ…?」

「再びお持ち帰り成功。俺があの程度で酔うと思ってたのか?」

「騙したんですか?!」

「騙される方が悪い」

創は玲羅の身体を押さえ込み肉食獣が知性のある草食獣を捉えたかのような欲望に濡れた瞳で玲羅を見詰めている。

「今日もお前を心ゆくまで愛してやる」

「加減して下さいね…」 

「善処しよう」

 


この日は朝から雨が降りしきっていた。雨が苦手な創は起床時から不機嫌モードだ。それでも掃除等のやるべき事は怠らない。今日も隅々まで掃除を施し朝食の準備をする。お決まりのルーティンなのだ。

出勤の身支度を終えエレベーターでマンションのエントランスへと降りる。外の光景を改めて見ると未だ振り続ける雨に嫌気が差す。仕方なく傘を広げ駅へと足を運ぶ。靴やバッグに雨で飛び散る雫を不快に感じ舌打ちをする。

駅に到着をし電車に乗車すると創はスマートフォンを握る。玲羅に朝への挨拶と玲羅の本日のスケジュールを知る為なのだ。

「おはようございます。今日は学校に行って…」 

玲羅のラインのメッセージで荒んだ心が癒やされる。この行為も日々のルーティンと化している。玲羅も解っているようで最近では先にメッセージが届く事もある。こうして創は今日も会社員としての一日が始まる。

 

 

創は今日も日々のルーティンのように勤務を終え玲羅のお出迎えで二人は逢瀬を交わす。

二人は今、駅前のスターバックスにいる。

「ところで玲羅、お前は親元にいるのか?」

「いえ、一人暮らしですよ」

「これからお前の自宅に行こう」

「えっ…散らかってるから掃除します。明日にして下さい」

その時、創の瞳に煌めきが宿る。

「だったら俺が隅々まで掃除してやる」

「自分でやるから遠慮しておきます」

「何を言ってやがる。俺とお前の間で遠慮は無用だろっ」

「えっ〜まぁいいか…好きにして下さい…」

玲羅は一度決めると後には引かない創の気質を解ってきた為か創の好きにさせておく選択をせざるおえなかった。創に関しては拒否権など存在しないのだ。

「さぁ、行くぞ」

「はい、はい…」

創の掛け声で二人はスターバックスを後にし玲羅の自宅へと向かった。

玲羅の自宅は二間のアパートで2階の一室だ。

玲羅が渋々とキーを開けると創はドアノブに手を掛け一気に開いた。

「おい…一体、何をすればこうなる…」

「だから、言ったんだ…」

創は玲羅宅の一面に広がった夢の島を見ながら玲羅の見た目の美しさとのギャップに驚き唖然としていた。

だが…この状態は創のお掃除魂に火を着けた。創は再び煌めきを宿した瞳で玲羅を見据える。

「やり甲斐のある部屋だ。日曜日は何か予定はあるのか?」

「特にありませんけど…」

「だったら、日曜日に決行だっ!お前の姿と同様、美しく磨き上げてやる。楽しみにしてろ」

「はい、はい、ご勝手にどうぞ」

玲羅は半ば投げやりに呟いた。

「それと日曜日だからついでにお前の友人を全員、ここに呼べ」

「まだ、覚えてたんですね…はい、はい、分かりましたよ…」

 

 

