第56話 「絶対に解けない蝶々結び」

 暫く色んな店があるなと二人で横並びになって、流れる風景の一つ一つに会話を咲かせる。

 スポーツと同じだ。体が温まっていない最初のうちは、どうしても色々ぎこちなくなる。

 パンケーキの出来事や、連絡橋での会話を経て、一日がようやく暖かくなってきた。

 

「あっ!」


 結夢がずっと探していたものを発見していたように、とある店に向かっていった。俺も後を追うが、こういった『恋愛スポット』関連のアンテナは結夢の方が強い。


 ちなみに、ここで買ったのは。

 ――南京錠。

 

「……あの、楽しみです……『龍恋の鐘』が」


 この江ノ島で結夢が回りたがっている恋愛スポットは二つ。

 一つは『むすび絵馬』を手に入れ、二人の名前を書いた絵馬を飾る事が出来る江ノ島神社。

 そして、こうして買った南京錠が役に立つ『龍恋の鐘』。

 

 足は進み、遂に俺達は江ノ島神社の入り口に辿り着いていた。

 

「ここが江ノ島神社か……」

「思ったより大きいです……!」


 結夢が大きいと言ったのは、どれだろう。

 果てしない階段か。

 その先にしっかりと建てられた、竜宮城を思わせる門か。

 それとも、俺達を呑み込まんと紅く聳え立つ鳥居だろうか。

 最も、この赤い鳥居の足元に江ノ島神社と書いてあって、俺達は認識した訳だけど。


「……この島は、諸説ありけりだけど、552年に地殻変動で隆起したらしいな」

「ず、随分最近なんですね……こういった地層の歴史って、一万年とかそういう単位だと思ってました」

「まあ、後世の人間が伝説に準えて歴史に記しただけかもしれないからな……だけどそんな脚色された伝説でもさ、正直俺はありがたみとかを感じてしまうというか」

「……気持ち、分かります……この気持ちは、そう思いたいだけ、でしょうか」


 前の人達がそうしていたから思い出し、鳥居に二人で一礼して、階段を登って行く。

 それにしても今日は木曜日なのに、学校や会社があるだろう若いカップルが散見される。

 やはりこの上にある『むすび絵馬』目当てだろうか。


「いや、そう思いたいだけだったとしても、ゲン担ぎとか、そういうのは大事だと思う。受験の時だって絵馬に書く行為に、何の力も無いとは思わないからな」

「礼人さんも、結構こういう願いの力を大事にするって、意外でした……」


 現実的な奴だと思われたのか?

 まあ、結夢が覚えている中学三年生までの俺は捻くれていたから、そう思っているのも無理はないな(そしてこんな奴を良く好きでいたもんだ)


「こうやって何かに願う先って、基本未来を想う行為だから」

「……そうですね。未来を、絵馬に掛けて、書きたいです」

「結夢は絵馬にどんな願いをかけるんだ?」


 その会話に映った頃には、長い階段を上り終えて、境内の売り場で『結び絵馬』を手にしていた。

 値段は500円。たった一枚の硬貨で、世界は変える効果があるらしい。

 神様だって、十円玉程度で力を貸す事だってある。

 でもそれは、買う人間がいかに未来を見据えて、その通りに精進しようとするかによる。

 

 ……受験と恋愛はよく似ていると思う。

 片思いする相手が、志望校かずっと家族でいたい人か、というだけだ。

 

「……礼人さん、と……ずず、ずっと一緒に、幸せに、なっていたい……そんな、家族で、おばあちゃんと、おじいちゃんになるまで……」

「……」


 この子の未来予想図に描いた幸せの直線は、俺の想像を超えていた。

 真っ赤な顔でとんでもない事を言い放つ結夢の願いを、しかし俺は驚く事こそあったけれど。

 笑う事も無ければ、足蹴にする事も無い。

 

「……俺、先生と生徒の恋愛について、ちゃんと答えを出して、本当に家族になるから」


 そう言いながら、ペンを絵馬に走らせる。

 ピンク色を基調にした、ハートマークの中。

 『彼』と書かれた欄に、隠す事も無い俺の名前を書いた。


「いつまでも、待ってます」


 『彼女』と書かれた欄に、泣きそうになるくらいに嬉しそうな顔をした結夢の名前が書かれていく。

 

 

 ……『むすび絵馬』は、脇にある一つの樹に結ぶ。

 これを『むすびの樹』に結ぶことで、この縁結びは完成する、とされている。

 きっと、結んでからが物語だと思うけれど。結ぶだけでは江ノ島神社のビジネス的思惑に乗せられているだけだ。

 

 『むすびの樹』の周りには、数える事すら億劫になるような桃色の札が結ばれていた。

 全部、『むすび絵馬』。

 この数だけ、男女が、もしくは愛し合った同性同士が未来を想ったのだろう。少なくともこの時は。

 ちゃんとこの数だけ、永遠に続く幸せがあったと思いたい。

 性善説かもだけど、世界は幸せが溢れた方が綺麗に見えるだろう。

 

「二人で結ぶか」

「……はい」


 結ぶ最中、手と手が触れ合う。

 でも、結び終えるまで俺も結夢も恥ずかしさは我慢した。

 しっかり持って、決して解けない様に、一思いに引っ張る。

 こぶしになった結び目は、まだ小さい俺達の愛を表現しているかのようだった。

 

「……結夢、ありがとうな。俺を好きになってくれて。俺とこうして愛し合ってくれて」

「……告白したの、私の、方ですから……ずっとずっと、嬉しいですよ」

「これからもよろしくな」


 結夢が、一泊をおいて、幸せそうに返してきた。

 

「……にへ、にへへへ……うん」


 まだ手を繋ぐ事さえ出来ない二人だけど、ちゃんと愛を確認しながら、俺達は次のスポットへ向かう。

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