第37話 朋美の思い(改)
(これまでのあらすじ……)
愛する麗美おばさんとの辛い別れを経た少年は中学生活の中で思いを募らせた理恵子と愛を育てますが、高校3年の春、理恵子は遠く異郷の土地で不慮の事故死を遂げた。その前後、理恵子の死に責任を感じる少年の前に朱美が現れますが、少年は心を閉ざし朱美と別れます。その後、受験勉強に集中する道を選んだ少年の前に現れた後輩の朋美は、少年へお守りをプレゼントしましたが、そのお守りはかつて理恵子からもらったお守りとうり二つでした。その偶然に驚きつつも、理恵子と朋美の二人からのお守りを手に少年は大学合格しました。その後、聖バレンタインに少年のもとへ合格祝いに駆けつけた朋美を、一旦は突き放そうとした少年でしたが、その熱意に心を動かされ、朋美にこれまでの経緯を語るのでした。
**********
「さぁ、これで本当にお別れだ。できるなら1日でも早く、こんな変な先輩のことは忘れて、高校生活を楽しまなきゃ。……もう、お帰り。二度とここに来ちゃだめだよ。」
少年は立ちあがり、ベッドに座り泣きじゃくったまま、動こうとしない少女の肩に手をかけました。
少年は少女の思いを受けてすべてを話しましたが、それで何かを考えていたわけではありません。ただ、ここまで自分を慕ってくれた少女に、自分の口で自分のすべてを話したかっただけです。それを少女がどう受けとめるかの問題は、もはや少女の範疇です。
いずれにせよ、これで少女と別れるつもりの少年でした。しかし、その時、少年の予想を超えた少女の猛烈な反撃が開始されます。
少女は顔をあげ、涙に濡れて真っ赤に腫らした瞳を少年に向けました。少女はじっと少年を見つめると、おもむろに少年へ問いかけます。
「先輩にとって、本当にわたしは大切なひとのひとりですか。」
少女は、今までの無邪気な可愛い妹の仮面をかなぐり捨てて、少年に対等な人間の1人として、一歩も引かずに挑むような姿勢を見せてきました。
(朋美ちゃん……。)
まだ子供のような幼く可愛い面でしか少女を見ていなかった少年は、その意外な面に新鮮な驚きを感じつつ、少女のそんな成長を好ましく思い、感心してしまいました。
しかし、少年はその肝心な問いかけについては、もう今更の言葉で説明をする必要を感じませんでした。少女の問いかけにやや驚きは感じたものの、優しく笑顔を返しながら、少年は大きく頷きました。
間違いなく、中村朋美という女性は少年にとって大切なひとりなのです。
「じゃぁ、わたしにも先輩との思い出をください。」
「えっ?」
少女の唐突な願いは、一瞬、虚を突かれたように、少年には理解が追いつきませんでした。
「わたしのエゴと思われても構いません。わたしにとっての初めての人を先輩になっていただきたい。……いえ、わたしが先輩にとっての初めての人になりたいのです。……先輩、お相手がわたしじゃいやですか。」
少年は驚きました。土屋朱美といい、この中村朋美といい、いずれも少年のずっと先を進んでいき、常に少年は受身の態勢に置かれてしまいます。
「バカなことを言っちゃいけない。まだ高校1年じゃないか。もっと自分を大事にしなよ。」
しかし、そんな陳腐でありきたりの言葉にひるむような少女ではありません。
「自分の思いを大切にしたいからこそ、先輩との思い出が欲しいと思ったんです。」
でも、少女の熱い思いに対しても少年は醒めた思いを変えようとはしません。所詮は同情であり、熱病のような十代の恋愛への憧れです。
「ぼくの話しを聞いて、ぼくに同情したんじゃないの? 今の感情のままにやってしまったら、絶対に後で後悔するよ。」
少女はゆっくりかぶりを振って、再び、少年をじっと見つめました。
少年は驚きました。女の子というのは、どれだけ強いのか? 根本的に男の子とは違うのか、それとも少年の周りの女の子が、たまたましっかりしている人たちに溢れているものか。
いずれにせよ、年下の後輩と侮っていた少女が、こんな小さい身体に、これだけの強さと胆力を秘めていたとは、驚きでした。
(朋美ちゃん、どうしてそんなに澄んだ瞳でぼくを見つめることができるんだい。ぼくは君に応えられるような澄んだ心を、もう失くしてしまっているのに……。)
少女は少年に向けた視線を決して外そうとはしません。