そして、日曜日がやってくる。創はエプロンを身に付けAmazonで購入した数々の特殊お掃除器具や自身で考案した特殊洗浄液を準備する。

「よっしゃ!俺の使命を果たす時がやってきた!玲羅、今から行くから待ってろ!」

創は両手を高らかに上げ複式呼吸で出る限りの大声を張り上げる。

その後、エプロン姿に掃除用具を抱え街中を闊歩する。

「あれってクリーンスタッフか?」

「何、あのエゲツない数の掃除用具は…」

通行人は威風堂々と歩く創の姿を謎の生命体を見るように視線を向ける。

ピンポ〜ン

「麗羅っ!俺だ!開けてくれ!」

「は〜い」

玲羅は玄関のドアを開けると創の姿に驚愕をする。

「この格好で歩いてきたんですか…?」

「何か可笑しいか?時間効率を考えたらこのような結果になった。掃除用具を袋に詰めたりエプロンを畳むなどという事をしたら効率が悪いだろう」

「恥ずかしくなかったんですか…?」

「いや、俺は全く気にならなかったが」

「気にしましょうよ」

「玲羅にもエプロンを新調しておいた」

創は玲羅にそう告げると玲羅仕様のエプロンを広げた。

「はぁ?!それって女物じゃないですか?!ていうかそれってメイド服のエプロンじゃないですか?!」

創が広げたエプロンは白地に所々、フリルが施された物だった。

「俺は秋葉の駅前でメイド女子を見た時にピンときた。これは絶対にお前に似合うと。いや、お前の為に存在すると。その辺にいるメイド女子などクズみてぇなもんだ。そして、俺は即座にAmazonで購入した。さぁ、これを身に付けた姿を俺に拝ませてくれ。きっと天使のように美しいだろう」

「一体、何を考えてるんですか?だいたい、今日の主旨とは違うじゃないですか」

「いや、そんな事は無い。お前の可愛い姿を見ながら掃除をすれば俺のモチベーションが上がり時間効率が上がる」

「俺のモチベーションは駄々下がりですよ…取り敢えず今日は勘弁して下さいよ…」

「今日はか…そうか、だったら別の日ならいいんだな?」

玲羅は言葉の綾で言ったつもりが墓穴を掘る結果になる。

「すると、やはり本体も必要になってくるな」

「本体って…いえ、こんな長身の女子なんて滅多にいないんで無理ですよ」

「いや、もう特注でオーダーしてるから安心しろ」

「いつ、採寸したんですか?!」

「お前が寝ている間だ」

「まったく、油断もスキもないな…ていうかもう、既に30分が経過してますよ。時間効率ってどの口が言ってるんですか」

「うっ…そうだ、今日のやるべき事を忘れるところだった…玲羅、今日は取り敢えずベッドの上で佇んでいろ。俺が責任を持って全てを磨き上げる」

創はそう告げるとベッドに玲羅を座らせた後、全てのゴミをかき集めビニール袋に詰めていき所々に置き去りにされている衣服もかき集め洗濯機を回す。そして、雑巾で家電等に付着したホコリを取り除き、しっかりと磨き上げる。それを終えるとキッチンや浴室、トイレに至るまで特殊洗浄液で磨き上げ全てを3時間程で終えた。

「綺麗…俺の部屋じゃないみたい…」

「ふっ、大したもんだろ。そろそろ腹が減らねぇか?」

「創さん、俺は朝から何も口にしていないんですけど…」

「えっ…そうだったのか…」

「貴方は!一体、何時に来たと思ってるんです?」

創がベッドの横にある置き時計を見ると11時半を示していた。

「8時か…」

「そうですよっ、俺、寝起きだったんですよっ」

「そいつは済まなかった…よっしゃ!だったらこれから買い物に行って俺が昼食を作る」

「創さんて料理が出来るんですか?」

「当たり前だ。俺は何年、主夫をやってると思ってるんだ。既に20年近く経つぞ」

「あっ…そうか…創さんて中学生の頃から…ごめんなさい…」

玲羅は瞳を潤ませながら俯いて創に侘びた。

「俺は別にそんなつもりで言ったんじゃねぇ…玲羅、お前は本当に優しいヤツだな…」

創も玲羅の言葉に瞳を潤ませながら玲羅を抱きしめていた。

だが…創の硬くなった物が玲羅の足に当たる。

「いかん…どうもお前に触ると俺は息子を起こしちまうらしい…」

「今は駄目です。俺は空腹で死にそうです」

「そうだっ!昼飯を作るんだった!玲羅が死んだら俺は生きていく術を失う!」

「大袈裟な…」


二人は駅前付近にあるスーパーで買い物をしている。創は両手で食材を持ち品定めをしながらカゴの中へ納めていく。

「随分と厳選していますね」

「傷が無いか葉の枯れている部分は無いかそれと重さだ。これは買い物の基本だぞ。お前もよく覚えておけ」

「本当に主婦みたい…」

「主婦じゃなく主夫だ。熟語の誤りは良くないぞ」

「はい、はい」

 

