明星の金獅子姫
都辻空
第1話 金獅子姫の憂慮事項
マクグリン王国暦一○四五年、春の節。
第一王女の長女エトニア姉さまは、隣国の王太子レオナルド様と結婚。
第二王女の次女フレデリカ姉さまは、異世界から来た勇者ユウト様と婚約。
勇者による魔王討伐から一年。
相次ぐ王室のおめでたムードの矛先は、続く第三王女の三女こと、私――イーディス・ルイーズ=マクグリンへと向けられていた。
けれど……
私が宮廷の回廊を歩いていると、廊下の角から男女の会話が聞こえてくる。
「いやあ、いつ思い返してもエトニア殿下とレオナルド殿下の挙式は、後世に語り継ぐべき絢爛さだったな」
「あら、フレデリカ殿下とユウト様の婚約式も、精霊たちに祝福された歴史に残るとても良い式でしたわ」
私が通りすがったことなど気付いていないのか、男の声はなおも続ける。
「残るは、あの獅子姫殿下だが……」
廊下の曲がり角から覗いてみると、財務のケンティス公爵だと分かった。
「あら、殿下だって今年で十六ですもの。よい殿方くらい……」
そうフォローしようと公の隣を歩く文官の制服を纏った女性が口を開いた。けれど、後の言葉が続かない。
(……まあ、私のことを知っているなら、そうなるでしょうね)
二人の歩みが止まり、その場に沈黙が流れていたので、仕方なく出ることにした。
「ごきげんよう。ケンティス公」
「これは、イーディス殿下っ。……本日は騎士団はお休みなのですか?」
「ええ。陛下から召集がありまして。これから謁見に参るところです」
「そうでしたか」
私は敬礼をし、二人に「それでは」と告げて、その前から立ち去る。
城下は勿論のこと、城内でも今のような話題が尽きることはなかった。
けれど同時に、〈金獅子姫〉である私の男嫌いは、国内外に知れ渡っている。
始まりは私の六歳の誕生日を祝うために、王宮で開かれた
そもそもが『三人目こそ王子を』という期待の中で生まれた第三王女の私は、ことあるごとに「男子であれば……」という言葉を耳にして育ってきた。
周りがそう口にするのは、我が国の王位継承権が男子にしかないことが原因なのだけれど、当時の私には、それは呪いの言葉にしか聞こえなかった。
だからこそなのか、私は幼心に両親の期待に僅かにでも応えようと、ある時から男装をするようになった。
しかしてその努力も空しく、私が六歳になる年。
七つ年上の長女であるエトニア姉さまと隣国の盟友国ティドルトゥアの王太子であるレオナルド様との婚約が正式に決まった時。
両王家は二人の間に生まれた男子にマクグリンの第一王位を継承させることに合意したのだった。
そのことが発表されたのが、先の私の誕生
そしてあの事件が起こったのだ。
披露宴に参席していたとある伯爵家の次男坊に言われた一言。
それが、その後の私の人生を大きく変えた。
『貴女の努力は無駄なのです』
気付けば私は、その伯爵家の次男坊に、はめていた白手袋を投げつけていた。
これが後に〈金獅子姫の咆哮〉と呼ばれる出来事になるとは露知らず、当時の私は伯爵家の次男坊相手にぶちギレて、決闘を申し込んでいたのである。
――それから十年。
もうじき勇者による魔王討伐が終わり、世界に平和が訪れてから、一年が経とうとしている。
月日の流れは光の精霊の恩恵が如く過ぎ去り、世界は安寧を迎えつつあった。
そして国の繁栄を示すかのように、我が国では王家の上二人の姫の婚姻と婚約が成されたのだ。
残された三の姫の気持ちなど、置き去りにして。
物思いに耽って歩いていた私は、気付けば謁見の間の扉前へと辿り着いていた。
そう。
今日は朝市の見回りから詰所へ戻って早々、父である国王陛下から召集があったと聞いてやって来たのだ。
御前会議が終わった頃合いなのか、扉から各大臣や各省庁の長官が退出するところに出くわした。
そしてその中に久しい顔ぶりを見つけ、つい声をかけてしまう。
「リクリオ卿」
「おお、これはイーディス殿下。ご機嫌麗しゅう」
短く刈り上げられた赤髪に、左頬に三本の爪痕。
私の所属する王室近衛騎士団――通称〈
「あなたも、息災そうで何よりです。王都に来ていたのですね」
「ええ。陛下へ、旧ベルディニア辺境伯領の報告に……」
リクリオ卿は、団長職を退いてからは国境の魔獣出現地帯に赴いて、その討伐にあたっていたという。
けれど勇者様と出会って魔王討伐に一役買ったのを理由に、かつて魔王軍に占領された北方領地の旧ベルディニア辺境伯領の統括を陛下から任されていた。
私は一点、その顔を見て気になったことを告げる。
「報告という割には、浮かない顔ですが?」
「いやはや。殿下には敵いますまい。実は、折り入って殿下にご相談したいことが――」
リクリオ卿が重々しく口を開き、そう言いかけたところで、私の背後から声がした。
「リクリオ卿。イーディス殿下は陛下の謁見を控えておりますので、立ち話なぞはご遠慮願おうか」
「……カートライト公」
私の振り向いた先にいたのは、この国の宰相を務めるネイサン・セドリック=カートライト公爵だった。
あと一歩で古稀になるとは思えない伸びた背と体格に、貫禄を帯びる髭。
そして私が昔から苦手な、その文官とは思えない鋭い眼光は、私とリクリオ卿を交互に見据えていた。
「殿下。陛下は何やら大事なお話のご様子。火急に向かわれた方がよろしいかと」
「……わかりました」
そして公爵は、早くに崩御された先王の旧友であると共に、その末妹が嫁いだ――つまりは私の大叔母の夫で、王家の外戚にあたる――人物でもある。
この国の実権を握っている人物に、これ以上目くじらを立てられたくはないと、私の本能が告げていた。
私はリクリオ卿に向き直り、用向きは後日改めて聞くことを伝える。
「はい、殿下。こちらこそ、お引き留めし申し訳ありません。それでは後日、改めてお伺いに参りますので」
「ええ。わかりました」
会釈をしたリクリオ卿は、私が来た回廊とは別の方へと歩いていった。
その後ろ姿が角で消えた頃、私は自分に向けられる視線の主へと言葉を落とす。
「まだ私に用向きでも? 公爵」
「いつまでその様な騎士の格好をなさっているのですか? イーディス殿下」
「いつまでとは? 本日は騎士団の業務で外回りに行っていたので、制服(こ)のまま来ただけなのですが」
私が今身に纏っているのは、騎士団の制服だった。
もし召集されたのが騎士団の勤務時間外であったのなら、式典で着るよう言われているドレス姿で拝謁すべきだったのだろう。
加えて私の所属する〈
けれど公の発言の真意は、明らかにその意味合いとは別のところにあった。
「それに、私は陛下により叙任された、正式な騎士です」
私は顔色を変えずに応える。けれど、声には些か感情が混じってしまった。
「ですが殿下も今年で、私の孫と同じ齢十六。そろそろご自身の正式なお立場を自覚された方がよろしいかと、老いた身は愚考いたしますがな」
「それは痛み入るご忠告、感謝します。
ですが、この身は既に故国へ仕えると誓った身。今さらながら、護られるだけの姫に戻るつもりはございません」
返す言葉を与えずに、私は続ける。
「陛下は火急の御用命とのこと。これにて失礼します」
私は半ば逃げるように、謁見の間の扉に手を掛けた。
閉じる扉越しに何か言われるかと意識したものの、帰って来たのは沈黙だった。
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