第10話 歩く圧力鍋と、中等部の巫女姫。


「大丈夫、ハゲてる部分は見当たらないわ」

「良かったー!」


 寮に帰った後に頭皮の状況を小鳥遊さんに確認してもらったら、ハゲは出来ていないと言われたので一安心。

 だけど念の為に頭皮と髪をいたわるケアを入念に行った。


 あの戌井駆って野郎め……今度会ったら文句つけてやる…!

 お昼休みに起きた事件を思い出してイライラしながら優しく頭皮マッサージを行った。

 日色君は良くもあんな奴の面倒を見てやれるな。同じクラスだったり、中学の生徒会長だったから、義務感なのかな?


「ピッ!」

「ピッピ、今日はありがとうね。だけどあんたは小さいんだから無理しないで」


 私の手に甘えるようにすり寄ってきたピッピを優しく包み込む。ピッピは暖かくてもふもふしている小さな存在だ。小さなセキセイインコのピッピだが、あの時はすごく勇敢だった。

 助けに入ってくれた日色君は私とあの男が口論する声とピッピの鳴き喚く声が聞こえたから急いで駆けつけたと言っていた。ピッピのお陰で助かったよ。


 髪の毛を強く引っ張られて実は怖かったんだ。ピッピが助けようとしてくれて心強かった。


「それにしても災難だったね。…あの戌井君とぶつかるなんて」

「…あいつ、有名なの?」

「うん。彼の能力はエネルギーを圧縮させて、爆発させる攻撃系サイコキネシスなの……初等部の頃からここにいるけど、周りにも馴染めず、能力もうまく操れない人なのよ」


 エネルギーを圧縮させて爆発させる…? 爆弾みたいなものなの?


「コントロールできないから、その能力を暴走させて人を傷つけてしまうこともあって、この間も反省房に入っていたの」

「その反省房ってのはなんなの?」


 日色君も言っていたな。反省させるために入れる部屋のことだよね?


「名前のとおりよ。学校のルールを守らない、風紀を著しく乱す生徒を反省させるために罰として独房に入れるの。窓のない正方形の部屋に入れられて、ドアに鍵をかけられて過ごすのですって」


 うわ……それは気が狂いそうだな…せめて窓くらいは付けてやれよとしか。

 でも人を傷つけるのはよろしくないしな。被害者のためにも反省は必要だ。


 まだここに来たばかりだからこの学校のことよくわかっていないけど、本当にこの学校は変わった人間の集まりばかりだ。この世に全く同じ人間なんていないってわかっていたけど、外の人間とは勝手が違いすぎだ。


「…この間反省房に入れられた時も、戌井は相手に怪我をさせたの?」

「そう。前回は中等部の子だった…。もうすぐ退院すると言っていたし、怪我の痕も残らないそうよ。……まぁあれは彼女も喧嘩を売るような真似をしたから、戌井君だけが悪いって話じゃないと個人的には思うんだけどね」

「?」


 小鳥遊さんはなにか見聞きしていたような口ぶりだ。間近で目撃でもしたのだろうか? よくわからんが、戌井という男は癇癪持ちの問題児。

 関わる際は要注意というわけだな。


 ……今思い返すとアイツの悪口のバリエーション、小学生男児みたいじゃなかったか? 髪の毛引っ張るにしても小学生男子。

 ……どうでもいいけど、人付き合いが下手くそだから喧嘩に慣れていないのだろうか。


 私もムキになりすぎて言い過ぎたかな…いやでもアイツもなかなかひどいことしていたしな…と私は眠る前までうんうん悩んでいたのである。




■□■



 私はヘッドマッサージ器具が欲しかった。頭皮が心配で心配で昨晩は7時間しか眠れなかった。

 ヘアオイルとかはこっちに来る時に持ってきたけど、道具は持っていない。あの…泡立て器みたいな器具で頭皮に直接アプローチしたいのだ。早く抜けた髪の毛生えますようにって。