買い出しを終えた二人は玲羅の自宅へと向かう。

「品数の割には金額が随分とリーズナブルでしたね」

「今日、あのスーパーは特売日だからな」

「えっ…だから足を伸ばして駅前だったんですね…でも、よく知ってましたね…」

「俺を甘く見るな。いつどこのスーパーが特売日で生鮮は何時頃値引きされるか特価市はいつかは全てリサーチ済みだ。ついでに季節商品は季節の変わり目になると値引きして売られる。俺が生きていく為に身に付けた生活スキルだ」

「凄いですね…」

「稀にだが欠陥商品を買ってしまう事がある。そういう時は逆にラッキーだ。メーカーにクレームを入れると色々な製品を送ってもらえる」

「へぇ〜」

「欠陥商品をわざと買いスーパーでいちゃもんをつけると交渉次第では買ったもん以外にも商品をタダで貰える」

「へぇ〜ってそれ詐欺じゃないですか!」

「そうとも言う。だが違法行為ではない」

 

創は今、玲羅宅のキッキンに立っている。米を研いで手際良く野菜をカットして味噌汁を作りながら野菜や肉を炒めている。

「凄い…動きに無駄が無い…」

玲羅が創の姿に感心をしながら眺めているとあっという間に味噌汁と野菜炒めが出来る。その後はまた、野菜をカットし皿に盛り生野菜サラダも出来上がった。そして、二人でローテーブルに出来たての料理を運んだ。

「凄い…30分も掛かってない…」

「これは慣れだ。お前もやれば出来る。食ってみろ」

玲羅は一先ず野菜炒めを口にする。

「美味しいですっ」

「だろ。俺と暮せば毎日、あやかれるぞ」

「一緒に暮らすって…付き合い始めてまだ2週間位しか経ってないんですよ」

「そんなもん関係ねぇ。俺達の出会いは運命なんだぞ」

「考えさせて下さい」

「ところで友人に連絡は取れたのか?」

「はい、そろそろ来ると思いますよ」

ピンポ〜ン

昼食を食べていると玄関のチャイムが鳴る。玲羅がモニターを確認すると幼馴染の有村健人と万田美砂だった。

「今、開けるからっ」

玲羅はドアを開き二人を招き入れた。

「玲羅、掃除したの?」

「創さんがやってくれた」

「昼ごはんを食べてたの?」

「創さんが作ってくれた」

「至れり尽くせり…」

以前の部屋との格差やローテーブルに置いてある料理を不思議に思い健人は矢継ぎ早に質問をする。

「こちらの男性が玲羅の彼氏…?」

「そうだけど。赤井創さん」

「あっ、初めまして。僕達は玲羅の幼馴染で僕は有村と申します。隣に座ってるのが…」

「私は万田美砂。玲羅、私は何も聞いてないんだけどっ!」

「だって言ってないもん」

「私は絶対に認めないからね!だいたい、私が何の為に看護学校に通ってると思ってんの?!」

健人と美咲は幼児期の頃からの幼馴染でお受験で同じ小学校に入学をし一番の親友のような付き合いだ。

美砂は腹立たしさから今にも創に掴みかかろうとしている。

「玲羅のお嫁さんになって一緒におじさんの病院を継ごうと思ってたのにっ!裏切られた…」

「美砂、裏切るも何も元から付き合ってないじゃないか…」

「問答無用!絶対に奪い返してやるっ!私は合気道やってるんだからね」

「何だと?!やる気か?!女でも容赦しねぇからなっ!」

創と美砂は立ち上がり戦闘態勢を展開している。

ピンポ〜ン

再び玄関のチャイムが鳴り玲羅がモニターを確認すると大学の同期である桐谷純也とその友人である西村真司、真司の恋人である衣川奈緒が立っていた。

この3人の付き合いだが純也とは玲羅は小学生の頃から同級生としての付き合いだ。真司に関しては純也の幼馴染なのだが頭脳明晰な純也と3流大学に入学する程度の頭脳の真司と何故、この二人が噛み合ったのかは謎だ。そして、真司と奈緒との出会いだが純也がセッティングした合コンで波長が合ったのか自然と引き合い今に至っている。

「純也、助かったよ。美砂を何とか止めてくれないか」

玲羅は玄関のドアを開き純也に懇願していた。

「喧嘩か?何かすげぇ事になってるみてぇだな。おいっ!美砂、止めろっ!」

純也は部屋に入ると美砂を後ろから押さえ込み玲羅も創を宥めていた。

ピンポ〜ン

すると再び玄関のチャイムが鳴る。モニターを確認すると玲羅のアルバイト先の友人である立花里奈と中居裕美だった。

総勢7人の玲羅の友人達がローテーブルを囲んで座っているが6畳間である為、すし詰め状態になる。仕方なくベッドが置いてある8畳間に移動し創と玲羅はベッドの上に座り7人の友人達がベッドの横に座り二人を見上げるという形となった。

