三枝理恵子の章

第15話 出逢い(改)

(これまでのあらすじ……)


少年が小学6年の時、おばさんの自慰行為を覗き見し、下着女装をおぼえてしまいました。そんな少年が中学1年生の時、おばさんから下着女装で自慰行為をしている姿を見つけられてしまいます。しかし、おばさんは少年への深い愛情にみずから気づき、未成年者への淫行という許されざる犯罪行為に走ってしまいました。まだ、事の深刻さが理解できない少年はおばさんへの愛情をストレートに表現し、おばさんの優しさに素直な喜びを表しているのでした。しかし、少年の将来を案じたおばさんは、1年後、結婚をすることで少年に別れを告げる道を選びます。おばさんから裏切られた思いで泣き濡れた少年でしたが、おばさんの自分への深い愛情を知ることで、少年はおばさんを笑顔で見送る辛い決断をしました。愛し合う者同士が結ばれない不条理を噛み締めながら、少年は愛するおばさんとの思い出と涙とファーストキスを胸に抱き、大人の階段へ一歩を踏み出したのでした。


**********


 おばさんが結婚してまもなく、御主人の仕事の都合で、おばさん夫婦が新たに新居を構えたのは横浜でした。まだ中学生の慎一には、果てしなく遠い距離に感じられます。


 少年は、それを良かったと受け止められる程には分別がつくようになりました。なまじ、中途半端に近いと、未練が起きそうでしたから、少年は、この別れをむしろ良かったことと思ったのでした。


 その後の少年は、おばさんとの暮らしを思い出に、新たな気持ちで学校生活を送り始めていました。ただ、少年は前に比べて少しだけ落ち着きが出てきたようでした。おばさんとの関係の中で、いろいろな物事に対して、じっくり考えて見極めようとする癖がついたのかもしれません。


 そして、少年は中学3年生になりました。


**********


 登校時はほとんど晴れていたのに、一転して急に薄暗い程に雲が厚くなったとみるや、たちまちの土砂降りとなり、稲光が走りました。既に梅雨明けも終わり、時期的には珍しいことでしたが、少年にはちょうど3年前の急な土砂降りの日のことが思い起こされました。


 7月生まれの少年が、間もなく15歳の誕生日を迎える7月初めの初夏のことでした。


(そういや、レミねぇのマンションに行ったあの日も、こんな激しい土砂降りだったよな……。)


 小学生だった頃の昔を懐かしむように、少年は、ぼーっとしながら感慨にひたります。


(そっか、あれはあの時から始まったんだっけな。)


 ……と、その時でした。


「おっはよ! 」


(バシッ! )


「いてっ! 」


 少年の背中をはたいて、元気な女子が駆け寄ってきました。


「雨を見てぼーっとしてるなんて、暗いぞ! 」


 それは、少年の隣の席にいる少女でした。


 名前は三枝理恵子、中学生らしい肩までもかからない程度のちょっと短めのボブに、睫毛にかかるくらいに前髪を垂らしています。


 大きな可愛い瞳は垂れ目がちで愛嬌に溢れ、鼻梁は可愛いらしく小さいながらも鼻筋は通っています。唇は厚すぎず薄すぎず程々ながら、大きめの口は、顔いっぱいに笑顔をたたえています。可愛いらしく愛嬌に溢れた顔立ちの少女でした。


「いや、雨なんか見てねぇし……。」


 あの雨の日のことを見透かされたわけでもないのに、ふいに言われた少女の言葉に、一瞬の動揺を隠せない少年でした。


「ふふふっ……。……あぁ、たかちゃん、おはよう! 昨日のあれさぁ……。」


 少女はイタズラな笑顔を残し、もう少年のことは気にも留めていないかのように、少年に背を向けて別の親しい友人の女子と話しを始めました。


(……ったく。)


 やれやれと思った少年が、横目で過ぎ去った少女に一瞥をくれた時でした。


(……えっ! )


 少年は、何かに不意打ちをくらったかのように驚いた顔を見せました。それに対して少女が何か視線を感じ取ったのか、横目でチラッと少年を一瞥しました。


 少女のそのリアクションに気付いた少年は、あたかも何事もなかったかのように、咄嗟にソッポを向いて少女から目をそむけます。


 でも、すぐに少年は、再び、その少女の方にそうっと視線を向けていたのでした。そして自分を驚かせた視線の先のものを改めて確認したのです。


(同じだ……。)


 少年は痛いほど心臓がバクバクして、その鼓動は早鐘のようにドキドキを繰り返しています。


 一体、何が少年をしてそのように動揺せしめたものか。その答えは少女の背中にありました。


 少女の背中の白いブラウスからは、美しいレースが上品にほどこされた白いスリップが透けて見えていたのでした。


 折しも3年前の雨の日に思いを馳せて感慨に耽っていただけに、その衝撃は余計に大きく、少年に印象的な効果をもたらしたのでした。


 時候は既に梅雨明けの夏、7月です。同級生の女子たちは、真っ白な半袖のスクールブラウス1枚に、濃紺のプリーツスカートというシンプルな制服姿になっていました。


 中学3年生ともなると、女子もいよいよ乳房が目に見えて大きくなり、ブラウスに透けるブラジャーのラインに男子はドキドキし始めます。


 一方の女子では、ブラジャーの上にもう1枚、薄手のタンクトップやキャミソール、スリップなどを着ている場合も少なくありませんでした。


 少年はその日から、無意識の内に隣の席の少女を、注意深く観察し始めるようになりました。


**********


 ある日のこと……。


「わたし、自意識過剰かなぁ?最近、わたしの背中に、慎一くんの視線を感じるような気がするんだけど。」


 給食後のざわついた昼休み、隣の少女から、ふいに少年へと声がかけられました。


(あれ?無意識に理恵子の方を目で追いかけていたのかな?……まさか、理恵子のスリップを見ていたなんて言ったら変態扱いされるよね。)


 慌てるのも妙だと思いつつ、少年は我ながらつい苦笑してしまいました。


 別にスリップがどうこうではなく、少年も少女に対しては前々から好感は持っていました。それに、おばさんとのいろんな経験を通して、少年は異性へのストレートな感情に、恥ずかしさを感じる段階はとうに終了していましたから、特に動揺もありません。


 それで、隣の女子生徒にも物怖じや照れもなく、前からもそうであるように、正直にストレートな物言いをしたのでした。


「そうだね……。やっぱり、夏だからかな。」


「ん? ……何、それ? 」


 意味不明の返事に、少女は少年が何を言い出すのか興味津々になって、笑顔で聞き返しました。


「夏服になって、見た目にも明るくなるとさ、理恵子も含めて、女子みんなが、とっても可愛く見えるんだよな。……これって、不思議だよね。」


 思春期の男子中学生なら恥ずかしくてとても言えない言葉を、少年はさらりと自然に言ってのけます。もちろん、少女も自分の名前を言われて、ちょっとドキリとしたようです。


「慎一くんは、女子を口説くのがうまいよね。もう~、そんなに私が美人すぎるなんて言わないで、恥ずかしいじゃない。」


 口ほどにおどけながら、少女も満更でもなさそうに頬をあからめます。


「正直に言っただけなんだけどなぁ。理恵子は明るくて可愛いし、……ぼくは好きだよ。」


 それを聞いて、さすがに少女の方が恥ずかしくなってきたようで、耳たぶまで赤くして、怒ったように席を立ちました。


「すぐ、そんな風にからかって、……もう、知らない!」


 少女は本当に怒ったわけでは決してありません。それくらいは理解できるほどに少年は成長していました。それに、少年だって誰にでもそんなことは言いません。親しく仲の良いその少女に対してだからこそです。


 もちろん、その少女も教室の反対側に行った後、少年の後ろ姿を見つめました。


(何よ、慎一くんたら、思わせぶりなこと言って、人をこんなにドキドキさせときながら、知らんぷりじゃん!からかってんの!)


 自分をこんなに恥ずかしいほどドキドキさせておいて、何事もなかったかのように、しれっと机に頬杖をついている少年に、なぜか意味のないプンプンが収まらない少女でした。


 しかし、少年にとっての憧れの女性は、未だに麗美おばさんのままです。少年にとっての隣人の少女は、単なる仲の良い好意的な感情を持つクラスメートに過ぎません。だからこそ正直な物言いが出来ただけのことでした。


 もっとも、少年のその思いは既に少しずつ変容していたことに、当の本人もまだ気づいてはいませんでした。


 それから間もなくのこと、少年が少女のスリップを確認する機会がありました。それは、ちょっと反則的、少なくとも合法的ではなく、プライバシーの侵害に抵触しそうなことではありました。


