宝物探し

仲蔵

前編

今、クラスで流行っている遊びがある。

それは学校の何処かに「宝物」を隠してそれを探しだす、という遊びだ。宝物は参加している全員がそれぞれ隠す。物は何でもいい。それが宝物であることが皆に分かるように、赤いリボンが結んであれば何でもいい。リボンには、自分の名前をしっかり書いておく。

宝物を見つけた人は、それを教室に持ち帰り、後ろのロッカーの上に置いていく。最終的に最後まで隠し通せた人が勝ちで、宝物を一人占めできるということになっている。

不正行為ができないように、クラスの先生が、誰が何を何処に隠したかを全て把握している。見つけられてしまった人、まだ見つかってない人、先生は専用のチェックリストに記入して全てを把握している。

そもそもこの遊びは先生が持ちかけてきたものだった。ある日のホームルームの時間に突然、「宝物探しを始めよう!」と言い出したのだ。私たちは皆、最初は乗り気ではなかったが、徐々にのめりこんでいった。

一番最初に見つかったのは増田君の宝物だった。増田君は富士山のキーホルダーを教卓の引き出しの中に隠していた。

「おい増田、こんなとこすぐ見つかるよ! バカだなあ! ははは!」

増田君は馬鹿にされて少し悔しそうだった。

それから1日、2日と経つ内に、すでに10人の宝物が見つけ出された。ある人は下駄箱の中に隠したり、またある人は理科室の人体模型の体内にねじ込んでいたり、それぞれひねって考え出した隠し場所を見つけていた。しかし見つける奴は簡単に見つけ出してしまった。

一週間が過ぎた頃、徐々に宝物が見つかるペースが落ちてきた。もうすでに18人の宝物が見つけ出されていた。

「もう探してない場所ないぞ」

「何処にあるんだよ……誰かヒントくれよ」

「なんかもう、疲れてきたわ……」

皆、宝物探しが佳境に突入してきて疲労がたまってきたようだった。何度も何度も同じ場所を探し回るが、無い。時には植え込みの土を掘ってみたりしたが、無い。鶏小屋に入り込んで臭い思いもしたが、無い。皆、もう意気消沈だった。

そんなクラスの状態を察した先生が、ホームルームでこう言った。

「確かに残りの10個の宝物はかなり難しい場所に隠してある。だから少しだけヒントをあげよう」

クラス中がどっと湧いた。嬉しくて悲鳴を上げる女生徒もいた。発狂し、躍り狂う男子生徒は先生に怒られていた。

「そうだな……残りの宝物は全部、校内には無い。グラウンドの方にある」

誰かがひそひそと何やら話し合う声が聞こえる。

「土に埋めたりとか、そうゆう絶対分からない場所には無い。近付けば、比較的気付きやすいところにある」

ひそひそ声は止み、皆が先生の話に集中している。静かになった教室に、何処かを飛んでいるヘリコプターの音が聞こえてくる。

「そして最後のヒント。宝物はその人の所有物だけとは限らない。以上だ」

ホームルームが終わり、放課後、私は仲の良い斎藤君と二人でグラウンドを探すことになった。

「その人の所有物だけとは限らないってどうゆう意味だろう」

斎藤君が小首を傾げて考え込む。

私は内心、どきどきしていた。私の宝物はまだ見つけられていない。私の宝物、それは鉄棒だった。私は鉄棒が得意で、様々な特技を持っていて、それで私はクラスの人気物になっていた。体育の時間は私の独壇場となり、皆が私の技に感嘆し拍手を送る。だから私は鉄棒に赤いリボンを巻き付けた。できるだけ分かりにくい、下の方にくくりつけた。これは絶対に見つからない。卑怯かもしれないが、一応先生には確認済みだし、了承もされている。

「ん? 何だこれ?」

池の近くを歩いている時、斎藤君は何かを見つけたようだった。斎藤君は池の中を覗き込んでいる。

「どうしたの?」

「いや、あれ見ろよ。赤くて長いのが底に沈んでる。リボンじゃないか?」

「本当だ!」

「金井君、俺ちょっと魚苦手だから、取ってくんない?」

「いいよ!」

私は池の中に腕を突っ込んだ。ひんやりと冷たくて鳥肌がたった。赤くて長いものに手を伸ばし、掴んだ時、その感触に何か嫌な感じがした。

「ん? 何だ? にゅるっとしてる……」

おそるおそる引き上げると、それは……何だか分からない、ぬらぬらとした赤い紐だった。

「うわ……気持ちわりい……ヘソの緒みたい」

「げえ! 池の中に戻そう!」

私はその赤い謎の紐をつまみ上げ、池の中に投げ入れた。指先の匂いを嗅いだら、少しだけ生臭かった。

「何だったんだ、あれ」

「金井君、よく触れたね、あんなの」

「リボンだと思ったんだよ」

「というか、何でわざわざ赤いリボンを付けないといけないのかな?」

「目印でしょ。宝物の目印」

「そうかあ」

それからしばらく二人でとぼとぼと校舎の周りを歩いていたが、何も見つからなかったのでもう帰ることにした。私たちは帰り道が違うので校門で別れた。

独りで歩く帰り道、さっき斎藤君の言った言葉を思い出していた。

「何でわざわざ赤いリボンを付けないといけないのかな?」

確かに斎藤君の言いたいことも分かる。隠さないといけないのに、あんな目立つ赤い色のリボンを付けないといけないのは少しおかしい。目印なら、もっと他にやり方はあったのではないか。

あの、池の赤いヒモは何だったのだろう。いまだに手に残るあの感触。何かの生き物の死骸だったのだろうか。

……ふと思い立ち、私は立ち止まった。そして私は導かれるようにして学校に戻った。

池の目の前まで来ると、私はさっきの赤いヒモを探す。さっき投げ入れたせいで、池の中央の辺り、手の届かない位置にあった。私は辺りを見回して誰も見ていないことを確認すると、裸足になって池の中に入った。

一歩二歩と、ぬるぬるする池の底を踏みしめながら赤いヒモに近付く。すると、赤いヒモは私から逃げるようにして動いた。まるで泳いでいるみたいだった。私は手を伸ばし、赤いヒモを掴んだ。さっきとは違って少し生暖かい。私は違和感を感じた。

その刹那、赤いヒモが勢いよく脈打ち、暴れだした。水面に水飛沫が立って私はずぶ濡れになった。そして赤いヒモはたちまち私の腕に巻き付いた。

私はあまりの恐怖に悲鳴を上げた。言葉にならない大声を、喉が痛くなるくらいの大声を上げた。すると、運良く校長先生が近くにいて、私を池から引き上げてくれた。

「どうしたの! この腕のアザは!」

「赤い……ヒモが……」

「ヒモ? 誰かにヒモで締め上げられたのか?」

「違います……赤いヒモに襲われたんです」

「……分かった。分かったから、話は後にして、家に連絡しよう」

それから、私は保健室で手当てを受けた。赤いヒモはもう何処にもいなくなっていて、私の腕には蛇腹に大きなアザが残った。

後日、宝物探しは校長先生からの指導で禁止になった。何故か担任の先生はこっぴどく叱られたようだった。それでも私はあの赤いヒモが気になって、それから毎日のように赤いヒモ探しを続けることとなった。

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