(そうか、……朱美に対してそうであったように、ここできみに応えなければ、またぼくはきみという、かけがえのない女性を傷つけるだけに終わってしまうのか……。)
しばらく少女と見つめあったあと、逆に根負けした少年は再び確認をしました。
「本当に、本気かい? 」
少年は、もう一度、念を押しました。少女はまっすぐ少年の目を見つめ、小さく頷きました。少女のひたむきな瞳は、少年には正視に耐えられない程にまぶし過ぎました。そして、少女の真摯な誠意に、少年は逃げようもありませんでした。
「わかった。後悔はしないね。」
少年は、少女の願いを聞き届けようと決意しました。しかし、まだ自分に自信の持てない少年は、少女に対して言わなければならないことがあると思いました。それが言い訳に過ぎないとしても、少女を傷つけないために、先に謝罪だけはしておかなければならないと思ったのです。
「……でも、さっき話したように、ぼくが『出来ない』かもしれない。男として、それは恥ずかしいことだし、きみに対しては、きみを侮辱したような印象を与えるかもしれない。……それでも良いんだね。」
朱美に対して犯してしまったような醜態は、この少女に対してはしてはならない、そう少年は自分自身に言い聞かせました。
しかし、本当は、少年は怖かったのかも知れません。初めてのセックスに失敗して、男としてのちっぽけな自尊心が傷つけられたように感じて、心にもなく土屋朱美を傷つけるような罵言を言ってしまった。その後悔の思いが、少年をより臆病にしてしまいました。
少年は、目の前のこの純粋な少女をそんなふうに傷つけたくはありません。でも、自分に自信の持てない少年は、それを恐れました。
「肉体的につながることが目的じゃありません。わたしと先輩が愛しあい、理恵子さんたち皆さんの分まで、わたしが先輩の思い出をいただけたと感じられれば、わたしはすそれで良いんです。それに……。」
「それに? 」
「それに、先輩はさきほど言われました。わたしが理恵子さんと見えない糸でつながっているのかもしれないと……。城東の土屋さんとも、そのような思いをしたと話されました。なら、わたしが、みなさんの思いを、なにより、理恵子さんの思いを受け止めて、その思いを遂げさせてあげたい。先輩と理恵子さんを結ばせてあげたい。」
少年は改めて少女の強さに感心しました。
「そうか、ありがとう。」
少年は少女の思いに感謝しつつ、柔らかい笑顔を少女にむけました。
少年は、自分が男として役に立つかどうか、結局は自分のことしか考えていないことに気づきました。しかし、目の前の少女は、自分のエゴとは言いながらも、自分や他の人々のために自分の身を捧げようとしているのです。
少女のその強さにはかなわない、そう少年が思った時、少年は、そう言えば理恵子に対しても、いつも自分はそう感じていたことを思い出し、懐かしく思い出しました。そして、朋美の中にも、確実に理恵子の思いが息づいていることを確信したのでした。
「……きみはぼくの初めての人になる、そしてきみにとってもぼくが初めての人だね。……そしてぼくにとっての最初で最後に人になる。」
そこで言葉を止めた少年は過去を懐かしむように、遠くを見るような目をしました。
「麗美ねぇさんや理恵子にしてあげられなかったこと、朱美にも最後までしてあげられなかったこと……、」
最後に再び、少年は少女に優しい微笑みを向けました。
「……その思いを全部きみに託しても良いかい。」
少女は力強く首を縦に振りました。
「……それはつまり、ぼくがきみを抱きながら、きみも含めた四人のぼくが愛した人たちを思い描いてしまうということだよ。きみに対して、これほどきみをバカにしていることはない。朋美ちゃん、それがどうしてもいやなら、今ならまだ間に合う、言って。」
少女はそれが当然のことであるかのように、まったく動じる気配を見せず、少年の瞳を見つめ返したまま、小さく頷きます。
「いいえ、その皆さんたちへの先輩の思いを、わたしなんかで受け止めさせていただけるなら、これほど嬉しい思い出になるものはありません。」
「ありがとう。……きみは、強いね。」
少年は優しく朋美をその腕に抱きました。ふたりはお互いの左肩にお互いに顔を埋め、お互いの匂いを確かめ合いました。