創は玲羅の友人達を眺めある事に気付く。

健人と真司はどこにでもいる個性を感じさせない青年。美砂は小柄なロングヘアで陰気そうな雰囲気をまとっている。純也は金髪でピアスを耳に付け派手なブランドファッションに身を包んでいる。真司の恋人の奈緒も中肉中背でどこにでもいそうな女子。里奈は少々、グラマラスでグラビアアイドル並みの美貌、裕美は長身でモデルのようなスレンダー美人。

「お前の友人て何でこんなにも一貫性が無いんだ…」

「何でなんでしょう…気付いたら個性的な人間が集まってました…」

そこで第一声を放ったのは個性に難ありの純也と裕美だった。

「おいっ、玲羅、俺らは何で呼ばれたんだっ?!」

「きちんと説明してよっ!」

創は立ち上がり腕を組み仁王立ちになった。

「今日、お前らを呼んだのは他でもない玲羅の件だっ」

「だから、何だってんだよっ!おっさんっ!」

純也がまた言葉を放つと創が訝しげな表情になる。

「お前らなぁ、初対面の年上に対する口の聞き方がなってねぇなぁ。もう少し敬意を祓うような言葉を使えねぇのか。言うに事欠いておっさんはねぇだろ」

その時、玲羅は思った。あんたが言うなと…

「だって、おっさんじゃん」

裕美が再び言葉を放つ。

「裕美、言葉遣いが良くないよ」

裕美と一緒にいる里奈が嗜めるがそのような事などどこ吹く風で他所を向き全く聞く耳を持たない。

「まぁ、そんな事はどうでもいい。今日はお前らに忠告をする為に集結してもらった。俺は玲羅の彼氏だ。今後は玲羅に触れる事を一切禁止するっ!呼び捨ても駄目だっ!」

「えっ〜!彼氏…?玲羅ってゲイだったのか…」

既に知っていた健人と美砂以外、全員が一斉に声を上げる。しかし、一人だけ喜びに打ち震えていた。

「よっしゃっ!ライバルがいなくなったっ!美砂、玲羅はあの方にご執心らしい。美砂は俺と幸せになろう」

純也は玲羅と健人から以前、友人として紹介をされたのだが純也が美砂に一目惚れしてしまったのだ。

「嫌だ!健人と付き合う方がまだマシ。あんたは論外」

「真司〜、美砂にこんな事言われちまったよ〜」

「お前、確実にフラレたな。他の女でも探せ」

「そうだよ。美砂だけが女子じゃないんだから」

「てっめぇらリア充に俺の気持ちなんか解かんねぇだろっ!」

「あぁ、解かんねぇな」

「てっめぇ、やる気か?!」

「おぉっ!望むところだぜ!」

純也と真司が立ち上がり戦闘態勢に入ると創が怒声を上げる

「てっめぇらっ!人の家で何をしやがるっ!」

「そうだよっ。二人共止めなよっ」

その時、玲羅は再び思う。あんたが言うなと…

健人も純也と真司を宥め事なきを得る。

「さて、本題に入るが」

「創さん、俺、飯を食ってきます」

「そうだな。お前は朝から何も食ってないからな。行ってきていいぞ」 

玲羅は6畳間に向かい昼食の続きを始める。

「玲羅っ!てっめぇ、自分の彼氏の事だろうがっ!逃げんじゃねぇ!」

「人聞きの悪い事を言うな。玲羅は本当に倒れそうな程、空腹なんだ。逃げてる訳じゃねぇ」

純也の言葉に創が空かさずフォローをする。

「触るのはともかく呼び捨てにするななんて横暴じゃねぇか?」

「今更、玲羅くんなんてこそばゆくて呼べないよな」

「そうだよね。僕も幼い頃から玲羅って呼んでるからなぁ」

「玲羅に触れられないなんて耐えられないよっ」

皆が口々に創の忠告に苦言を呈している。

「あの、二人って出会ってからどれくらい経つんですか?」

「2週間位だが」

「出会って2週間じゃ玲羅の事でまだ知らない事も多いんじゃないですか?」

「うっ…」

創は健人の問いに玲羅が医学生である事とこの部屋の住人である事のみしか分かってない事に気付く。

「玲羅との付き合いは僕達の方が遥かに長いんですよ。だから今更、玲羅くんなんて呼べません。それを承諾してもらえないのなら僕達は帰ります。そして、玲羅とは今まで通りに接していきます。暴力を行使してもこの人数じゃ返り討ちにされるだけだと思いませんか?」

