第21話 絶望

「まって!おかあさん、おとうさん、ヨキナをおいてかないで!おねがい!おいてかないで!」


まだ3才の土田ヨキナは、力のかぎり叫んだ。

おかあさんも、おとうさんも、ヨキナを見ない、振り向きもしない。


わたしは、すてられた。


それが、土田ヨキナの両親との最後の思い出だ。


それから、両親の祖父母の家や親戚の家にたらい回しの毎日だった。独り暮らしの歳の離れたいとこのお姉さんの家に、1ヶ月居たのが最長の毎日。


あとは、幼いヨキナを嫌がる親戚も多く、1週間もしないうちに、次の親戚の家に行く日々が、高校生まで続いた。



私の居場所は、この世界のどこにもない。


両親に捨てられたあの日から、ヨキナは人生に絶望していた。


どんなに土田ヨキナが手を伸ばしても、誰もつかまえてくれない。


高校を出てからは、小さな工場の事務に就職し、工場が借りている小さなアパートに住み、職場とアパートの往復の毎日だった。


ヨキナを捨てた、振り向きもしなかった両親を探そうとも思わなかった。


25歳の冬、7年勤めている工場の社長からお見合いの話をもらう。


自分を捨てた両親、自分が行く親戚からは煙たがられ家族がいさかいを起こす。ヨキナはそんな人間しかみてこなかった。


いつか捨てられるなら、いつか離れるなら、誰とも繋がりたくない。


同じ職場の女性は、結婚したり家族がいたが、自分には、家族なんてものが作れるとは想像もつかないヨキナは、お見合いには乗り気ではなかった。


ずっとお世話になっている社長にのらりくらりと話をひきのばしていたある日、通勤途中のバス停でいつも会う男から声をかけられる。


それが、佐藤カツヤだった。


ヨキナは、最初は警戒したものの、いつもニコニコ笑い、ほがらかなカツヤに惹かれ、付き合い、結婚する。


まさか自分が結婚し、息子を産むとは想像していなかった。


親戚をたらい回しにされていた時は、親戚の家族が土日に、幼いヨキナだけを家に置いて、日曜日の夜10時まで、車で遊びに出かけ、ヨキナは独り暗い家で、待っていた。


羨ましくて、しかたなかった。


夫のカツヤが、息子のミタカが産まれる前には、持ち家と自家用車まで用意してくれた。


ヨキナにとっては、奇跡のようだった。


ミタカが幼稚園に上がると、夫のカツヤが土日に車を出してくれ、動物園、水族館、テーマパーク、あらゆる所に行き、毎日が、ヨキナが子供の頃から欲しかったものだ。


ずっと、ずっと続いて欲しい。ミタカが自立し、夫カツヤと年老いていくまで。


しかし、ヨキナが両親に捨てられた日のように、その日は崩れるように訪れた。


「離婚したい。慰謝料も払う。だがミタカだけは連れていきたい」


夫カツヤのその一言に、ヨキナの儚い夢は壊れた。


せめて、どんなに苦労して働いてもいいから、ミタカだけは育てたかった。ヨキナにとって、初めて出来た、血の繋がった家族だ。


夫カツヤは、ヨキナを捨てた両親のように、ヨキナを捨て、新しい家族を作った。


2度目の絶望に突き落とされたヨキナの心は、床に叩きつけられたガラスのように壊れた。


夫に精神科に強制入院させられても、ヨキナの母親としてのミタカへの愛情までは、奪えない事を、カツヤは知らない。


夫カツヤにミタカと離される前日、いつの間にか自分よりも背の高くなった、男らしい中学生のミタカが、一言だけ言った。



「母さん、俺、絶対、自立したら母さんの所に戻ってくるから」


壊れ、粉々になったヨキナの心を、ドン底の絶望を拾いあげてくれたのは、まぎれもないヨキナの唯一の息子、ミタカだ。


絶望の中でも、一粒の光があれば、人は生きていける。



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