第23話 愛情
娘のトモコが、幼稚園の頃になった時から、ミナミは違和感を感じてた。
夫のヒカルがどんなに可愛いフリルの服たくさん買って着て着せても、小さいながら、しっくりとした顔をしない。
夫に似た大きな瞳が愛しくて、ミナミは毎日トモコの瞳を見て話していた。
小学生の高学年からは、ますますスカートや女の子らしい服を嫌がるようになったので、ミナミは理由をトモコに聞く。
「なんかね、私、女の子じゃないの。お母さん、ごめんなさい」
突然、泣き出したトモコをミナミは抱きしめた。まだ体も心も成長する時期なのに、トモコの中では違う事も起こっている。
「トモコがあやまることないでしょ!女の子じゃなくても、お母さん、トモコが大好きなんだよ?」
泣きじゃくりながらも顔を上げたトモコに、ミナミはニッコリ笑ってみせた。
田辺ミナミは、両親が機能不全の家庭に育った。親が幼いミナミに親族の愚痴を話し、父親は母親の、母親は父親の悪口を散々ミナミに聞かせる。
ミナミを子供扱いすらしない。
まるで、大人の中にいる小さな大人だった。
悪い事が家庭に起きれば、全てミナミのせいになり、悪くもないのに謝らされた。
親の気分で、可愛がられたり、怒られる。
中学生の夏休み、大好きな大学生の従姉の家に泊まった時、ミナミは思わず泣きながら家の事情を話した。
従姉が母方の祖父母に話してくれたらしく、祖父母はミナミを引き取ると両親に言った。
まだ中学生のミナミは、どこかで期待していた。私達の子供は、私達が育てる、と。
「しょうがないわね、しっかりしてない子供だったから、私達も困ってたのよ、お母さん、この子の事はお願い」
ミナミが聞いた、最後の母親の言葉だった。
困ってた?しっかりしてない?私が?
ミナミの頭は混乱した。
祖父母の家では、礼儀を守ればあとは自由に大切に育てられ、大学まで出してもらった。
ミナミは、いつか自分も祖父母のように結婚し、子供が産まれたら、その子らしく自由に育てようと決めていた。
トモコが中学生に上がると、石田くんと言う同級生と付き合いだしたが、母親のミナミから見ればどこか違和感があった。
突然、トモコが自分は女の子が好きだと告白した。
大騒ぎしだしたのは、夫のヒカルだった。
「この子は、病気なんだ!治してもらわないと!」
止める暇もなく、夫のヒカルは泣いているトモコを知り合いの総合病院の精神科に連れていった。
診断されたのは「性同一性障害」今は「性別違和症候群」と診断名が変わりつつあるらしい。
性別を選ぶのは、成人してからのトモコのため、精神科医の担当医と相性のあったトモコは、学校生活や友人関係の悩みのカウンセリングのための通院をする事になった。
真っ青な顔をして病院から帰宅した夫のヒカルと目を赤くはらしたトモコが、玄関で立っていた。
「おかえりなさい。トモコはトモコで良いじゃない、私達の大切な子供に変わりないんだから」
ミナミは二人にニッコリ笑う。
生きていたら、きっとミナミを育てあげてくれた祖父母もそう言うだろう。
何より、ミナミは、母親としてどんなトモコでも愛しいのだ。
永遠に変わる事はない。ミナミは自分と同じ思いだけはトモコにさせたくなかった。
自分が人と違う事で、親の顔色をうかがうような子供に、親の都合で人生の選択を変えてしまうような子供にだけには、させたくない。
子供はその子らしく自由に生きればいいのだ。
親は、子供のそばにいて一緒に泣いたり笑ったりすればそれだけで良い、時には一緒に失敗すれば良い、一緒に悩めば良い、そのミナミの想いは、母親と別れたあの日から、揺らぎもせずに、変わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます