第27話 思い出の冒涜(改)
(これまでのあらすじ……)
愛するおばさんとの辛い別れを経た少年は中学生活の中で思いを募らせた少女と同じ道を歩み始め、高校に進学して絆を深め合います。しかし、高校3年の春、愛する少女は遠く異郷の土地で不慮の事故死を迎えました。少女の死に責任を感じ自らに戒めを課した少年の前に、1人の少女が現れますが、最愛の人を失い傷心の少年は憤りを隠さず彼女の前から駆け去ります。再び少年の前に現れた少女は、前回とはまったく雰囲気が違いました。心の垣根を外して話しこんだ少年の悲壮な様子に、少女は我を忘れて少年に飛び込み口づけをしてしまいました。しかし、それは甘いものではなく、少年への叱咤とでも言うべき強いメッセージでありました。
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その後、しばらく、少年は土屋朱美と会うことはありませんでした。そのことは、理恵子とその家族に対する贖罪の思いで生きている少年にとって、少しは心理的な負担を軽減することに通じたようでした。
しかし、あの直後に書かれたと思われる朱美からの手紙が、河川敷公園でのことがあった三日後に少年のもとにとどきました。
その手紙は、いみじくも理恵子が心配したように、あまりにも優しすぎる少年には、別な意味で重かったものであったとも言えました。
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『この間はごめんなさい。いきなりのことでびっくりしましたよね。でも、わたしも初めてのキスで、そんな自分にびっくりしています。
初めての体験がこういう形になるとは自分でもまったく予想もしていませんでした。でも、足立くんの様子があまりにも心配でたまらなくなり、自分でも考えてもいないのに、体が勝手に動いてしまいました。
足立くんにはとても不愉快だったかもしれません。ごめんなさい。
でも、足立くんはこれからも元気に生きていくことを理恵子さんも願っている筈です。わたしは理恵子さんに会ったこともないけど、でも、私なら本当に大好きな人にはずっと元気で長生きしてもらいたいから。
自分が先に死んで、大好きな人が他の人と一緒になるのは悲しいことかもしれないけど、大好きな人に幸せに生きてほしいと、私ならそう願いたいし、理恵子さんだって絶対にそうだと思う。
だから、足立くんには元気になってほしい。わたしの元気を分けてあげる方法は、この前のやり方は間違えていたかもしれないけど、でも、元気づけてあげたかったのは本当です。
わたしも興奮していて、自分で何を言ったか覚えていませんが、足立くんに、とってもひどいことを言ったように思います。
もし、わたしのことが不愉快なら、返事を出さないで結構です。わたしは悲しいけれど。
でも、わたしのことを許していただけるのであれば、どうか返事をください。わたしには何ができるか分からないし、どこまでできるかどうかも分かりませんが、少しでも足立くんの心の支えになれたら嬉しいなと思っています。』
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少年は返事を返すのをしばらくためらっていました。でも、悩んだ挙げ句、10日以上経ってから、ようやく短いながら土屋朱美への手紙をしたためることができました。
その間、土屋朱美からの電話もメールも少年に届かなかったのは、少年にとっても救いになりました。河川敷公園で話しをする以前の彼女であれば、強引に電話やメールをしていたかもしれませんが、彼女もまた心の中がなぜか変質していたのでした。
当初の彼女は、ちょっとしたいたずら心があるだけの普通の十代の女子高生でした。最初こそ、ただの軽い気持ちで、一般的な女子高生の恋活のひとつとして、少年に声をかけたのでした。
しかし、少年の自虐的で破滅的な様子に心を動かされて、そんな少年の身を心配してしまう素直な心根の少女でもありました。だからこそ、少年のこの逡巡していた時間は、彼女にとっても効果的にはたらいたのかもしれません。
この時間を彼女は不安定な心理状態で過ごしていました。自分は傷ついている少年の心を見誤って、やりすぎてしまったのかもしれないという、後悔の念にさいなまれる時もありました。
