第34話 私の力すべて使ってでも救ってみせる!
タコ助校長の罪が公の場に公表されて行く。一気にタコ助の立場は悪くなっていった。絶望的だろうな。
…だが私にはそんな事どうだって良かった。
「大武さん?」
「…沙羅ちゃんのところに行ってくる」
「えっ!?」
私は踵を返して体育館を出た。病院に彼女はいるんだろう。会えるかどうかはわからないけど……今は彼女のそばに付いていてあげたいのだ。
「大武さん待って、今彼女は」
「わかってる」
追いかけてきた日色君が私を止めようとするが、私は見向きもせずに病院に向かった。私が放つ空気に何かを悟ったのか、日色君はそれ以上止めず、黙って後ろを着いてきた。
沙羅ちゃんを苦しめていた張本人は今まさに糾弾を受けている。日色君をはじめ、色んな人が協力してくれたお陰である。
…だけど私自身は反省房に閉じ込められていただけで何も出来なかった。様子のおかしい彼女に気づいていたのに、私は何の力になれていない。周りに丸投げしただけに過ぎない。
私はそれが悔しくて堪らなかった。
最後に会った時の彼女の顔色の悪さ、体温の低さ、体重の軽さ……それを思い出すと寒気がした。
やっぱり認めたくない。沙羅ちゃんが危篤なんて。季節は残暑厳しい9月だというのに、全身から血の気が引いたかの様に寒かった。
病院に到着すると日色君が「ICUはこっちだよ」と先導してくれた。私のしたいままにさせてくれるようだ。
外来受付のある場所からICUのある別棟に移ると人気が無くなって、ひっそりした雰囲気に変わっていた。ここのどこかで沙羅ちゃんは治療を受けているのだ。
怪我や病気とかでなく、能力の枯渇による衰弱は専門の治癒能力者が治療に当たるのだが……私と沙羅ちゃんでは能力の質もタイプも違う。…能力者の力でも治せないのであろうか…
「あああああ! いやぁ沙羅! やっと会えたのにそんなのあんまりよ!!」
「お母さん落ち着いてください」
「沙羅、お母さんよ、目を覚まして!!」
その悲鳴はあまりにも悲痛で痛々しかった。声がする方へ進んていくと薄暗い廊下に光が漏れている場所があった。
そこには窓ガラスのついた部屋があって、医療従事者がベッドに眠っている患者を囲んでいる様子が窺えた。……そして、患者が眠るベッドにすがりつくのは私のお母さんと同じくらいの年代のおばさんだ。彼女は泣き叫んで患者に訴えかけている。
ベッドに寝ている患者の手を掴んで傍らで念じている女の人がいる。あの人が治癒能力者だろうか。集中している彼女の表情は険しい。
実際に彼女の容態を目にしないと納得できないと思っていた私だが、目にしてしまうと否応がなしに痛感した。
「やっぱりあの時何としてでも、沙羅を連れて遠くに逃げておけばよかった…!」
嘆き悲しんでいるのは恐らく沙羅ちゃんのお母さんだ。
……沙羅ちゃんは愛されていた。彼女は手紙が来ないと悲しんでいたけど、お母さんも沙羅ちゃんに会えなくて悲しんでいたんだ。
先程の糾弾の場で新たな事実が判明したんだ。中等部校長は、沙羅ちゃんに関わる手紙を転送させて、全て届かぬように処理していたのだって。あのタコ助は沙羅ちゃんの心の拠り所であるお母さんからも引き離そうとしていた。検閲を条件とされた手紙さえも、やり取りさせなかったんだ…!
思い出すと腹が立つ。
なぜ沙羅ちゃんばかり、こんな目にあわなきゃならないんだ!!
一瞬、治療している人が動いて、ベッドで眠っている沙羅ちゃんの顔がちらりと見えた。人工呼吸器に繋がれた彼女の顔は青ざめ、まるで人形のように微動だにしない。
最後に会った時も調子が悪そうだったが、更に悪化しているように見えた。
「……治癒能力が、効きにくくなってます」
「おい、外来から治癒能力者の応援を頼め!」
能力を掛け続けていた能力者が苦しそうな声でつぶやくと、切羽詰まった声が飛び交った。
慌てて電話を掛ける看護師さん。ここには電話機があるのかとかそんなの気にする暇などなかった。
「沙羅、沙羅ちゃんお願い、お母さんを置いていかないで……!」
その間も泣き叫ぶ沙羅ちゃんのお母さん。
応答はない。沙羅ちゃんがじわじわと死への階段を登っていっているのだとわかった。
沙羅ちゃん、お母さんだよ。
こんなに近くで沙羅ちゃんの名前を必死に呼んでるんだよ。
もう、声は届かないの?
