第37話 本当の彼女、変わりゆく世界。
ようやく退院できた私は久々に学校へと登校した。高等部は今までと変わんない気がするけど、中等部は今大わらわらしい。私よりも一足先に復学した沙羅ちゃんが教えてくれた。
逮捕されてどっかに消えたタコ助元校長の代わりに元教頭先生が校長代理として指揮を取って中等部の再編をしているそうだが、あのタコ助に手を貸していた人間の洗い出しとか後始末がたくさん残っているそうで……
沙羅ちゃんのクラスの担任はそれで辞職していったそうだ。今現在は学年主任の先生が臨時で3年S組の担任をしているそうである。自分のクラスの担任がタコ助とグルと知って沙羅ちゃんはショックだろうなと思っていたが、彼女はそれに勘付いていたみたいだった。
問題は山盛りだけど、今までタコ助に同調して悪事を働いていた人間を一掃できるまたとない機会だと言って、元教頭先生は頑張っているそうだよ。
しかしあのタコ助は日本が法治国家で本当に良かったね。恨まれてボコボコにされてもおかしくないのに、ちゃんと裁判してもらえるんだから……
出来ればもう二度と会いたくないな。
「これ、大武さんが休んでいた間のノートのコピー。それと授業は動画をまとめて録画してあるから、視聴覚室でみてね」
「ありがとう」
一学期も能力枯渇で入院して、今回も同じく能力枯渇で入院。……授業に遅れてしまうのが本当に辛い。もうすぐ中間テストがやってくるけど、今回はいい点取るのを諦めたほうがいいのかもしれない…
「あなたって入院してばかりね。…また能力枯渇したの?」
その声に私はギクリとした。
表向き、私は反省房に入れられた影響で体調を崩して入院ということになっているのに、真実を知られたらまずい。
彼女は心を読める。秘密にしておかなきゃいけないのに読まれたら元も子もない。私が胸元を腕で隠して心読まれたくないポーズ取っていたら、雲雀さんはすぃっと目をそらした。
「…私は何も知らないわ、大丈夫」
何が大丈夫なの?
しっかり心読んでんじゃん!!
「勘弁してよ!」
秘密って言われてるのに!
訓練しているんだから心読まないことも出来るでしょ!? プライバシーの侵害なんだよ!? 私が研究材料として酷使されることがあったら雲雀さんを疑うからね!?
「失礼ねぇ…私がそんな薄情な女に見えるのかしら?」
疑われて不快であると言わんばかりに雲雀さんが私のほっぺた引っ張ってきた。
「いひゃいいひゃい」
「あらよく伸びる」
いじめ反対。
先生、クラスメイトが私のほっぺた引っ張ってきます。助けてください。
「大武さん、雲雀さん達は心配してくれてたのよ。溝口さんも今回の告発に協力してくれたし」
「え…?」
じんじん痛む頬を手で擦っていると、小鳥遊さんが教えてくれた。溝口というのはこのクラスのギャルだ。編入当初、雲雀さんと一緒に迫害してきたクラスメイトだが……彼女が告発に協力…?
