第22話 問題『先生と生徒の恋愛がタブー視されている理由を答えよ』

 翌日、俺のシフトは1時間目からあった。

 その1時間目のコマに入っていたのは、結夢の英語の授業だった。(ちなみにもう一人は律樹の数学)

 

「……」


 結局菜々緒から結夢が高校でどうしているか聞く事は出来なかった。

 というより、聞くのが怖かった。あのピクニックの衝撃は、結夢にどれだけの負担を与えたのだろう。

 ……異性に、下着をモロに見られ、胸を触られ、あれだけ密着したんだ。

 もしかしたら登校拒否でも、仕方ないのかもしれない。 

 

「――どうした若人。何か落ち着いてなさそうだね」


 玄関で結夢達生徒を待っていると、事務席から声をかけられた。

 見破られた、と思い顔を逸らしてしまった。


「いや、そんな事は……」

「とりあえず貴方が顔逸らすって事は何か誤魔化してるって事な」

 

 事務員である森末さんは妖怪並みに心を悟ってくる。

 生徒の母親どころか、先生たちの母親でもおかしくない年齢の森末さんは、この塾の一部からは『ママ』と呼ばれて親しまれている。このおばさんの前で隠し事は出来ない。

 というか俺の親よりも年上だよ。この人。

 

「ははぁ。さては八幡さんの事かな?」

「いいえ。やましいところはございません」

「そうかいそうかい。私はてっきり貴方が八幡さんと付き合う事になったのかと思っちゃったよ」

「いや。そこまでは無いですから」

「そこまではって事は、どこまで言ったんだい」


 うわ、誘導された。

 逃げ道塞がれたよ。誰か助けて。

 

「塾長も出かけてる最中だし、他に誰もいないから。ほれ、吐いちゃいな」


 おかしいな。昨日も藤太相手に同じことをやった気がしたぞ。

 しかし流石に塾とは何も関係なく、かつ気の置けない関係の藤太に話すならともかく、この塾の関係者である森末さんに話すわけにはいかない。

 

「いや本当に。本当に何もないですから」

「そうかいそうかい。いやあ、それにしても八幡さん、柊先生には懐いているようだからね。それに貴方も八幡さんにだけ見る目が違うようだからね。おばさん、何かあるのかと思っちゃった」

「何かあったらマズいでしょう。先生と生徒ですよ」

「そう?」


 鼻で小さく笑われ、一蹴されてしまった。

 

「私、塾の先生と生徒で最終的に結婚した前例を知ってるけど」

「それは…………いるんすか?」

「ええ。勿論その先生は大学卒業まで、その生徒の先生であり続けたわ。この人、今も近くの学校で教師をやってるわよ」


 えっ、ちょっと待て。

 そんなカップルが存在したの? 先生と生徒が恋愛をしておいて、しかも教師を続行できているのか?

 

「しかもかつてこの塾の先生だった人よ。この前出産祝い送ったわ」


 そう言って、森末さんはスマートフォンに映った画面を見せていた。

 猿のような生まれたての赤ん坊を挟んだ、幸せそうな夫婦がそこには写っていた。

 確かに旦那よりも奥さんの方が結構若そうだ。この分だと、七歳差くらいはあったんじゃないか?

 

「確かに世間一般とやらは、先生と生徒の恋愛なんてけしからんって声が大きいね。実際捕まるケースだってある」


 そうだ。そのケースが良く目に映る。

 しかし頬杖を突きながら、森末さんはこんな問いをしてきたのだった。


「ねえ、柊先生。生徒と恋愛をした結果、捕まってニュースになったり、塾を出ていかざるを得ないケースがある。その一方で、こうやって教育者として生きながらも、こうやってゴールインして幸せな家庭を築く人もいる……その『差』って何だろうね」

「さあ……」

「先生が問いに対して悩まないで、生徒にどうやって解き方を教えるのよ。少しは考えてみなされ」


 その差?

 たまたまじゃないのか。

 たまたま、親が許して、周りが許して、塾が許して……という事じゃないのか。

 これは、レアケースじゃないのか。

 

 しかしそんな心中さえ見透かしたように、森末さんはもう一つの問題を提示してきた。


「柊先生。貴方はどうして先生と生徒が恋愛をしちゃいけないなんて言われているのか、その『そもそも』を考えたことがある?」

「それは……判断能力のない子供である生徒を、性で縛り言う事を聞かせて、あまつさえ自分の欲求を満たす行為が到底許されないからです」

「そうそう。流石教育を志す若人……なら、それをもう少し掘り下げてみれば、さっきの私の答えにも辿り着くんじゃないかしらね」

「もう少し、掘り下げる」

「ヒントは……そうね。『恋と愛の差は何か』」


 丁度そこで、玄関のベルの音が鳴った。

 俺がその方向を見ると、ビクっと結夢が縮こまって俺の方を見ていた。

 

「こ、こんにちは……柊先生……」

「ああ、こんにちは……」


 ぎこちない動きで机に向かう結夢に着いていく。


「柊先生」


 思わず足を止めてしまった。

 森末さんは、授業に向かう俺の背中を押す様に、満面の笑みで口にするのだった。

 

「大丈夫。八幡さんは強くて、優しいから」


 俺がその意味を本当に知るのは。

 また、先程森末さんに出された問いの答えを導き出すのは。

 もう少し、先の話である。

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