第12回 商業デビューへの道~その三~

 結局のところ、当初賞に応募した『バニィ×ナックル‼』をベースとして、もう一度書き直すこととなった。


 さらに、担当編集から「もっと明るく、青春色を強く」といった要望を受けて、とにかく作品のカラーとしては明るいものに仕上げようとした。


 途中の原稿では、拳法組織の腐敗等、暗くて重いテーマを取り扱っていたが、そういった要素は最低限にとどめた。


 何度か書き直していたこともあり、筆の進みは早かった。自分でも面白いように、『バニィ×ナックル‼』からもう一段上のレベルへと原稿が昇華されていくのを感じていた。これがプロとして書くということなのかと、感動していたが、しかしそう思うのはまだ早かった。


 出来上がった原稿に、OKサインは出たものの、そこからが本番だった。


 さらなる改稿、である。


 あくまでも大枠としてはOKということであり、細かい内容について担当編集が厳しく見ていき、違和感のある箇所は直していく、という作業が待っていたのである。


 例えば、主人公がヒロイン達に小馬鹿にされて、不機嫌になって黙り込むシーンがあったとする。そのシーンに対して、担当編集が、こう指摘を入れてくるのである。


「主人公のキャラクターからして、この程度のことでヘソを曲げるのは、ちょっと小物くさくて変です」


 このシーンについては、特に意味があって書いたものでもなかったので、全面的に書き直したりした。


 そのような感じで――会社帰りに編集部に寄り、終電ギリギリまで、原稿を突き合わせながら担当編集と改稿案を一緒に考えてゆく。二足のわらじで活動するのはとても大変なことだったが、しかしいまだかつてないほど「自分の人生を歩んでいる!」という充実した喜びに満ち溢れていた。


 やがて数度の改稿も完了し、校正さんによるチェックも残すかというところで、タイトルの話が出てきた。


 正直、タイトルを決める作業は、一番難産だったと思う。


 たくさんの案をメールで送るも、担当編集からはなかなかいい返事が返ってこなかった。


 苦しんだ末に出てきたのが、『ファイティング☆ウィッチ』である。


「それでいきますか」


 あまり前向きな反応ではなかったが、担当編集はようやくOKを出した。自分としても、これでいいのか、という迷いはあったが、他に良案がなかったので妥協せざるを得なかった。


 ※ ※ ※


 さて、ライトノベルの魅力と言えば、やはり挿絵であろう。


 自分としては、自作の挿絵をどんな人が担当するのか、そこがかなり気になっていた。自分が生み出したキャラクター達をどのようなイラストで表現してくれるのか、それはかなり重要な問題だった。


 あるタイミングで、担当編集より、絵師さんの情報を教えてもらった。


「魔太郎さんという方にお願いしようと思っています」


 この頃、まだ魔太郎さんは知る人ぞ知るイラストレーター、といった位置付けだったと思う。どういう絵を描く人なのか調べてみたが、あまり参考になる絵が出てこなかった。辛うじて見つけたのは、帽子をかぶった女の子の絵、一つ。だけど、その絵だけでも、魅力は十分に伝わってきた。


「これは、すごくいい絵師さんに描いてもらえるんじゃないか!?」


 後に、Twitterのフォロワー数25万人と、自分とは雲と泥ほどの差で高みに昇っていくこととなる至高の絵師に、デビュー作のイラストを描いてもらえたのである。今となって振り返ってみれば、非常にありがたく、光栄なことであったと思う。


 実際、ラフ画が送られてきた時、悶絶死するかと思うほど萌えさせられた。


 自分の考えたヒロイン達が、想像していたよりも何億倍も可愛いイラストとなって、このデザインで挿絵を描きますとばかりにラフ画が送られてきたのである。ご丁寧に、制服姿と、魔法少女のコスプレ姿、両方とも描かれていた。(余談であるが、魔法少女のコスプレ姿は、刊行された『ファイティング☆ウィッチ』ではヒロインの内一人だけしか挿絵で描かれていない。これが本当に、非常に、残念で仕方がない。ヒロイン達の魔法少女コスは、作品の目玉の一つであったのだが……)


 とにかく、魔太郎さんのイラストが加われば、鬼に金棒だと思った。何度も改稿して苦労して作り上げた自分の小説に、魔太郎さんの魅力的な挿絵が合体したら、これは大ヒット間違いなしでは、と思っていた。


 ※ ※ ※


 以上のことは、2012年の秋から始まり、年をまたいで2013年の夏頃までの話である。


 時を同じくして、この頃の自分は、別件でもまた忙しかった。


 一つは、社会保険労務士の試験に向けて猛勉強していたことだ。会社では人事・総務系の仕事をしていたので、その資格を取っておけば、会社内でのキャリアアップに繋がるし、万が一の場合でも独立開業の道が開ける、と踏んでいた。2013年の8月に試験があるので、会社の仕事と執筆活動をこなしながら、隙間時間で必死で勉強を続けていた。


 そしてもう一つは、彼女が出来たことである。


 このような話をするのも恥ずかしいのだが、大学時代に人生初の彼女が出来、卒業直前でフラれてから、約十年もの間、彼女が出来ずにいた。あ、この人いいな、と思う人に、アプローチやアタックを仕掛けたりはしていたのであるが、どれも実らずにいた。


 そんな自分に、久々に彼女が出来たのである。人生二人目の彼女だ。


 ただ、相手は石川県金沢市の人だった。こっちは東京在住。つまりは遠距離恋愛である。細かく語れば、出会いの時点から始まって、様々なドラマがあるのだけど、相手のあることなので詳細は伏せさせていただく。


 ともあれ、この遠距離恋愛も同時進行で進んでいたので、日々がとんでもなくハードに多忙であった。何と言っても、まだ北陸新幹線が開通していない2013年の話である。夜行バスを使って現地金沢へ行き、寝不足の体を引きずりながらデートをして、また夜行バスで東京へと戻る。それを月に一回から二回のペースで行っていたのだ。


 だけど、この頃の自分には、会社の仕事も、執筆も、社会保険労務士の試験勉強も、遠距離恋愛も、全部こなすだけの気力があった。後から考えてみれば、体力的には実は相当無茶をしていたのだけど、当時の自分は「全部こなしてみせる!」と気合が入っていた。


 当時の彼女が、「作家になりたいっていう夢が叶うんだね」と一緒になって喜んでくれて、執筆活動を応援してくれていたことも、励みになっていた。


 全てが順風満帆。何もかも上手く行っている。


 ここからが、自分の本当の人生の始まりだ!


 ――そう、信じていた。

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