第72話 結夢の背中は、とてもまっしろで

 白い、背中。

 別に汚れてなんていない。汗ばんでいる筈なのに、そんな汚れは微塵も感じられない。

 でもきっと結夢自身は思ったよりも、自分の体に纏わりつく嫌な液体で不快を感じている。

 

 触れたい。後ろから抱きしめて、暖めたい。

 この背中も、どれだけ柔らかいのだろう。結夢の背中は、どれだけさわりごこちがいいのだろう。

 背骨、肩甲骨が突き出た、やせ型の結夢の女体はどんな感触がするのだろう。


 ……それは今は不要な感情だと切って捨て、別の感情を強調する。

 結夢に早く良くなってほしい。今の俺にあるのは、それだけだ。


「少し冷たいぞ」

「ひゃん……っ!」


 タオルが結夢の背中を撫でると、結夢の体が仰け反る。


「ひゃ、あ……」


 ちょっと待て。

 なんてエロいソプラノな声だすの?

 天使の歌声を口ずさんでもおかしくない声で、なんて喘ぎ声だすの?

 

 暫く拭いている内に、俺の失敗で指そのものが結夢の背中に触れてしまった。

 暖かい感触が一瞬した。かと思えば。

 

「あっ、ん……はぁ……ん……さわ……られた……」


 自分でも変な声を出したと後悔したのだろうか、胸を隠していた布団に顔をうずめる。

 ……背中でこの反応って。

 胸とか……パンツの下とかに触れたらどうなっちまうんだ。この子。

 以前変態な猫が塾に紛れ込んで結夢のスカートに潜った時は、あくまで猫が相手だったからあの程度で済んだのかもしれない。人間の指紋がなぞったら、本当にどうなるのか心配になる一面が今日垣間見えた。

 

「終わったぞ……頑張ったな」


 丸まった背中を拭き終えて声をかけると、赤い顔を少しだけ振り向かせながら小さく頷いた。

 同時に、小さな肩が同時に見えた。

 ……この子、今上半身裸なんだと再度認識すると、俺は即座に背中から離れた。

 

「あり……がとう……ございます」

「いいから。はやく他の部分拭いて、服着な」

「う、うん……」


 流石に裸にならないといけない体を拭くという行為は、俺が同室にいると結夢には負担が大きすぎる。

 少しだけ俺は部屋を出て、ドアに背を預けた。

 

「大丈夫か?」

「……はい」

「恥ずかしかっただろうに、よく頑張ったな」

「にへ、にへへへ……」


 戸越しだったからだろうか。

 弱弱しい声だったから、また心配になった。

 

「……嬉しかった、です」

「何が?」

「礼人さんが……私との約束、覚えてくれていた事……」

「約束?」

「江ノ島に行った時……あの民宿で……もし私に何かあった時は、裸でも入ってきて、って事……」


 ……まあ、少し環境は違うけれど。

 でも結夢に若干恥ずかしい気持ちにさせてでも、結果助けた俺の行動が約束の範疇に入ったという事だろうか。

 

「……ただ、結夢の裸を見るのは中々覚悟がいるもんだな」

「覚悟、ですか……?」

「背中だけでも、正直俺の中で色んな感情が駆け巡った」

「こんな貧相な体ですが……」

「君にとっては、そうかもしれない。でも俺にとっては、君の裸ってそういうものなんだよ」

「……」


 俺は。

 一体。

 何を。

 言って。

 いるんだ。

 

「忘れてくれ」

「……にへ、にへへへ」


 駄目だ。

 多分、結夢の中で忘れる事が出来ない話になったのだろう。

 

「……でも……あの、もうちょっと……やっぱり、せいちょうしてから……みせ、たいです……昔、ちっちゃいころと……私の体……変わってなくて……」


 もう15歳なので、成長しない気がするが。

 しかし胸は一応膨らんでいる。貧乳という訳じゃない。

 木稲このみさんの理想的な乳房を見て感化されちゃったのだろうか。

 菜々緒が一応身長高いから、それに憧れていたのだろうか。


「でもうれしい……うれしい……」


 息遣いが変わったような気がする。

 荒くなった気がする。

 

「うれしすぎて……なんか、あつくなってきた……というか」

「……」


 俺は無言で結夢の部屋に入った。

 そして倒れそうになっていた結夢の体を支えた。

 今にも溶けそうな、熱い小さな体は、とても軽くて重かった。

 

「……ごめん。刺激が強すぎたみたいだ」

「……」

「……!」


 そして今の結夢の服装も刺激が強すぎる。

 上は寝間着を着ていたが、下は下着意外何も身に着けていなかった。

 水色と白のボーダーの、あどけなさと妖艶さが同居した三角布しかなかった。

 

「……はした……ない」


 足元にまで下げられていた寝間着を身に着けようと手を伸ばしたのだろう。

 でも、結夢を少しでも動かしたくなかった。

 だから俺が、結夢のズボンを上げて――その下着を隠したのだった。

 

「全身を拭く所まではいき、ました……」

「そうか。よく頑張った」

「でも、はしたない……」 

「俺は正直……結夢の今日のパンツを見れてうれしいから」

「……やっぱり、はずかしい、です……」

「そうだな」


 俺は布団をかぶせて、結夢が落ち着くまでしばらく横にいる事にした。

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