第34回 金沢の友禅絵師

 金沢駅には早朝六時頃到着した。

 取材を申し込んだ時間まで、まだ間があったので、一旦夜行バス疲れを落とすためにも、金沢駅近くのアパホテルへと足を運んだ。

 このアパホテルにはスパがあり、宿泊客以外でも利用出来るようになっている。金沢へ夜行バスで行った時には、よくここのスパで一旦休憩してから、市内へと繰り出すようにしているのだ。


 軽く二時間ほど休憩した私は、タクシーに乗って、目的地である友禅工房へと向かった。


 その友禅工房は、浅野川沿い、天神橋近くにあった。

 迎え入れてくれたのは、インタビューの申込をした、初老の友禅絵師さんだった。穏やかで紳士的に接してくれて、右も左もわからない自分としては安心出来て非常にありがたかった。

 さらには、若い女性の友禅絵師さんも呼んでくれていた。自分が書こうとしている小説のターゲット層が20代~30代の女性、というのを聞いて、それならば同じような若い女性がいれば都合がいいだろう、と配慮してくれてのことだった。


 インタビュー自体はスムーズに進んだ。

 特に気になっていた、糊置きをしないで染色をする描上友禅の話については、「そういう技法は聞いたことがない」「そもそも友禅というのは糊置きがあって成立するものなので、もはやそれは友禅ではなく、友禅風、と呼ぶべき作品になってしまう」と指摘されつつも、「ただ、小説としてフィクションで書く中では、そういう技術を駆使する人間が出てきても、おかしくはないと思う」と本職の友禅絵師さんに言ってもらえたので、ひとまずはホッとした。

 絶対にあり得ない、などと言われたらどうしようとヒヤヒヤしていたので、そこの確認が出来ただけでも収穫はあった。

 後は、いかにその描写を、小説の中でリアリティを持たせて書くか、というところだった。


 それにしても――インタビューをしていてわかってきたのは、加賀友禅の現状は厳しい、ということだった。


 石川県が誇る伝統工芸ということで、観光ガイド等では華やかに紹介されており、一見すると栄えているように見えるが、とんでもない。往年と比べて友禅工房の数は激減しており、友禅作家の実入り自体も少なくなっている、とのことだった。

 特に印象的だったのは、「例えば、仮に私が友禅絵師になりたい、と言ってきたら、まず最初にどんなアドバイスをしますか?」という質問に対する答えだった。


「友禅絵師になるのはやめておきなさい、と勧めますね」


 それは、あまりにも衝撃的な言葉だった。


 その答えには理由があった。単純に、友禅絵師としての仕事だけでは食べていけないから、ということだ。インターネットで検索すると、友禅絵師としての仕事一本でやっていけているように見える人達が出てくるが、そういうのは氷山の一角のようだった。多くの友禅絵師は、まず仕事を受注すること自体が厳しくなっているようだ。

 要因は様々なことが考えられた。着物文化自体の衰退もあれば、社会全体の不景気もあり、とにかく友禅というもの自体が一般的ではなくなっている、ということだった。


 インタビューの後は工房の中を見学させてもらった。

 作業場は二階にあり、縦長の畳の部屋に、一人の友禅絵師さんがまさに色差しを行っている最中だった。奥の窓からは浅野川の悠然とした流れが見えており、作業をする場としては、実にゆったりとしたいい環境に思えた。

 ところが、その光景は、実際には憂うべきものだったのである。


「かつてはこの部屋いっぱいに友禅絵師がいて、作業をしていたものです」


 昔を懐かしむように語る、初老の友禅絵師さんの目には、寂しげな色が浮かんでいた。

 その昔、友禅バブルとも言えるような時代の頃は、ひっきりなしに注文が入って、大忙しだったという。工房も、ここだけではなく、近隣にいくつも存在していたそうだ。それが、今ではほとんど畳んでしまい、残された僅かな工房の一つであるここにおいても、広い作業場の中にポツンとたった一人色差しをしているだけ、という状況だ。

 これが加賀友禅の現状なのだと、痛感させられた。


 同時に、熱い思いがこみ上げてきた。


 ならばこそ、文章の力で、加賀友禅の世界に新たな輝きをもたらしてみよう。今回の取材で見聞きしたものをベースに、加賀友禅の嘘偽りない今の姿を描写しつつ、魅力的な物語を書けば、きっと人々の注目を集めるに違いない。そうすることで、いくらかでも、厳しい環境にある加賀友禅の人々に貢献することが出来るだろう。


(やるぞ! 書くぞ!)


 そうして気持ちを昂ぶらせながら、帰途へと着いたのであった。

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