第35話 暗闇に差し込む一筋の光
──身体が鉛のように重かった。
今までにも能力枯渇で意識を失ったことはあるが、今までとは比べようもないほどきつかった。
『藤ちゃん』
『大武さん』
呼びかける声が聞こえる。
私は何をしてるんだろう。目を開けても真っ暗な世界だ。声は聞こえるのに、光はどこにもない。私は途方に暮れてぼーっと突っ立っていた。
どこへ向かえというのだ。何も見えないというのに。
私は、何をしていたんだろう?
なんで、こんなところにいるんだろう?
……もしかして私は死んでしまったのであろうか……?
すると、じんわりと、左手にぬくもりを感じた。
私は不思議に思って自分の左手を見た。なにもない。そこには私の手しかないのに温かいのだ。そのぬくもりはぎゅうう…と私の左手を掴んで離さない。
……なぜだろう、このぬくもりはまるでおひさまのようで、私の心がポカポカ温まっていくようだった。
■■■■■
「……」
真っ白な天井が目に映る。真っ暗だったはずの私の視界に光が差し込んだ。
「大武さん!? 良かった、目覚めて!」
「……日色君?」
あれ、なんで日色君がここにいるんだろう。
私の声がカサカサだったからか、日色君が枕元の水差しからコップに水を注いでくれた。
「大武さん、覚えてるかな? 水月さんの延命を図って倒れたこと」
「……延命…?」
コップを口元に持っていきながら、私は眉をひそめた。
なんだっけ…私は何をして…私は沙羅ちゃんの危篤を聞きつけて病院にやって来て……あ。
「そうだ、沙羅ちゃんは!」
「彼女は無事意識を取り戻して、今では日常生活を送れるまでに回復しているよ。念の為にまだ入院しているけどね」
その言葉を聞いて私は安心して泣きそうになった。
良かった。沙羅ちゃんが無事なら本当に良かった。お母さんとちゃんとお話できただろうか?
私が考え事をしていると、ベッド脇に置かれた丸椅子に座っていた日色君がこちらを真剣な眼差しで見つめていた。彼は眉間にシワを寄せて難しい表情を浮かべていたのだ。
最近日色君はそんな表情ばかり浮かべるね。日色君にはおひさまの笑顔が一番似合うというのに。
「…大武さん、君は恐らく巫女姫と似た能力を持っている」
「え…?」
「詳しくはわからないけど…間違いなく、君の能力が水月さんの寿命を伸ばした」
日色君の言葉に私は目を丸くする。
なにそれすごい。私すごいじゃん。
「……あの場にいた人たちには口止めをしてる」
彼の口から飛び出してきた言葉に私は怪訝な顔をしてしまった。
「えっ? なんで…」
「水月さんは治癒能力者のお陰で回復したということにしてもらった。君は反省房に入れられたことで体調を崩して入院という事になっている」
本当のことを知っているのはあの場に居合わせた人間と、信頼できる一部の先生方のみだそうだ。
レアな能力なら同じクラスになれるかもしれないのに…と思ったけど、日色君の表情は苦悶していた。どうしてそんな複雑な表情を浮かべているのだろう。
「あの能力のことは内緒にしておいたほうがいい」
「でも」
「お願いだよ。もう傷ついて欲しくないんだ」
そう言って、日色君は私の頭を撫でてきた。その手の優しさに心がむず痒くなったが、嫌なわけじゃないので振り払わずにそのままにしておく。もしかして、たんこぶの心配してくれてるのかな。
「巫女姫の能力を大人たちが悪用していたのを君は見てきただろう? …今度は大武さんが利用されるかもしれない。その能力は間違いなく争いの種になるはずだ」
あぁ、そうか。命を引き伸ばす能力……よく考えたらそうかも知れない。日色君はそれを懸念しているんだ。
「大武さん、わかってくれるね?」
彼は声の能力を一切使っていない。
なのにその声に抗えずに私はコクリと頷いた。
「うんいい子だね」
日色君はホッとした様子で微笑んだ。
その笑顔を直視した私は胸がギュッと苦しくなった気がした。不思議に思って胸を擦るが、苦しみは持続しなかった。何だったんだろう、今の。
「?」
「どうしたの、苦しい? お医者さん呼んでくるね」
スルッと私の頬を撫でると、日色君は椅子を立ち上がった。その自然な動作に、私はドキドキしてしまった。
あれ? あれれ?
