僕は君のために何度でも奇跡を起こす

桃口 優/光を見つけた作家

一章

一節 「キセキ」

「キセキが貯まりました。獲得しますか?」 

 その男の右手のひらが金色に光っている。

 これといって特徴のない人だ。

 またどこかでその人を見つけても、他の人と区別できるかわからないほどだ。

 でも、どこかでみたかと言われるとそんな気もする。

 その人は笑顔でうなづている。 

 町は乗るだけでいきたい方向に進む道がある。

 これは「接道せつどうと呼ばれるものだ。

 スマホで事前に行きたいところを登録し、今いる道路の情報と同期させると道路が動きだす。そして、歩かなくても目的地まで運んでくれる。

 少し前から作られ、今ではこの道が昔で言うところの歩道のようになっている。

 地面には、枯れないように改良された花が咲いている。

 町は四季にとらわれず、好きな花でデザインすることができるようになった。

 風情がないなと僕はため息をつく。

 確かにロマンチックなところが僕にはある。それでも僕と同じように感じている人も少しはいると思う。

 四季があるからこそ、花は美しいのだ。

 そして、ありふれた日常まで、人工物と化している。

 この町のテーマは花の色から、ブルーらしい。   

 花の香りが僕をどこかの世界に誘う。

 ブルー、時計台、星空、女性、キセキ……。

 それらの言葉が頭を駆け巡る。

 なぜだろう、それと同時に悲しみが込み上げてきて、すぐに泡のように消えた。

 僕は一体どうしてしまっただろうか。

 この記憶はなんだろう。

 

 空には、全自動運転のリニアモーターカーが何台も走っている。

 まるで、夢とうつつを行き来するように、僕は細い目でその人のことをじっと見ていたのだった。

 高齢化による人生の過ごし方の見直し。

 生涯独身を貫く人の増加。

 人々に競争を促すため。

 今このようになっている理由を出したらきりがないほどある。

 このようにとは、決して近代化された世界のことではない。

 僕は便利になることはいいことだと思っている。

 僕には合理的、柔軟な考えをよしとするところがある。

 問題はキセキについてだ。

 これは、浅ましく貪欲な人の心理に漬け込んだものだと僕は思う。

 キセキのこととなると、いつも必要以上の嫌悪感を抱く。

 政府は国の政策として、奇跡をポイントと貯める仕組みを法律で作り出した。

 仕組みとはこの通りだ。

 国民は右の手のひらに小さなAI搭載のマイクロチップを入れることを義務付けられた。

 そのマイクロチップがキセキを感じとり、キセキが起きたときに金色に光る。そして、ポイントを貯めるか確認してくる。

 そのポイントが貯まることで、人生で良い暮らしができる。

 それはグレードとポイント累計によってどんな生活ができるか決まる。

 グレードもかなりの段階に別れている。

 しかも、具体的に人生のプランが決まっている。

 これが日本人にあっていたのか、何でも受け入れる国民性と言うべきかは迷う。

 この政策たいして、大きな反対は起きなかった。

 むしろ、ブームのようにもてはやされた。

 もちろん、キセキを貯めるかはその人次第だ。

 さすがにそこまで政府は、人を縛ることはできなかった。

 でも大抵の人は、ポイントを貯めることを選ぶ。

 そもそもポイントというものに日本人は弱い。

 キャッシュレスの割合が8割を越えた今も、日本人はポイントカードをいくつも持ち歩いている。

 もはや、「習慣」と言っても過言ではない。

 優越感と習慣、ほかにもいろいろある。 

 キセキは人の心理をうまく利用したものだ。

 「なんか嫌」と言い、僕はその人の前を通っていった。 

 心はまだどこかに思いを馳せていて、どうしようもなくもやもやが残っていた。

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