そして、もう少年のことは忘れなければならないかもしれない、そう思い始めていた時に少年からの手紙を受け取り、彼女はとても喜んだのでした。
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『また、土屋さんを傷つけてしまいました。ぼくこそ、ごめんなさい。
もちろん、びっくりしたのは本当です。でも、女の子がどれだけの思いであんなことができるだろうかと思った時、土屋さんの心からの誠意を信じられなかったぼくの幼稚さを、今は恥ずかしく思うばかりです。
それに、あの時の土屋さんの言葉は本当にぼくの胸に突き刺さりました。ありがとうございます。
ぼくは今でも理恵子の死に責任を感じています。そんなぼくが、これからちゃんと立ち直れるかどうか分かりませんが、でも、立ち直らなきゃならないと思えるようになったのは、あの土屋さんの言葉のおかげです。
ぼくは弱い男です。これから将来に向けて、異性と向き合う勇気がもてないのは事実です。最初の失恋から立ち直るのには1年で済みましたが、今回はどれくらいかかるか、予想もできません。でも、これからも良き友人として、土屋さんの思いを聞かせてくれれば嬉しいです。』
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『友人』……確かに少年の手紙にはそう書いてありました。しかし、それを彼女は特に残念に思うことはありませんでした。
理恵子という少女には会ったことはありませんが、それだけ大きい影響を少年の心に及ぼした少女の存在に、自分がかなう筈もないことは承知しています。
それでも今の彼女にとって、傷つき壊れやすい少年に何か手助けをしてやりたいという、母性にも似た気持ちが大きくなっていたのでした。
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こうして、その後も少年は、時々、土屋朱美と電話で連絡を取り合い、メールを送ったりもし合う仲になりました。でも、口で言えないようなこと、メールにしにくい悩みがあった時は、その後も手紙を書くこともありました。
また、何度かたまたま会うこともあり、そんな時はふたりで長く話し込んだりもしました。それは恐らく、土屋朱美の方から少年の下校時間を狙ってのことだと少年も薄々は気づいていましたが、少年もその作為に気付かないフリをしつつ自ら乗っかり、ふたりの偶然の邂逅をいつしか楽しんでいました。
そんなある日、少年は駅前で懐かしい人に出会いました。駅ビルの商業施設の中を電車の時間待ちでうろうろしていた時、少年の肩をたたく人がいたのです。
それは地元新聞社の門脇圭子記者でした。
「久しぶりね、慎一くん。」
「あ! 新聞社のお姉さん、あの時は、いろいろとお世話になり、ありがとうございました。」
少年は不意の出会いに驚きましたが、レミねぇの親友でもあるその新聞記者に対しては、少し緊張を感じるものがありました。
「いやいや、でも、元気そうでなによりね。あの時は今にも死にそうな感じだったから。」
「すいません。御心配をおかけしました。」
しかし、その後の女性記者の言葉は、やや冷たい感じのするものでした。
「ま、全然、心配なんかしてなかったけどね。」
「え? 」
女性記者は特に悪びれる風もなく、普通の一般的な話しのひとつとして言葉を続けました。
「麗美から聞いてたのとは大違い、今の子はやっぱりサバサバしてるもんね。私じゃ無理だなぁ。」
「は? 」
「彼女の通夜にも葬式にも来なかったし。……いやいや、別にそれを悪いと言ってるんじゃないわよ。街で何度か見かけたけど、可愛い子じゃない、ロングヘアーでセーラー服の素敵なメガネ女子。」
少年は、その女性記者の言葉に衝撃を受けました。この人は自覚しないままに、少年に対して批判的な気持ちを抱いている。それを敏感すぎる少年の胸に、大きなジャックナイフでも突き刺すかのようにグサグサと振り下ろしている。
少年にとって、自分が批判されているのはまだ許せました。しかし、その言葉の端々に、最愛の恋人に見向きもされないまま異郷の地で若い命を散らしてしまった三枝理恵子という少女も可哀想に……との憐憫の情を垣間見るようで、それが少年には一層辛いものと感じられたのでした。
「ま、切り替えが早いのは、なんにしてもいいんじゃない。いつまでも過去をひきずるのも良くないしね。」