「そうよ、感謝してよね」
「あぁ…マシンテレパスって能力でハッキングしたの溝口さんだったんだ…」
腕を組んでドヤ顔するギャル。めちゃくちゃ偉そうである。なるほど、協力者というのはこの子か。
…なぜこんな面倒くさそうなことに手を貸したのか。中等部校長はそれほど恨まれているのかな。
ムニッとまたほっぺたを引っ張られる。
「藤さんはもうすこし落ち着くことを覚えることね。悪の親玉のもとに単身乗り込むって自殺行為にも等しいのよ?」
「いちゃい」
私のほっぺたが伸びたらどうしてくれんねん。
その後クラスメイトたちに口々に退院を祝われた。みんな、反省房に入れられて私が体調を崩したと聞かされているみたいで、いつもより優しく接してくれた。
このクラスの中には反省房に入れられた人はいるのだろうか。
あの場所には出来ればもう入りたくないな。あれを知ったら悪さなんて二度とするもんかって思うのが普通だな、うん。
あのタコ助のことだ、もしかしたらわざとあそこに収容して反抗的な生徒たちを飼いならしてきたって可能性もあるかもしれないよね。
私みたいな冤罪が二度と起きないことを祈ろう。
■□■
「藤ちゃんっ」
私の名を呼んだ彼女は満面の笑顔を浮かべていた。
「沙羅ちゃん珍しいね、どうしたの?」
高等部の授業が終わるまで待っていたのだろう。彼女は高等部の昇降口前にある花壇の土留めに座っていたらしい。お尻をぱたぱた叩くと、私の元に駆け寄ってきた。
持っていた紙袋をサッと前に出すと「一緒に食べようと思って!」と自慢するように中身を見せてきた。
「お母さんが送ってくれたのよ」
「クール便も届くんだね」
すっかり元気になった沙羅ちゃんは、外の世界に帰ってしまったお母さんから届いた手作りの焼き菓子をおすそ分けしてくれた。クール便で届いたそれを解凍して持ってきてくれたのだ。
中等部の元教頭先生、現校長代理は沙羅ちゃんとお母さんが文通をできるように、という約束をしっかり守ってくれた。
外の世界の人との文通は生徒に与えられた権利だと言うのに、不当にも妨害を受けていた沙羅ちゃん。やっと文通が出来たことに彼女はとてもとても嬉しそうであった。
通学路にある小さな公園で食べようかと提案していると、私の後ろを通り過ぎた男子がボソッと呟いた。
「あの子変わったよな…」
その言葉に私はニヤリとする。
ふふん、そうだろう。
そして私はその笑顔を独り占めしているのだ。羨ましかろう。
振り返って発言者である男子に向けて笑ってみせた。
「なんであいつドヤってんの」
突っ込む言葉が聞こえてきたけど、私はくるっと沙羅ちゃんに向き直って行こう行こうと促したのである。
沙羅ちゃんのお母さんの手作りお菓子は、沙羅ちゃんが作ったお菓子の味と少し似ていた。
沙羅ちゃんは明るくなった、というか元々沙羅ちゃんは明るい子だったのだと思う。…だけどこの学園内の悪い大人たちに利用され、押さえつけられ、助けもなく…心が病んでいたのだと思う。
嫌な仕事から解放されたってのも大きいけど、お母さんに会えたことが一番大きいと思う。入院中、沙羅ちゃんのお母さんはずっと沙羅ちゃんの側にいた。沢山沢山お話したそうだ。沙羅ちゃんはいっぱいお母さんに甘えられた。お母さんに愛されていたとわかって安心したのだと思う。
次に会えるのは沙羅ちゃんが成人してから。別れはきっと寂しかったに違いない。
…海外の全寮制の学校だって長期休暇には帰れる様になっているじゃない。この学校も面会くらい許してやってもいいと思うんだよ…
■□■
置いていかれた分しっかり勉強しようと気合い入れた私は休日の今日、朝イチで図書館に来ていた。周りよりも授業が遅れているので不利なのは確かだけど、出来るところまで頑張ろうと思うのだ。
「大武さん、ここ座ってもいいかな?」
そこへ、必死こいて勉強している私が座っている席の前に彼が現れた。
「日色君! いいよいいよ座って!」
考えることは皆一緒で、多くの学生がここへ勉強しに来ているみたいだ。今では席がほぼ埋まっている状況。朝イチで来てよかった。
「あれから体調どう?」
カバンからテキストや筆箱を取り出しながら日色君が訪ねてきたので、私は力こぶしを見せつけるように腕を握りしめた。
「げんきげんき!」
もう元気100倍アンパン○ンだよ!
今日の私は暴走車3台位吹っ飛ばせるくらい調子がいいよ! と言うと日色君は「また調子に乗って」と苦笑いしていた。
「通院は?」
その問いに私はギクッとする。
やっと通院が無くなったと思ったら、また再開になってうんざりしているんだ。
私はもうすっかり元気だ。医療費を節約するためにも、別に行かなくてもいいと思うんだけどなぁ……
「…行かなきゃだめぇ?」
私がおそるおそる日色君を窺い見ると、日色君は仕方ないなぁと言わんばかりの表情で優しく微笑んでいた。
「…いい子だから病院行こうね」
その瞳の優しさにドキッとした私は、それを誤魔化すように唇を尖らせて目をそらしてしまった。
なんだかなぁ。
やっぱり日色君の声は不思議だ。穏やかな声なのに、引き寄せられてしまいそうな…。
なぜだか胸がザワザワして落ち着かないんだ。
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