第5話 動物の気持ちがわかる少女と野良インコのピッピ


 空からは暖かな日差しが降り注いでくる。見上げれば見慣れた青。

 箱庭の中だが、空は同じ色だ。

 両親もどこかで同じ空を見上げているといいのだけど……

 私は晴れ晴れした青空を見上げ、ため息を吐いた。


 教室に戻りづらい私は学校敷地内の秘密基地じみた場所を発見したので、そこで昼休みを潰していた。

 転校初日ってもっとちやほやされるものだと思っていたのに、なんかなぁ……教室に戻ってもまた監視するような目で見られるだけだろう。

 なので私は昼休みが終わるまで、ここで日向ぼっこがてらぼーっと過ごすことに決めた。


「あ、あの…大武さん…」

「……小鳥遊さん?」


 おどおどとした声で名字を呼ばれ、後ろを振り返るとそこにはクラスメイトの小鳥遊さんがいた。彼女の肩には相変わらず青色のセキセイインコが乗っていて、腕に抱えた教科書とノート、筆箱ケースの上にリスっぽい小動物を載せていた。


「あの、5時間目…移動教室だから…その…」

「そうなんだ。教えに来てくれたんだね、ありがとう!」


 それを知らせるために私を探してくれたのだろうか? 

 私は石で作られたベンチから立ち上がると、スカートを叩いて砂を払った。時間を確認しようといつもの癖でポケットを弄ったけど、そういえばスマホないんだった。私はがっくり肩を落とす。

 ……腕時計今度買いに行こうかな……。

 それはそうと5時間目だ。教科書とか全部教室においてるから一旦取りに戻んなきゃ。


「教室って何階のどの辺にあるのかな? 私教科書取りに戻るから、場所だけ教えてくれる?」


 二度手間になっては申し訳ないし、彼女も先生に言われたから義務感で声を掛けてくれているのだろう。切ないことだが、私は怖がられている。仕方のないことだ……悲しいけどね。


「え、えと…あの、ごめんなさい…」

「ん!? なにが?」


 えっ、なぜ謝るの。ここに来て移動教室先教えませーん! とか言わないよね? そんな地味な嫌がらせやめてくれよ。

 私がギクッとすると、小鳥遊さんは教科書を抱え直していた。リスみたいな生き物が小鳥遊さんの腕を伝って肩に登っている。めちゃくちゃ懐いているな…小動物ってここまで懐くものなんだね。


「……みんな、別に大武さんのことが嫌いなわけじゃないと思うの……だけど、私達、外のことよくわからないから……」


 ボソボソと言われた言葉に、私は閉口した。朝のことを謝られたのだ。


「…私達、うんと小さな頃にここに来て、ずっと外に出ていないし、親兄弟にも会えていないから……あの人達、大武さんに嫉妬してるのもあると思うの」


 あー……それもあったか。

 それは考えが至らなかったかも。

 私はこの年齢まで外で両親と一緒に暮らしてきたんだ。それを嫉妬する人が出てきてもおかしくない……。


「それに……」


 小鳥遊さんは言いにくそうに口ごもっていた。なので私は気づいていた事を指摘してみた。


「…外の人が怖いんでしょう?」


 それは図星だったみたいで、小鳥遊さんはわかりやすくびっくりしていた。 

 いやもうすっごい複雑だし、私だって悲しいけど、怖いところをこうして怯えながら謝罪してきた子に文句が言えるはずがない。

 私は笑おうとしたが、どうしても苦笑いになってしまった。

 だけどこの学校の人達も私の登場に複雑な思いを抱えているのだろう。……認めてもらえるように頑張るしかないみたいだ。ここで悲しんだり落ち込んだりすることは出来るけど、それじゃ前には進めない。今は耐え時だ。