顔が熱いぞ…どうしたんだ私……
なぜだか、私はやけに日色君のことを意識してしまって落ち着かなかった。お医者さんに脈が速いね、と指摘されたが、体調悪いとかそんなんじゃないからどうしようもなかった。
新たな能力の発現を黙っていてもいいのかな、と私はもやもやしていたけど、お医者さんがこっそり話してくれた。
「時々病院には不自然に衰弱した子どもたちが運ばれてくるんだ。…今回の学園の騒動を聞いてなるほどと思ったよ。一緒にいた男の子の言うとおり、大武さんのその能力は秘密にしておいたほうがいい」
人を傷つけるような危険な能力ではないし、これを誰が利用しようとするかわからない。……もしかしたら、私自身の寿命を縮めてしまう恐れがあると釘を差されてしまい、ゾッとした。
お医者さんは仕事だから運ばれてきた患者さんを治す努力をしてきたけど、明らかに能力枯渇によって衰弱した患者を見るたびに複雑な心境に陥って、学校側に不信感を抱いていたみたいだ。特に沙羅ちゃんは今までにも何度か搬送されているそうなのだ……。
この病院にいる人も彩研究学園の卒業生だけど、学校を卒業して離れて気づくことでもあるのかな。
──コン、コン
何もすることがなくてぼーっと天井を見上げていると、来訪者のノックの音が鳴り響いた。
「はい?」
私が応答すると横開きの扉が開いて、そこから人影がぴょんと飛び込んできた。
「藤ちゃん! 良かった目覚めて!!」
「沙羅ちゃん」
お見舞いに来てくれた沙羅ちゃんは笑顔満点、元気いっぱいになっていた。こころなしか表情が豊かになっているような…
「こら、沙羅。病室内で騒がないの。驚いていらっしゃるでしょ」
その元気の良さに私が少々面食らっていると、後ろから穏やかな表情を浮かべた中年の女性も一緒に入室してきた。
「あ」
「ご挨拶が遅れてすみません。本来ならもっと早くお礼を伝えたかったのですが…」
沙羅ちゃんのお母さんは、この都市内で購入したと思われるお菓子の詰め合わせをおずおずと差し出してきた。
「沙羅を、この子を助けてくださって本当にありがとうございます…」
「いえ、私が勝手にやったことなので…」
助けられる確証はなかったし、自分が嫌だったから行動を起こしただけなので…
そんなお菓子まで頂いちゃって…と恐縮していると、沙羅ちゃんが私の肩をぽんと叩いた。
「ううん、私は藤ちゃんに助けられたの。…命だけじゃなく、嫌なお仕事をもうしなくていいように掛け合ってくれた」
うん、丸投げしたとも言うけど、まぁ好転してよかったよ。
それはそうとしてだ。久々に再会できたお母さんと仲が良さそうで良かった。小学生の時以来会っていないと聞かされていたから少し心配だったけど…
「…お母さんとやっと会えてよかったね」
「私の入院期間中だけ、特例でお母さんの滞在を認められたの。…今まであの人が私とお母さんの手紙を差し止めていたって聞かされたから、会えなかった期間分沢山お話したわ」
『戻ってきた教頭先生が今、腐敗した体制を立て直し、不正を洗い流して一掃してくれているの。ちゃんと文通が出来るように取り計らってくれるって約束してくれたんだ』と沙羅ちゃんは嬉しそうに笑っていた。お母さんの腕に抱きついて甘える沙羅ちゃんは娘に戻れたようで嬉しそうに笑っていた。
初めに会った時の、悲しい目をした奇跡の巫女姫の雰囲気はなんだったのかと。きっと学校の人が今の沙羅ちゃんを見たら印象を変えると思うな。
彼女たちが文通できなかった年数は長かった。その間双方がどのくらい苦しんだか、私には想像できない。
だけど今からでもきっと取り戻せるはずだ。めちゃくちゃだったけど、行動を起こせてよかった。嬉しそうな彼女を見ていると、私まで嬉しくなる。
「よかったね、沙羅ちゃん」
沙羅ちゃんは私の言葉にとびっきりの笑顔で返してくれた。
仲のいい母娘のほほえましい姿を見ていると、私もお母さんに会いたくなってしまったじゃないか。
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