お金が欲しい7
「じゃあ、そろそろ行こうか?」僕は公園のベンチから立ち上がり固くなった身体をほぐした。首・肩・腰、ゆっくりとほぐしていく。
話していた時間は案外長かったらしい、首や肩がペキペキ鳴った。
「ここ、右に曲がって、高架下通るから」
方向を指示しながら、二人並んで歩き出す。
歩きながら、あまり言いたく無いだろうけど、田辺の所にいた頃の事や、家事等どんな事が出来るのか岩波さんに聞いてみた。
彼女は、少し戸惑いながら、ゆっくりと棚卸しの事務所にいた頃の話をしてくれた。
「最初はね、まだ良かったのアイドルになるって目標が有ったから……」
彼女達は、(残念ながら彼女の他にも何人もいたらしい)安アパートに一部屋三人位ずつ押し込められて、最初の1週間は、それでも歌やダンスのレッスンをしたりしていた。
でも、それも何となくおざなりな感じのレッスンで不信感が出始めた頃、歌や演技の練習の延長と言って、ガールズバーの接待やダンスショーをする事になってしまったという。
「知ってる?ガールズバーの衣装って!!本当にアレで、スッゴくアレなのよ!!コスプレが可愛く見える位なんだから!!」岩波さんが怒っていらっしゃる、余程アレだったのだろう……少し見てみたい。
メンバーの皆と、おかしいと話していたけど、他のメンバーが気後れして行動出来ない中、岩波さんが一人で文句を言おうとマネージャーの元に直談判をしようとした時に、マネージャーが他のスタッフ達と、
『あいつら騙されているのも知らないでアイドルになんてなれる筈も無いのに馬鹿みたいで笑える』と話しているのを聞いてしまったらしい。
しかも、聞いていたのを運悪く見つかってしまい、逃げ出そうとして公園まで逃げた所で結局、捕まってしまった岩波さん、その後は僕が関わって……と言う訳だ。もちろん掻い摘まんだ話ではあるのだけど……。
他のメンバーの話をする時、明らかに岩波さんの顔が曇っているのが分かり、居たたまれなくなる。そして、その時には絶対に僕の方は見ようとしないのだ。彼女の秘めた思いは痛い程解った。
そして、彼女は自分は何も出来ないって事を良く理解していた。
「ごめんね岩波さん、僕には彼女達、君の仲間を救う為の術が無いんだ……」苦しそうに言う僕に、
「何、言ってるんですか?そんなの解ってます。当たり前です。私が本当に幸運なんだって事も、貴方は本当に出来る全てで私を助けてくれたって事も。そして、私は……彼女達に会わす顔すら、資格すら無いって事も」
「僕もさっきまで無理を承知で警察に通報しようかとか、岩波さんの仲間達の親族に連絡すればとか思ったけど……」僕はうつ向いて、しばらく話せなくなる。
「穗村さん、止めましょう?これ以上は、無理ですよ……もう止めましょうよ、私が言える事じゃないけど。私が言って良い事じゃないけど、穗村さんは、これ以上この件に関わるべきじゃないよ……」本当に辛そうな顔で一番言いたくない言葉を言って涙を堪える彼女の頭に手を置き、少し乱暴に頭を撫でた。
「少し、いっ痛いですよ、穗村さん」
「五月蝿い」
解ってる。彼女が涙を堪えていたから、少しでも気が紛れる様に、ちょっとでも罪悪感が減ります様にと強く撫でた。
「もう……グズッもう髪の毛グチャグチャだよグズッ」鼻をすすりながら岩波さんは笑う。もう笑うしか無いのだ。
僕らに出来る事は今は何もない。
僕はヒーローなんかじゃない。
でも、目の前で涙ぐんでいる人がいるなら、慰めてあげたいし助けてあげたい。今はこの子を助けてあげたい。
心から思った。
歩きながら、やっと落ち着いた岩波さんが僕の服の肩口を掴んで話してくる。
「アパート……こちらの方ですか?かなり駅口ですよね?家賃、高く無かったですか?」
沈んだ空気を変える様に明るく話す岩波さんの言葉に僕は笑い、