少年は、麗美ねぇとも、理恵子とも、朱美とも違う柔らかく甘い少女の香りにとても好感を持ちました。わずかに理恵子に近い優しい甘さに感じました。
そして、初めて少女を抱いた少年は、少女の強く早い鼓動も感じました。強い決意をしながらも、そこはまだ16歳になったばかりの少女です。その少女の鼓動の速さと強さは、少女の緊張と恐怖を表しています。でも、そのけなげさが彼女に対するいとおしさを更に募らせるのでした。
(無理もない。まだ、16歳の女の子じゃないか。それでも必死に立ち向かう。けなげにも強い子だ。)
「そうだ、避妊具を、……どうしよう。」
「わたし、今日は大丈夫です。このまま、先輩の好きにしてください。それよりも……。」
慎一の僅かな逡巡も、少女の強いひとことがそれを押さえます。しかし、一方の少女が別の思いを伝えることに躊躇いを見せ、初めて少女が口ごもりました。自分の言う言葉が変なことかもしれない、そんな逡巡が少年には見てとれました。
「わたし、皆さんの先輩への思いも、わたしを通して先輩に伝えたい。それが、わたしなんかに出来るか分からないけど、……いいですか。」
「いいも何も……どうしたいの?」
少年が不思議そうに尋ねます。
「わたしに、理恵子さんのスリップと制服を貸してください。麗美おばさまのスリップも。」
今度は少年が戸惑う番でした。自分には分からない自分の匂いがそれには染み付いているかもしれない。まして、12、3歳の自慰に目覚めた頃のレミねぇのスリップには、洗濯しても落とせないほどにシミになった少年の跡が付いています。
しかし、少年はすぐにその逡巡を恥じ入りました。
(バカだなぁ、ぼくは。今更、そんなことを恥じてどうするよ。朋美ちゃんのこの強さにはかなう筈がない。彼女は自分のためでなく、理恵子たちのために自分の身体を投げ出そうとしてくれている。)
少年は自分の愚かな戸惑いを押し殺し、タンスの中にいったんしまった理恵子の制服の一式をもう一度取り出し、一緒に理恵子と麗美おばさんのスリップをも取り出しました。
一方の少女は、着ていた黒無地の長袖リブ編みニットを脱ぎ、膝丈の明るいグレー系チェック柄のフレアースカートも脱ぎました。そして、スカートの下に着ていた厚手のタイツとスリップも脱ぎ、ブラとパンティのみの姿となりました。
やはり、ちょっと恥ずかしいのか、頬を朱に染めています。まだ16歳の高校1年生とは言え、既に成熟しつつある少女の身体は胸も美しく膨らみ、今まさにあでやかに羽化したばかりのまぶしさです。少年には本当にまぶしい美しさです。
少女は麗美おばさんと理恵子のスリップを少年の手から受けとりました。そして、それを大切に手に持ち、両手で持ち上げると顔を埋めるように近づけました。
(……先輩の匂いがする。先輩、理恵子さんやおばさまのことを思って、毎日、これを先輩の涙で濡らしていたんですね。)
少女は、少年が愛したそのスリップたちがとてもいとおしく思えました。そして、理恵子のスリップを選び、手に取りました。
(……理恵子さん、お借りします。)
少女は、そのスリップに足を入れ、しゅるしゅると引き上げます。そして、少年に背中を向けると、スリップを押さえながら、ブラジャーの背中のホックを外してブラジャーを脱ぎました。そして、乳房の素肌の上から、直接、スリップをあて、両肩にスリップのストラップを通しました。
制服は理恵子と同じ高校とて、手慣れた手つきで着こんでいきます。柔らかいソフト衿の白いブラウスを着て、濃紺のプリーツスカートを穿き、ベストを被ります。そして、最後に濃紺のブレザーを着ました。それはまるで誂えたように少女の身体にピッタリでした。
**********
少女は、少年の手を取り少年を立ち上がらせます。そして、少年の背中に手を回し、その胸に顔を埋めました。
「しん……ちゃん。」
少女はちょっと遠慮気味に、理恵子が呼んでいたのと同じように少年の名前を呼びました。少女は、理恵子が少年をどのように呼んでいたか、知っているはずもありません。でも、その言葉は、自然に少女の口をついて出てきました。
その声に、少年は驚き少女の顔を見返しました。
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