 私は自分の頭を揉みながら歩いていた。今日の昼食は髪にいい食べ物にしようと考えながら。


 ──その時スッ、と一人の女の子とすれ違う。中等部生だ…。

 すれ違った、ただそれだけのことなのだが、私は彼女に視線を奪われた。

 憂いの表情を浮かべた可憐な美少女だったのだ。彼女は私の視線に気づくことなく物憂げな表情で横を通り過ぎていった。

 ……なんという、美少女。

 その時ばかりは自分の頭皮のことを忘れて、彼女に見惚れてポーッとしていた。


 中等部の生徒の場合、セーラ服の襟ラインの色、学ランのボタンの色でSクラスの生徒だと区別をつけられるようになっているそうだ。

 先程の子は中等部3学年のSクラスの子だ。あの子もエリートの一員なのか……それにしてもすごく悲しそうな目をしていたな。どうしたんだろう。

 美しさもさながら、寂しそうな彼女の瞳が忘れられず、5時間目の授業は上の空で過ごしたのであった。



 あの子は誰なんだろう。

 私なんで女の子に興味湧いてるんだろう…まさか恋…? とトチ狂った事を考えていたがそのまた後日、再び彼女とすれ違うことがあった。

 初回私がボロ負けしたPSI実技への移動時間の時だ。その時廊下を歩く彼女とすれ違ったのだ。 


「巫女姫だ」


 同じ授業を受ける誰かがそうつぶやくのが聞こえた。

 巫女姫? なんだそのファンタジー漫画に出てきそうな二つ名は……


 これは後で小鳥遊さんに聞こうと思い、寮の部屋で話を聞くと彼女は“命の水”を作る能力を持つ特別な女の子なのだという。


「命の水?」


 どういうことだ? と思って私は首を傾げた。それに特別な女の子って……Sクラスの生徒だから特別なのはわかるけどさ…


「彼女が作り出した水を飲むと、どんな病も怪我もたちまち治ってしまうの。一部からは生き神のように崇められていて、Sクラスの中でも特別視されている子なのよ」


 どんな病も怪我もたちまち……そりゃすごいな。レア中のレア能力じゃないか。

 ……特別視かぁ。


「…なんか神格化されてる感じだね」

「仕方ないわ。すごい能力を持っているのだもの。彼女の凄さに皆気が引けているのよ」


 それってどうなのかな。

 承認欲求が強い人ならそれが快感になるだろうけど、彼女は……それをどう思っているのだろう。


「その巫女姫と呼ばれている子はなんて名前なの?」

水月みなづき沙羅さらさんよ」




■□■



「ピチチチ…」


 穏やかと言うにはじりつくような太陽が私の秘密基地を照らす。

 ここは私のサンクチュアリ。私とピッピの安息の地である。そして相棒のピッピはこんなにいい天気で、自由に羽ばたけるというのにまたしても人の頭の上で巣作り動作をしている。

 この動作、小鳥遊さんいわく毛づくろいしてくれているらしいが、私は髪の毛を抜かれているような幻触に襲われるのだ。

 1本、2本とプツプツ抜かれて最後にはたんぽぽの綿毛みたいに…いや、考えるのはよそう。


「…ピッピは何も考えてなさそうでいいね」

「ピッ!」


 グサッ

 …痛い。人間語なのにピッピに意味が伝わったみたいだ。頭皮に100のダメージが与えられた。この学校に入ってから頭皮ばかり攻撃されるんですけど。みんなして私をハゲにしたいの? やめてよ。


 今日は外で食べたい気分だったので、売店でパンと牛乳を購入してここで食べていた。ピッピもパンくずなら食べれるかなと細かくちぎっていると、足元に野鳥が飛んできた。

 私は何も考えずに彼らにも施しを与えた。

 ここは外部とは隔絶された独特の都市内にある学校なのだが、こうして野生動物を見かけることがある。人間の行き来に関しては厳しくても、野生の動物ならその限りではないのだろう。

 こころなしか、外の野鳥よりも彼らのほうがノビノビ生きているようにも思える。


 私は自分が食べるよりも、彼らに与えるのを優先してパンを小さくちぎっていた。鳥が食べられるくらい小さく……

 

「ピッ」


 頭の上から私の膝の上に移動したピッピが顔をピクッと動かした。それを見た私はなんとなしに、ピッピの視線の先へ目を向ける。


 てっきりカラスみたいな大きな鳥でもやって来たのかなと思ったけど違った。



 そこにはパンくずに群がる鳥をじっと見つめる、巫女姫・水月沙羅さんの姿があったのだ。思わぬ人物の登場に私は声が出ずに固まっていた。

 だけど彼女の関心はあくまで鳥たちだ。私が動揺していることに今は気づいていないようだ。胸の前で拳を握っている彼女の視線は鳥たちに釘付けになっている。

 鳥が…好きなのかな?


「えと……パン…あげてみる?」


 私がそうお誘いすると、彼女は驚いた顔でこちらを見てきた。その時初めて私と彼女の目が合った。

 これで会うのは3回目だけど、彼女の寂しげじゃない表情をはじめて見たな。


 売店に売れ残っていたのが6枚切りの食パンだけだったから、パンならいっぱいあるよ。なんで学校の売店に食パン…売れ残り食パンて……! もっと品揃えを良くしてほしい。華の女子高生が食パン一袋抱えて貪り食うってどういう状況よ!

 給食についてくるようなジャムが売ってたからそれ付けて食べてたけど、食パンに飽きてしまったんだ。だからパンあげる。


 私が食パン1枚を彼女に差し出すと、彼女はそれをおずおずと受け取ったのである。

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