**********


 少年は特に体格的に恵まれた体つきではありませんでしたが、部活動は柔道部に所属していました。入部のきっかけも幼く単純なもので、大好きなおばさんを守れる強さが欲しかったことと、強い男になることが大人への近道のように感じたからでした。


 その日は部活動を休んで帰宅しなければならない用事があり、顧問の先生に挨拶をしてから教室に戻ってきた時のことでした。


 3年生のクラスは3階建て北棟の3階にあり、部活動と帰宅で生徒が出払った後は、ガランとした空虚な状態となり、森の奥のように深閑としています。


 少年は机から自分のカバンを持ち上げて帰ろうとしたその時、少年の右隣の少女の机に、少女の赤いサブバッグが置いてあるのに目が留まりました。


(なんだ? 忘れて帰っちゃったのかな? ……あっ!)


 少年はそう思いましたが、ふいによからぬ思いが胸をよぎりました。少年は廊下に顔を出して耳を澄ませてみましたが、3階の3年生フロアーには誰もいないのか、シンとしています。


 少年は机に戻り、少女のサブバッグのファスナーをジジジジッと開けました。


(ど、どうしよう、なんで、こんなことしちゃってるのかな……誰かに見つかったら、アウトなのに……でも、確かめたい。)


 そこには、理恵子の濃紺のプリーツスカートが丁寧に折りたたまれていました。少年は初めて手にする女子制服のスカートにひどくドキドキしてしまいました。


(そう言えば、同級生の女子のスカートを触るなんて初めてだ……なんでだろう? すごくドキドキしちゃっている……。)


 本来ならば、こっそり隠れて女子のバッグを開くという子供じみた悪戯からくる緊張感であったものが、女子のスカートという象徴的な衣装への興奮として取り違えて認識してしまったかもしれません。


 その錯覚を容易にせしめたものが、そのスカートの折り目の中に綺麗にたたまれていたのですから、少年の錯覚も無理からぬものがありました。


(あった……やっぱり……。)


 それは純白のレーシーなスリップでした。そんなにスリップの種類に詳しい少年ではありませんから、そのスリップを見て、おばさんのあのスリップだと思ったのも無理はありません。


(あぁぁぁ……おばさんと同じ……いい香りだ……。)


 少年はスリップを広げると、無意識の内にそこに顔を埋めて香りを嗅いでいました。


(……理恵子のスリップ……気持ちいい……。)


 少年はついつい時を忘れてスリップの香りと感触を堪能していました。なぜか、スリップに包まれているだけで、少年はとても幸せになれたのです。そして、おばさんとは違う柔らかく甘い少女の香りが、少年に更なる無上の安らぎを与えてくれるのでした。


(……理恵子……彼女がこんなにいい香りをしているなんて……。)


 少年は心から感動していました。大人の女性の香りと香水の香りがしたおばさんのスリップとは違い、理恵子のスリップはほのかに甘い少女の優しい香りがして、少年は新たな喜びと発見に感激し夢中になってしまいました。


(ずっとこうしていたいけど……やっぱり、まずいよね。)


 いくら夢中になったとはいえ、いつまでもそんなことをしていられる筈もないことは、少年にもよく分かっていました。ましてや誰に見とがめられるかも分かりません。他人に見られたら完全にアウトの行為です。


 名残を惜しみつつも、少年はスリップとスカートを元通りにたたんでバッグの中に戻したのでした。


**********


 少年が自分のバッグを担いで廊下を歩くと、3クラス離れた別の組の教室に、友人と話し込む理恵子の姿を、開け放たれた教室の扉から見つけられました。


(いたのか! ……なんだ、忘れ物じゃなかったのかよ。……危ない、危ない。……マジでやばかったな。)


 少女は部活動に遅れて行くのか分かりませんが、上下ともに体操着とジャージを着ていました。少年の姿を見つけると、少女はいつもの屈託のない笑顔で、手を振って声をかけてきました。


「慎一く~ん! ばいば~い! 」


「お、おう、じゃな。」


 あんなことをしてしまった後だけに、少年はいつも以上に狼狽してしまいました。いつもは冷静に挨拶を返すのに、この時だけは、頬を朱に染めながら、そう応えるのが精一杯の慎一でした。

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