このガキに俺が考えている事が読まれている…確かに返り討ちにされる事は否めない…特にあの合気道をやってるガキは厄介だ…

百歩譲って呼び捨てにする事は承諾出来るが今まで通りの付き合いとなると男同士てもスキンシップをする事もある。それは絶対に許せん。創は今、色々と考えにふけっている。暫し沈黙が続いた後に創が口を開いた。

「分かった…承諾しよう。ただし、触れる事は絶対に許さん!」

「それくらの要求だったら飲めるよね」

健人が皆に提案をする。

「真司、もし奈緒が他の男性に触れられたら気分が悪くない?」

「あったりまえだろ!俺、そいつの事、ぶん殴ってやるぜ!」

「そうだよね。みんなそういう事だよ」

「まぁ、それもそうだよな」

「私も真司に触る女子は絶対に許さないっ」

(流石、主席!上手くまとめた!)

皆が法学部で主席の健人を褒め称え拍手をしていた。

「健人、やっぱり流石だな」

玲羅は食事を終えたらしくしれっとした表情でベッドに座った。

「てっめぇ、今更、出てきやがって!とっくに飯なんて食い終わってただろうが!」

「いや、きっと玲羅は自分がいたんじゃ美砂が大変な事になって凄い騒動になるから別の場所に移動したんだと思う…」

「流石、健人だな。よく解ってるじゃないか」

純也の言葉に事を荒立ててはと健人がさり気なく玲羅の代弁をするような発言をしたがその時、友人達は同様の事を思う。

健人の言葉に便乗しただけで本当は逃げたのだと…

「私…今まで何で頑張ってきたんだろう…恋愛対象が男性じゃ私が出る幕はもう無い…さよなら…」

美砂が泣きながら玄関へと向かい靴を履きそのまま走り去っていった。

「おい…これってヤバくねぇか?!」

「だなっ!追いかけた方が良さそうだよっ!」

純也と裕美の掛け声に友人達一同が慌てふためき外に飛び出していった。

 

「あぁあぁ、お隣さん、とうとう女の子を泣かせちゃったよ。いつかはやると思ってたんだよなぁ」

「やっぱり男は顔だけじゃ駄目ね」

隣の住人が美砂の姿を見掛けたらしく憶測で呟いていた。

 

「美砂〜どこにいるんだよ〜」

皆が一斉に美砂の捜索にあたるが一向に見当たらない。手分けして四方を巡り皆、元いた場所に一旦戻る。

「まさか、自殺なんて考えたりしてないだろうな…」

「バカ野郎!縁起でもねぇ事、言ってんじゃねぇ!」

「ねぇ、一度、アパートに戻ってみない?ひょっとしているかもよ?」

「それ、いいかも」

「これだけ探して見つからないんだもんなぁ」

そして、一同は玲羅が暮らすアパートへと引き返した。

「うわっ!幽霊がいるっ!」

「何だよっ。ここ事故物件だったのかよっ」

奈緒の言葉に一同が青ざめるがスピリチュアル否定派の健人だけは冷静だった。

「みんな、よく見てみなよ。美砂だよ」

「あっ、ホントだ」

「ずっとここにいたの…」

捜索を開始して一時間以上、経過していたのだ。しかし、薄闇の空の下で黒髪のロングヘアがアパートの隅で体育座りをしている姿は幽霊さながらである。

「美砂、帰ろう」

「健人〜!」

健人が美砂に手を伸ばすと美砂は健人の肩に額を埋め嗚咽をしていた。

「真司…俺の恋は終わった…可愛い女を紹介してくれ…」

純也はフラフラと踵を返し有らぬ方向へと歩いていった。

「純也も漸くその気になったか」

「良かったら私が紹介しようか?」

真司と奈緒は開け透けな物言いで純也の肩を叩いていた。

 