ガラス越しに彼女の変わり果てた姿を見守っていた私だが、居ても立っても居られなくなった。
お叱りは覚悟の上だ。説教はもちろんのこと、また反省房に入れられちゃうかもしれない。
だけどこのまま指くわえて見ているだけなんて無理だ!!
私はその足である場所に向かった。
関係者以外立入禁止と赤文字で書かれたその部屋だ。
「大武さん!?」
バーンと扉を開けると、ぎょっとしている医療従事者たちを尻目に、ICUにつながる部屋前の開ボタンを押して開けた。中で未だに治療中の彼らは私の乱入に気づいていない。
私は素早く潜り込むと、ベッドで眠る沙羅ちゃんの手を掴んだ。青白く細い腕に管が刺さっているその手は痛々しく、ひんやりとした。
「お、おい君っ」
「沙羅ちゃん!聞こえる!? ここにいるのはお母さんだよ、沙羅ちゃん、お母さんは沙羅ちゃんをずっと心配していたんだよ!」
私は大声で沙羅ちゃんに呼びかけた。
私のお祖父ちゃんが闘病の末、昏睡状態になっていたとき、病室で眠る彼に声を掛けたら応答があったんだ。お祖父ちゃんは私が握る手を弱弱しく握り返そうとしてくれた。
数少ないお祖父ちゃんの記憶だけど、それは鮮明に覚えている。死に近づいて、体の機能が衰えても、耳だけは聴こえているのだとお医者さんが言ってたんだ。
だから、この声は彼女に届いているはず。
「あのね、あのタコ助校長が沙羅ちゃんの手紙とお母さんからの手紙を行き渡らないようにしていたんだって! 沙羅ちゃんはお母さんに嫌われちゃったって悲しんでいたけどそうじゃないんだよ、お母さんは沙羅ちゃんと会いたいって願っていたんだよ!」
やっと会えたんだ。
ちゃんと顔見て、笑顔で再会したいじゃないか。
こんな別れ方は駄目だ。
沙羅ちゃんはもっと幸せにならなきゃ駄目なんだ…!
あぁ、私の力を分け与えたらいいのに…! 私の平々凡々のバリアー能力じゃ彼女を癒せない。彼女の手を力強く握りしめて、その冷たい指に自分のおでこをくっつけた。
治れ治れ、私の力を分けてあげるから…!
戌井の暴走を止めたときのように、私は自分の中の力を彼女に流し込んだ。私の能力で彼女の命が助かれば、それだけで。その願いだけで力を込めた。
「ひ、光が…」
「治癒能力者か…?」
パァァと、私と沙羅ちゃんの繋いだ手から光が発生した。あたたかい光だ。眩しくて目を閉じる。
お願いだから目覚めて。私はもっと沙羅ちゃんとおしゃべりしたいの。今度は休みの日に私服で一緒にお出かけしたいの。他にも沢山したいことがあるの。
私と沙羅ちゃんはまだ出会ったばかりだけど、私にとって沙羅ちゃんはかけがえのない友達なんだ。
お願い、死なないで…!
ドクドクドクと心臓の鼓動が早まる。スゥッと体内の血液が流れ込む感覚。私の中の能力を全て、繋いでいる手を経由して沙羅ちゃんへ流し込む。
これで能力が枯渇して再び倒れたとしても構わない。
沙羅ちゃんの命が助かるのであれば。
「先生! 患者の顔色が…脈も回復していってます」
その言葉に私は薄っすらと目を開ける。
沙羅ちゃんの顔を見たけど、発してる光のせいで顔色の良し悪しはちょっとわからなかった。
今の時点で分かっているのが、私には沙羅ちゃんを救える可能性があると言うこと。私は更に集中して、自分の中で眠っている超能力の欠片たちを全て彼女に分け与えた。
全力で走ったあとのように、ドクドク激しく鼓動していた心臓が破裂しそうだった。目の前が赤と白交互に点滅して、頭がキーンと痛む。能力枯渇特有の貧血が起きそうだったが、私は踏ん張った。
いま気絶したら、私は絶対に後悔する。
限界までやりきってみせる。
沙羅ちゃんは私が助けるんだ……!
ラストスパートをかけるかのように、私は力を込めた。
寒い、寒くて震える。だけど耐えられる。沙羅ちゃんのためなら…!
──限界は程なくしてやってきた。
プツン、と音が聞こえた気がした。
パソコンがエラーを起こして、強制シャットダウンしたかのように、私の意識は真っ黒に染まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。