「いやいや、アパートは反対側だよ。今から色々買い出しに行くんだ。だってほら、うちは布団すら一組しか無い位で二人で住むには足りない物が多すぎるからね」幸い祖父母が自分の給料は自分で管理しろと言ってくれたお陰で例の三百万以外にもある程度の蓄えはあった。
「すいません、私今、その手持ちが……」
不安げな顔の岩波さんに、もう一度だけ岩波さんの頭をグワシッと強く撫でて、
「解ってるって、そんな事よりも何か必要な物あるでしょ?」と僕は微笑んだ。
「えっ?えっと、色々ありすぎて、全然思い付きません!?」急に聞かれて、慌てる岩波さんを微笑ましく見つつ、
「いや、色々な連絡用にもスマホ欲しいんじゃ無い?」
「えっ?スマホですか?確かに、私のアイホンあいつらに取られちゃいましたけど」だろうな、そんな甘い事をする奴じゃないしね。
他にも欲しい物あるんじゃないかな?と、納得がいかない顔をする岩波さん。言いたい事は解るけどね。
この現代社会、とにもかくにも携帯端末は必要不可欠だと思う。何を相談するにも、少し大袈裟かもしれないが、自分の存在証明の為にもスマホは必要になっている。
「場所によってはアルバイトの採用条件にスマホ必須の場合がある位だよ?」
「えっ!?そうなんですか?」ホーッと感心した顔をする彼女に、少し心配している事を聞いてみた。
「と言う訳だけど、身分証明書ってある?」免許証があれば話は早いけど流石に免許を持っている年齢でも無いと思う。
「えっ!?身分証明書ですか!?」突然、言われて焦る岩波さん。唯一持っていたなが財布の中を必死に探して、
「あっ!?これどうですか?でも母から、あんまり人には見せるなって言われてるんですけどね?」彼女は言いながら、なが財布から一枚のカードを取り出す。
「おぉ、マイナンバーカードじゃない。確かにあんまり知らない人には見せない方が良い奴だ」彼女の持つカードをじっくり見ていると、
「母は、必ず財布のどこか解らない所に隠して置きなさいって……って、ちょっとあんまりジロジロ見ないで下さい!!高1の頃に撮ったんで恥ずかしいんですよ」顔を赤らめてマイナンバーカードを隠す岩波さん。
「あぁ、ゴメン。人のナンバーカードなんかジロジロ見るもんじゃ無いよな。でも、これなら身分証明一発だよ、岩波さんのお母さんグッジョブだ」頭を掻きながら、特徴のある電飾のある店の前に止まる。
「岩波さん、ここのショップで大丈夫?」
大手のスマホショップだから大丈夫だと思うけど、人によってこだわりあるからな?
「はい、大丈夫です。前のスマホもここでしたから。行きましょ?穗村さん!!」そう言って、スマホショップに入って行く岩波さん。
「あっ出来れば、あまり高く無いヤツで頼むね。出来ればで頼むけど」連れてきた割には、情けない提案をすると、さっきまで、半泣きだったとは思えない笑顔で、
「私、出来れば前と同じ機種にしたいんです。愛着あったし、あんまり新しい訳じゃ無いから大丈夫だと思うんですけど?」
「オッケー!!採用で!!」
二人で笑った。
……「結局、8時過ぎましたね」岩波さんが心底疲れた顔をしている。
「何だ、この混みかた。前のおばちゃんなんかネット限定の韓流ドラマをスマホで見たいからやり方教えろって、延々と……本当に!!」怒りの落とし処が見つからない。二人してフラフラとスマホショップを出ると、僕は一言、
「特盛食べれるか?」
「穗村たいちょー、今なら特盛にミニカレーも入りそうです」
僕は、無言でサムズアッフをすると、
「スマホ記念と僕らが出会った記念だ!!卵も行っとけ!!」
「イエッサー!!」その後、僕らはフラフラになりながら牛丼をガツガツ食べると、無印の店で必要最低限の物を無表情な顔で買い、家に向かった。
無理矢理テンションを上げている内に本当に楽しくなって来ていたんだ。
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