 

「いらっしゃいませ」「ありがとうございました。また、お越し下さいませ」

コンビニでお馴染みの接客マニュアルだ。玲羅はこのアルバイト先で立花里奈と中居裕美と知り合った。里奈と裕美もこのアルバイト先で知り合い互いに恋心を抱くようになり今は恋人としてお付き合いをしている。裕美は男性的で竹を割ったようなサバサバとした気質で里奈はおっとりとした女性らしい気質だが複雑な家庭環境で育った為か人の心の機微が理解出来る繊細さも兼ね備えている。

ある日、玲羅はあまりにも仲の良い二人にジョークのつもりで「本当に恋人同士みたいだな」と言うと里奈と裕美にあっけらかんと「そうだけど」と言われ玲羅は度肝を抜かれた。だが、玲羅は自身と同じ恋愛思考なのだと知ると創と出会った頃から今に至るまで良き相談相手になっている。

玲羅はあの容姿端麗な姿でカウンターに立っている為か女性客が増え客数が右肩上がりになっていた。それに気付いた店長は玲羅にシフトを増やしてもらいたいと懇願したが玲羅自身は創との時間を大切にしたい為に丁重にお断りしていた。

 

 

創と玲羅は日々のルーティンのように駅構内で待ち合わせをしている。

「れいらぁ〜、お待たせ!ついでに創もお待たせ」

「ついでになどと失礼な奴だな」

この日の玲羅の待ち人は田端だった。

「田端と待ち合わせって玲羅、どう連絡のやり取りをしたんだ…」

「普通に番号を交換したんだけど」

「あぁ?いつの間に…いつ交換したんだっ」

「仁 の店に行った時だよ」

「俺の気付かない間に…玲羅、直ぐにブロックしろっ」

「嫌です。俺も創さんの友人と仲良くしたいんで」

「………」

「玲羅の方が上手だったねぇ」

田端は玲羅に感心していたが瞬時に創の方に視線を向けた。そして、創の両肩を掴み告げた。

「創くん、今の私は君の協力者だ」

「えっ…協力者って…まさか…」

「玲羅のメイド姿、私も見たいっ」

「お前にも解るか」

「うんっ、解るっ」

「はぁ?!紀香さん、俺の味方になってくれるんじゃなかったんですか?!」

「時と場合による」

「えっ〜?!そんな…」

玲羅はもう神も仏もいないのだと落胆していた。

だがしかし!玲羅が改札口を何気なく視線を向けるときらびやかな後光の光る人物が近付いてきた。

「澄江さ〜んっ!待ってましたっ!」

「玲羅くん、何かあったのか?」

「実は…」

玲羅は澄江に事の経緯を話す。横には爛々と今にでも踊り出しそうな創と田端がいる。

「玲羅くん、残念だがあのようになった二人にブレーキを掛ける事は不可能だ。普段は罵り合っているが稀にツボが一致する事があってな。単独だとブレーキを掛ける事は可能なのだが」

「えっ…俺はどうすれば…」

「君に出来る事はただ一つ。断固拒否をする事だけだ。健闘を祈る」

「えっ〜!そんな…無理だ…この世の中に神なんていないんだ…」

玲羅は唯一、希望の光であった澄江にまで見放され再び落胆したのであった。

 


「玲羅、大人しくしろっ」

「今日は君の使命を果たす日だ。大人しく従ってもらうよ」

「嫌だぁ〜!」

創は田端を自宅に呼び出し玲羅をメイド姿にする為に二人で奮闘をしている。創は特注でオーダーしたメイド服を両手に持っている。田端は玲羅に馬乗りになり身体を抑え込んでいる。