その女性記者は、まったく悪気もなく批判的でもなく、ただただ十年以上世代が違うとこんなものなんだろうとの軽い認識で言っています。
「わたしらみたいなおばさんじゃ、ちょっと引きずっちゃうかもしれないけど……今度、連絡でも取れたら麗美にもよく言っとくわ、全然元気な現代っ子だから心配するなってね。じゃ、きみも彼女と仲良くね。」
最後のその女性記者の言葉は、少年が大事にしている思い出さえも汚そうとしている、そう少年が感じた時、少年は奈落の底に突き落とされたような救いがたい気持ちにおちいったのでした。
そんな少年の思いにはまったく頓着もしていないかのように、その女性記者は後ろ姿で手を振り、颯爽と駅の構内の人の流れに溶け込んでいってしまいました。
あとには顔を真っ青にして呆然と立ちすくむ少年がただひとり取り残されたのでした。
しかし、少年はその女性記者を責めることはできませんし、言い訳もできませんでした。
現実に土屋朱美と会っていたのは確かですし、その様子を見れば誰もがその女性記者と同じように思うことは自明の理です。
もちろん、同級生の少なくない者達が、葬式にも来なかった少年を薄情者と見ているのも知ってはいましたし、別の女の子にさっさと乗り換えたという噂があるのも承知しています。
しかし、その事実を改めて突き付けられた今、少年はその衝撃に愕然としてしまいました。それに少年自身も土屋朱美との時間の共有を、いつしか好ましいものに感じつつあっただけに、その侮恨の思いは当然に募ってきたのでした。
(理恵子の尊厳を冒涜しているのは、誰でもない、……ぼくなんだ。……ぼくが理恵子を穢しているんだ。)
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その夜、少年は久しぶりに理恵子のスリップを身につけ、理恵子の制服を抱きしめて、ひとり自分のものを慰めました。
少年の頭に描く理恵子の姿は、今も元気に可愛らしい姿を見せてくれます。しかし、少年はそれが久しぶりであったことに自ら驚いてしまいしました。
(ぼくは……今日まで、ずっと、理恵子のことを忘れていたのか! ぼくは、薄情者と言われて当たり前の人間なんだ。最低の男だ! )
理恵子の死を知らされてから、少年は毎晩のようにスマホにある理恵子の画像を眺め、スマホで撮った理恵子の動画を見て理恵子の声を聞き、そして、理恵子のことを思いながら自分のものを慰めていたものでした。
しかし、それが、あの河川敷公園で土屋朱美と会って以来、手紙の返事に悩んだところから始まって、ついこの日まで、理恵子の制服やスリップを抱きしめて寝ることを忘れてしまっていたのです。
悲しみを克服するという点で客観的に見るなら、それはむしろ喜ばしいことであったかもしれません。しかし、少年にはそんな自分が許せませんでした。
そして、新聞記者の門脇圭子が語ったことが、すべてその通りであるという事実を突きつけられたように感じてしまっていました。
(ぼくは、安易なダンディズムにひたって、愛する人を失った可哀想な自分の姿に自分で酔っているだけじゃないか……。そして、優しくしてくれる誰かを待っているただの卑怯なクズなんだ。)
少年は狂ったように理恵子の制服のブレザーを、ベストを、ブラウスを、そして制服の濃紺プリーツスカートを抱きしめました。
そして、理恵子のスリップを着たまま、スリップの裾でおのれのものを握りしめ、しごき、何度も何度も溜まりに溜まった白い濁った精液を吐き出しました。
(くそ! くそ! 出ていけ! 汚い! ぼくの身体から全部出ていけ! )
その濁ったものが、自らの穢らわしい濁った性根の表出ででもあるかのように、穢らわしい濁りをまるで憎むかのように、肉棒が痛くなるほど、何度も何度も吐き出したのでした。
(なんで! ……なんでなくならない! ……なんで勃起する! ……こんなものいらない! こんなものがあるからいけないんだ! )
性的興奮からの射精、そして、虚脱からの嫌悪と憎悪。しかし、再び性的興奮をしてしまう自分に激しい嫌悪を感じるのです。少年は哀しい負のスパイラルの中、最終的な自己破滅の道を進んでいるかのようでした。
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