第65話 結夢が俺の写真しかとらなかった理由~鎌倉駅~
鎌倉は、人が多かった。
空が茜色になるにつれて、元の活気を取り戻したようだった。
ぽっと、提灯を思わせる街灯が照らす中、俺達は鶴岡八幡宮から鎌倉駅に向かって歩いていた。
結夢が不安になりそうだったけれど、それでも彼女は元気そうだった。
繋ぐ手と手が千切れない限り、きっと。
「……こんなに繋いでるのに、しょ、正直、ずっと緊張がおさまらないのは……なんで、でしょうかね……」
この子はそういう事も口に出してくるから、俺も正直に安心して言える。
「残念なことに、それは俺もだ」
「私は残念なことだとは思いません……前にもは、話したかもしれませんが……慣れたくは、ないと思ってるので……」
「そうだな。いつだって、一期一会、新鮮でいた方がいい」
今日の手は柔らかいね、心地よいよ、とか。
今日の掌は冷たいね、どうしたの? とか。
そんな風に、いつも意識できるといい。
――ん。
眠ってしまっていた。
鎌倉駅から乗った電車、そこから更に乗り換えた電車の中で、俺はふと転寝していたらしい。
結構色んな所行ったし、色々とあったからな。
疲労もピークに達したんだろう。
ほら、横の席で結夢も――。
「すー、すー……」
心地よさそうに、人前だというのにだらしない顔で寝ていた。
俺に肩を預けて、容赦なく頭をあずけて、座ったまま寝ていた。
人を揺り籠で寝かしつけるのと同じ効果がある様な、悪意のない純粋な寝顔。
真っ白なキャンバスなそれをいつまでも残しておきたくて、俺はスマホで寝顔を収めようとした。
「……ん?」
と、そこで気付く。
結夢のスマートフォンが何かを写し出していた事を。
「……いや待て待て待て」
結夢のスマートフォンに写っていたのは、あほらしい俺の寝顔だった。
まさか俺が先に寝てて、その寝顔を撮ったのか。
そしてそれを見ていたまま、自分も寝たのか。
これは由々しき事態だ。今すぐこのスマートフォンを取り上げて、俺の失態を削除しなければならない。
俺は突如発生したミッションを忠実に果たすために、結夢が大事そうに太ももの上で握りしめていたスマートフォンに手を伸ばした。
『急停止します――ご注意ください』
「……!」
物凄い力で引っ張られる。
ぐらつく視界。揺れるつり革。一瞬僅かに傾く視界。
耳すらも甲高い摩擦音で掻き消されていく中、俺は結夢の体を起こさない様にするので精一杯だった。
後、滑って落ちた結夢の眼鏡と、スマートフォンをキャッチするのにも。
「ふえっ?」
「おう、大丈夫か?」
俺は後ろの席に倒れ、その上に結夢が倒れ込んでいた。
俺の上から動かず、まだ状況が読み込めていない結夢に眼鏡を着ける、
「えっ、あっ、えっ……」
すると状況を理解したのか、眼がグルグルし始めた。
小さくて体を俊敏に起こし、『あの、あの』と焦って何か声をかけようとしていた。
正直、もう少し乗っかってくれると嬉しかったがここは電車内。あまり無茶なことはできないしな。
最も、周りの少なかった乗客もあまりに唐突過ぎる停車に気を取られててこっちの事なんて見ていなかった訳だが。
……頑張って俺は結夢と実質抱き着く形になった感触を思い出さないようにした。
おい、窓ガラスの向こうの俺。少し顔がにやけてるぞ。
「……ほいよ、これも」
「は、は、はい、ありがとうございます……ってうわあああああ!」
「結夢、ここは電車の中」
「……」
すぐにポケットの中にしまう結夢。
そのスマートフォンには、まだ俺の寝顔が写っていた。
そういえば、結夢が自分の駅で降りる直前、こんな会話をした。
今日の最後の会話だ。
「そういえば朝のパンケーキの時も、江ノ島の時も、海の時も、鎌倉の時も、俺の写真しか撮ってなかったんじゃないか? 折角珍しい所行ったのに、インスタ映えする写真全くとらなかったな」
「私はSNSとかはやらないので……それに、どんな光景やご飯よりも、礼人さんが写っていた方が……いいから」
「……」
「そ、そういえば……礼人さんも、わ、わたし、の写真ばかり、だ、だったような気が」
「……ま、そういう事か」
初デートは、初にしては色々な事が分かった一日だった。
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