第27話 女子の部屋に入った時は、下着の引き出しが開いてないか気を付けろ
だが、いきなり結夢は家に戻ることになった。
ただしお泊りをキャンセルする訳じゃない事だけは、予め言っておく。やむを得ぬ、一時帰宅だ。
「泊まるとなると、色々荷物を持ってこないといけなくて……」
女子はこういう時、色々必要になるらしい。
『お泊りグッズ』の規模が違うのだ。人形とか、お泊り用のパジャマとかそういうものだけではない。女性ゆえの生々しいものがあるんだろうが、紳士の嗜みとしてここは敢えて突っ込まないでおく。
「替えの下着とかも……必要で」
紳士の嗜みとしてここは敢えて突っ込まないでおく。
二回言ったような気がするが、別に突っ込まないでおく。
「仕方ない。それなら車を出すか。菜々緒は留守番頼む」
「兄ちゃん、菜々緒が不審者に襲われちゃうよぉ。菜々緒の事は心配じゃないの? ぴえん」
「言っておくがこの地域では不審者は現れていない。寧ろここにいた方が安全なんだよん」
「ほら家族を全員向こう岸に送るっていうゲームあるじゃない? 菜々緒は一人になったら寂しくて死んじゃうんだよ? ぴよん」
「向こう岸に言った方が逆に危ねえの! 何がぴよんだウサギとぴえんを混ぜるなきけん!」
こんな緊急事態でも飄々と自分のペースである菜々緒を置いていって(不審者警戒地域に菜々緒を連れていきたくないと思ったのは本当)、俺と結夢は車に乗り込んだ。
「はぁぁぁ……礼人さんが近い……礼人さんと泊まる……」
ちなみに結夢はどうなっているかというと、改めて家に泊るという行為と、車内で近くならざるを得ない距離が摩擦熱となっているらしく湯気を額から出していた。
この結夢もどうにかしないと、いい加減塾で色々怪しまれるな……。
色々頭で対応策を練りながら、結夢のアパートに到着した。
フィクションだと気配を察知する第六感みたいなのがあるらしいが、生憎一般平均男性の俺にそんなものはない。
散々不審者よろしく周りを見渡しながら、結夢をエスコート(当然距離が近いのでぱっちりした眼が回っている)して、扉を開く。女子の部屋に入るわけにもいかないので、俺は玄関の前で不審者が現れないか見張る。
……これじゃ、目下一番の不審者は俺だ。
『ひゃああああああっ!?』
悲鳴。
まさか不審者が既に家の中にいた!?
「どうした!?」
思わず俺も扉を開けて入ってしまう。
しかし俺が見たのは、自室だろう部屋から駆け出る姿の結夢だった。
「結夢!? 大丈夫か!?」
リビングに行ったきり、返事がない。
まさか結夢に部屋に不審者が隠れていたのか!?
何の許可も取らず、ドアが開けっぱなしになっていた結夢の部屋に注目する。
しかし、誰もいない。
「ちょ、ちょ、ちょっと……よろしいですか」
結夢が戻ってきて入ろうとしていた。
……右手にゴキジェット。左手にティッシュの箱を携えて。
俺は結夢に道を開けて、中に入っていった結夢を見守った。
手馴れた動きで、黒く蠢くものを見つけると素早くゴキジェットを発射。一発でヤツを仕留めた彼女は、何重にも重ねたティッシュで包むと、そのまま中のゴキブリを窓から外へ投げ捨てたのだった。
「こ、この辺、ふ、不審者だけじゃなく、ご、ごご、ゴキブリも多くて……すみません、見苦しいものをお見せして……」
「ああ、いや……」
ティッシュを捨て、丁寧に手を拭くと再び部屋に戻る結夢。
どうやら荷物を鞄に入れている最中だったようだ。箪笥が開いているのもその……せい……か?
そして俺は一瞬、箪笥の中の花畑に目を奪われた。
花畑は勿論現実のものではなく、布に刻まれた物だった。
可愛らしい花が分かりやすいイラストで無数に書かれた、白地のパンツだった。
他にも、その中には水色だったり、オレンジのチェック柄だったり、水玉模様だったり……色とりどりの下着とキャミソールが並んでいたのだった。
「……!!」
「……!!」
俺は無言で回れ右をして、結夢は無言で引き出しを閉めた。
結夢がいつも身に着けている下着のラインナップ。全部覚えちまった……なんでこういう時だけ記憶力増すんだ。
結夢のロリな容姿に相応しい、背伸びしない子供らしさを残した下着たちだった。
そうか、あれが替えの下着か。
あんなものを付けて、いつもスカートで隠しているんだ……思ったより小さい布なんだ。
妹のは洗濯物を回収する時とかでもそういう目で見たことないから、正直驚愕の事実に感電してる。
「ほほ、本当に、おみ、お見苦しいものを……も、申し訳ありません!」
「いや。俺が女子の部屋に勝手に上がったから……こちらこそごめん。荷物まとめるまで外にいるわ……車の路駐だし」
しかし、俺はそれ以上進む事が出来なかった。
ワイシャツの袖が、不思議な力によって引っ張られていたからだ。
「外は……ふ、不審者いますから、らら……駄目です、ふ、ふふ、ふふふ、二人で、い、いましょう……」
震え声で、掠れた小さな声だった。
それでも俺の袖を掴む二つの指は力強くて、俺はとても話す事が出来なかった。
「……もし……その不審者が……礼人さんを、傷、傷つけたら……嫌です……」
「結夢……」
「礼人さんがななちゃんと私に傷ついてほしくない様に……私も、二人に、傷ついて、欲しくない……から……!」
男の俺なら襲われないだろ、と笑うのは簡単だった。
でもそれはきっと、結夢の心に寄り添っていないんだろう。そう思ってしまった。
「分かった。リビングにいるよ」
「……あの、もしよかったら……私の、部屋に、いませんか?」
「いいのか? さっきみたいに、パンツ見られちゃうかもしれないぞ? 恥ずかしい思い、俺はさせたくない」
俺の質問に、恥じらいの照れを頬に浮かべながら、笑顔でそっと返した。
「礼人さん……優しい」
「……」
「……あの、出来れば早く入っていただけると……あの、掴んでるの、恥ず、はしゅ、はしゅ、はしゅ……!」
ああ。ゼロ距離だと脳が沸騰する効果はまだ継続中なのね。
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