「よし、田端、そのままの態勢でいろ。俺が玲羅の服を脱がせる」

「止めてっ〜!」

その時、スマートフォンの着信音が鳴り響く。確認をすると田端のスマートフォンだった。田端が画面を確認すると森田からの着信だ。

「なんだよっ。今、忙しくてそれどころじゃないんだよっ」

「田端、今日は日曜日だ。デートの誘いかもしれないぞ」

「そうかなぁ…デート…」

創と田端はウッドスペースでの澄江の言葉を思い出していた。すると田端は動揺したような様子になりながらスマートフォンをスワイプした。

「はい…」

「田端部長っ!大変ですっ!社内のデータがハッキングされましたっ!直ぐに来て下さいっ!」

「分かったっ!今、赤井と一緒なんだけど連れていった方がいい?!」

「丁度良かったですっ。一緒に来て下さいっ」

田端は通話を終了すると内容を創に話した。

「今はこんな事している場合じゃねぇ。直ぐに向かうぞっ。玲羅はここで待っていろっ」

創は財布とスマートフォンのみを持ち田端と慌てて外へ飛び出していった。

「あぁ〜助かった…やっぱり神様っているんだ。ハッカーに感謝。さて、帰ろう。そうだ…この服をどこかに隠してやる」

玲羅はメイド服を手に持ち辺りを見渡した。そして、キッチンに視線を止める。

「そうだ、この中に隠せば分からないかも」

玲羅は創が滅多に使わないであろうキッチンにある大鍋にメイド服をぞんざいに入れ大鍋を元に戻した。

「さて、帰るか…て、鍵は持ったのかなぁ…」

玲羅は玄関に取付けてあるフックを見る。

「鍵がある…て事は…帰れないじゃないかぁっ〜!やっぱり神様なんていないんだ…」

玲羅は床に両手をついて俯き悲嘆に暮れていた。


あれから数時間が経過し創が疲弊した様子で帰宅してきた。

「お疲れ様です」

「あぁ」

しかし、玲羅の顔を見ると疲弊した表情が一気に明るみを帯びた。

創は部屋に入るなり物探しをするような態勢に入る。

「玲羅、メイド服をどこにやった?」

「えっ、知りませんよ」

「しらばっくれるな」

「ホントに知りませんよ」

「どこかに隠しやがったな」

創は四方を見渡すとキッチンの方に視線を止めた。

見つかりませんように…

しかし、玲羅の願いも虚しく創は大鍋を手にすると蓋を開けた。

「マジか?!」

「玲羅、お前は本当に可愛い奴だな。こんな事で俺を欺けると思ってるのか?これは罰だ。疲弊した俺を心ゆくまで慰めろ」

「手加減して下さいね…」

創は玲羅をベッドに誘導するとそのまま押し倒した。

 

 

「玲羅、今日こそはこれを着てもらう」

「そうだ。今日こそ君の使命を真っ当する時が来た」

「嫌だぁ〜!ふざけんな!」

今、田端は再び玲羅に馬乗りになり押さえ付けている。そして、創はメイド服を手にしている。

「往生際が悪いぞっ。俺が着替えさせるからお前はしっかりと押さえておけ」

「嫌だぁ〜!」

玲羅の抵抗も虚しく創は玲羅の衣服を剥ぎ取りメイド服を玲羅に身に着けさせた。

「可愛すぎる…」

「確かに…その辺のメイド女子、顔負けだね。玲羅、背中を向けて少し前かがみになってちょっとはにかんでみせてっ」

「これを着た事だけでも屈辱的なのにそんな事させられるなんて絶対に嫌ですっ!」

「田端、それは流石に可哀想だから止めてくれ」

「チッ、つまんないの。創くん、写真を撮らせてもらえないだろうか」

田端がスマートフォンを片手に創に懇願した。

「それも駄目だ。写真を撮っていいのは俺だけだ」

「写真も撮るんですか?!まぁ…創さんだけなら…」

「それ、みろっ!玲羅も嫌がっている。諦めろ」

「だったらこれでどうだっ!」

田端は財布から1万円を取り出し創に叩き付けた。

「う〜ん…仕方ねぇ。許可しよう」

「創さん、許可しちゃうですかっ!」

「背に腹は変えられない」

「ふざけんなっ!これは人身売買だっ!」

「玲羅よ、これは取引だ。田端、ただし一回だけだぞ。これが済んだら玲羅、好きなもんを食わせてやる」

「えっ、マジですか?!だったら寿司を食べたいです」

「玲羅…俺の足元を見たな…」

「これは取引です」

「またまた、玲羅にやられたね」

「………。」

その夜、創と玲羅は銚子丸というかなり値の張る寿司屋に行ったが玲羅はここぞとばかり思う存分食べ尽くした。

「俺の1万が…寿司に化けた…」

「これは俺への謝礼ですから」

「くそっ…」

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美青年に魅了された俺、33歳おっさんです 崎田恭子 @ks05031123

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