「大武さん…」

「大丈夫。クラスの一員になれるよう私頑張るから。…教えてくれてありがとね」


 小鳥遊さんが痛そうな表情をしていたので、私は笑顔を作ってみせた。

 不安なのは私もなんですけど! と感情的にぶちまけてやりたいが、怖がられているところでそれをやったら余計に関係が悪化するに違いない。ここは我慢どころである。

 とりあえず目の前の小鳥遊さんが気に病まないように我慢していると、ピィピィッと高らかに鳴き声をあげた青色のセキセイインコが羽ばたいた。

 何を思ったのか、そのインコは私の頭にサクッと着地してきたのである。


 頭に伝わってくる、鳥の鋭い足の爪。鳥に慣れていない私は頭の上でなにが起きているのかわからず、固まってしまった。


「駄目よ、大武さんが驚いているでしょ」

「ピッ! ピィヨロロ!」

「それは私もわかっているわ、でも…」


 小鳥遊さんは私の頭上を見上げて何やら会話をしていた。だけど私の耳にはセキセイインコの鳴き声と小鳥遊さんの話し声しか聞こえないのだが……

 ……あ、もしかして。

 テレビで見たことがあるぞ。


「…小鳥遊さんって鳥と話せるの?」


 私の問いに小鳥遊さんはパチパチと目を瞬かせると、おずおずとうなずいていた。


「…大体の動物と意思疎通が出来るの……それが私の能力……」

「へぇ! いいね、素敵な超能力だね!」


 動物との意思疎通……所謂テレパシーのようなものであろうか? テレビでそういう能力のあるおばさんを見たことがあるぞ。テレビを見た時はうっそやーんと思っていたけど、実際に目にするとちょっと感動モノである。

 面白い能力だなぁ! 小鳥遊さんみたいにユニークな能力だと楽しいだろうなぁ…


 小鳥遊さんは照れくさそうに笑っていた。笑うと可愛いな。おどおどしている顔より笑った顔のがいいよ!


「そのリスみたいな生き物とも話せるの?」

「この子はモモンガよ。この子ともお話できる。ふふ、頭に乗っているその子、大武さんのことが気に入ったみたい」

「そうなの?」


 今自分の頭上ではなにが起きているんだ。手を伸ばしたらくちばしで突かれそうで怖いので何も出来ないでいる。

 しかし主人を差し置いて他人に懐くとは、忠犬ならぬ忠鳥失格では…?


「その子、野良インコなのよ。外の世界で飼われていたらしいのだけど、鳥かごに収まっているのが我慢ならなくて飛び出してきたのですって」


 あっ…そうなの?

 外の世界の鳥かごの中が嫌でここに…?


 言い方悪いけど、ここも超能力者にとっては箱庭…鳥かごのような場所だけど……このセキセイインコには天国のようなものなのだろうか?


「その子ね、私よりも大武さんの方が背が高いから見晴らしがいいって言っているわ」

「あはは、そうなんだ」

「男の人や、性格がきつい人には懐かないのよ。もともと警戒心が強いのに珍しい」


 そうなんだ、懐かれるのは悪い気はしないぞ。なんか小鳥遊さんの緊張も解けてきたみたいで嬉しいな。


「そうだ、名前つけてあげて? その子名前がないの」

「えっ名前? うーん……」


 そう言われてもなぁ……急には思いつかない……

 考えている所に、頭上でピッピピッピ鳴いているセキセイインコ。なんか髪の毛をくちばしでむしられている感触がするんですけどね……


「ピッピピッピうるさいからピッピで」

「ピッ!」


 グサッと頭頂部を鋭いものが突き刺さってきた。


「イッたぁ!」

「そんな事してはだめよ、ピッピって可愛い名前じゃないの」


 名前つけてあげたのにくちばしで頭を突かれた。気に入らねぇってか。

 なんだこのインコ。


 その後ずっと私の頭上を占領して、授業中に私が居眠りしようものなら容赦なく頭頂部を突くという暴君ぶりを発揮した野良セキセイインコ・ピッピ。


 これでも私はこのインコに好かれているらしいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る