第29話 そのイチャイチャが、当たり前のものになってほしくない
「あっ」
外に出る直前で、俺は不審者の特徴を思い出す。
過去の事件で、奴は玄関の扉を開閉する女子の部屋に無理矢理押し入ろうとしたのだ。
「ふぇっ……!?」
気付けば、俺は結夢の小さくて柔らかな手を掴んでいた。
「結夢、不審者が現れたら危ないから、車までこうしたい……」
「……!」
「オーバーヒートするかもだが、一瞬だ。ちょっとだけ我慢してくれ」
我ながら、警戒しすぎだろう。
結夢がどれだけ恥ずかしい思いをしてるか知っているだろう。
気絶のリスクを背負ってまで、つなぐ手だったか?
もう、妹の様に心配だから手を繋いでいたなんて通用しない事は分かっているのに。
この手を繋ぐ意味が、周りからどんな関係になっているように見えるか分かっているのに。
俺は先生で、この子は生徒なのに。
「あああ、ああ、ありがとうございます……」
心ここに非ずと言った感じで、車の助手席で結夢。
「……ごめん。俺が警戒しすぎた」
「し、心配……してくれたんですか?」
「不審者いなくても、もう夜も遅くなってきたからな。結夢が恥ずかしがっちゃうのは分かっていても、少なくとも外にいる間はああしていたかった……他意は、他意はないんだ」
言い訳するように繰り返しながら、俺はハンドルを切り、出会い頭の信号で止まる。
対向車線のライトで照らされる結夢の顔は、とてもうれしそうだった。
「し、しんぱい……してくれて、るんだぁ……」
他意がないなんて言い切ると傷つくかな、と思っていたがその前に打った(つもりもなかった)ジャブが利いてしまったようだ。
「しかし……結夢が慣れない限り、俺はあまり結夢に近づかない方がいいかもだな……」
「ど、どうしてですか……?」
「言っておくけど気絶するって相当脳に異常起きてるからな? 俺が近づくたびに、そんなドキドキしていちゃいくら何でも疲れるだろう」
自分で言っていて、『何で俺が近づくとドキドキしているんだ?』というのは凄い本人に確認を取りたかったけれど、暗黙のタブーの様に思えていた。
「……慣れたくないです」
しかし結夢からは、予想外の返事。
「礼人さん、との……ツーショット、も……礼人さんと、ここ、ここうして、手をつにゃ、繋ぐ事も……何でもない事のように、思いたくない、です……!!」
「……結夢」
「で、でも慣れなきゃですね……今の、今のままだと礼人さんに、すごい、迷惑かけてるから……!」
「迷惑なんて思っていないし、何度も言うが生徒は先生を利用するものだ。でも……やっぱり俺の授業中、どういう訳か頭がオーバーフローしちゃって話が耳に入らない。このままだと、結夢の担当を変えてもらった方がいいかもしれない」
「それは……だ、だめです!」
声を荒げてきた。
「あ、いや……」と直ぐに目を逸らしてしまった。物凄い赤い顔をして。
「だから……今夜。俺がずっと近くにいて、慣れてもらう事は出来ないだろうか」
「……!」
「今度新入生テストで、いい点数を取りたいのなら……勉強は見てやれる。俺は先生だからな」
結夢は眼鏡の奥で大きく見開いていた眼、嬉しそうに細める。
「……あの、よろしくお願いして……よいでしょうか」
「ああ」
「でもあの、礼人さん眠くなったら言ってください……! 無理なさらず……」
「ああ。分かった」
こんな時に、そんな心配をしてくれる結夢が、可愛かった。
きっと、多分、愛おしかったの間違いではない。
「結夢」
信号待ちになって、俺は口にした。
「俺との経験を、常に新鮮にしたいって言ってくれて、すげー嬉しい」
「……はい」
その言葉が意味する事が何かなんて、俺も気づいてるくせに。
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