エピローグ未「壁で分かたれない視界」

 ――2018 死角 9/26 朝


 孔雀ここに眠る、そう立て札に刻んだ。

 深海からパークに漂着したクジャク達を出迎えたのは。

 孔雀とのお別れだった。

 野生の孔雀が廿年生きるのを思えば。

 2012に生まれた兄にあたる自分オレは実に短かった。

 考えられるのは長時間に渡る無理な飛行。


 「ありがとな、お前が東京でハンナを迷わせてくれなかったら俺は間に合ってなかったよ、兄さん。」


 【2015 右目 9/11 昼】の旋回イベントは本来ない物。

 元より孔雀の出番は屋敷から一年目ななしを誘い出したあと。

 孔雀茶屋で四年目クイーンに輝きを奪われるに行くだけ。

 そんな兄が何故ここまでアドリブを利かせたのか。

 ハンナ兄弟の出栃でパターンから外れた彼が何を思ったのか。

 兎も角その時間稼ぎでクジャクおれの遅刻を敏らせずに済んだ。


 「その時のお父様はキュルルさんの手で立ち直ったばかりでしたっけ、確かにキュルルさんにはしてやられましたが孔雀のフォローがあってのことと思いませんこと? キュルルさんはパターンから外れた孔雀が屋敷に訪れないと分かり、代わりに自分の姿を見せてわたくしを誘い出したのは一見フラグ管理が出来ているようで、その実わたくしが孔雀の存在を知る機会を潰してしまっているのですわ。もしわたくしが東京で孔雀と出会わなければ、お父様がイマジナリーフレンズとは気付けず再演所ではありませんでしたわ。」


 そんな感傷ムードを余所に。

 赤ん坊、アオコを蜷局巻いた尻尾ゆりかごであやすハンナは語る。

 或いはそれが彼女なりの孔雀への追悼なのか。

 それにしては露骨な敵愾心を感じる。


 「ハンナ、俺がキュルルに取られると思ってるのか?」

 「えぇ茗粥を助けようとしてしまうお父様ですもの、晴れてお父様と結ばれたからと言って油断出来ませんわ。」

 「お前なぁ。そもそも俺は茗粥が男か女かだったかさえ知らないんだぞ、お前は知ってるんだろうけどよ。」

 「箱庭の共同制作者として勿論、でも内緒ですわ。こんな小さなことに拘るような大人には成ってはいけませんわよアオコ。」


 元より彼女の弁には振り回されてばかりなのに。

 子供を味方に付けられては敵う訳がない。


 「そうだな、お前が雄だろうと雌だろうと関係ない。俺はお前を愛している、ハンナ。」


 夫として素直に敗けを認めると彼女はドヤ顔。

 ではなく赤面していた、可愛い。


 「……もぅ、お父様ったらたらしなんですから。」

 「イヤだったか?」

 「イヤではありません、でも結局今でしかないことは分かってますのよ。」

 「俺が与えられるのは今の保証あいだけだからな、未来のことは分からないからお前達と歩んで行きたいんだよ。」

 「……あとから雌の身体がよかったと言っても、遅いんですから。」

 「お前はお父様に成りたいと望んだんだろ、なら俺はその本能を否定しない。」


 キスをする、躊躇いはない。

 唇を離す、二人だけで完結する世界は終わりエンドを迎えたから


 「さて、これから何処へ行くか?」

 「本当に考えなしのお父様ですこと、でもそこが好きですわ。」


 踏み締めた作り物じゃないパークの地は。

 壁もなく何処までも広がっていた。





 「会わなくてよかったのかい? ハンナ。」


 右目だけの遠近感にまだ慣れない視界で遠く。

 孔雀を弔い旅立つ二人を見届けながらキュルルは言った。


 「あの子の世界はお父様で補完されました、が入り込む余地はありませんもの。」


 そうハンナが想い馳せるそれは。

 弟に対する物か息子に対する物かには分からない。

 少なくとも確かなのは。

 弟ハンナ・Hにとって彼女は生物学上に成ったこと。


 「別に会いに行ったっていいと思うけどね。クジャクにとって最も濃密で初めての東京での一年、2013~2014を過ごしたのは君なんだから。」

 「それでもお父様が選んだのはあの子ですわ、過去凡てのハンナ・Hを救えない代わりにせめて産んだ責任を果たそうと決めて。勿論お父様への愛であの子に敗けたつもりはありませんが、好きだからと言って無条件で受け入れてもらえる訳でも何をしてもいい理由にも成らない……。」


 彼女は目撃した。

 クジャクを箱庭に推し留めていた保証あいが。

 彼の未来像あいに覆された瞬間を。

 同じ一方的な推し付けのようでそれは違ったから。


 「……にしても僕なんて言うの、何年振りだろう。」

 「言っておきますけど似合ってませんでしたわよアレ、アタクシの永遠を穢した代わりに左目のかがやきと一緒に奪わせていただきましたが、感謝されこそすれ恨まれる筋合いはございませんこと。」

 「僕にとってはもういない友達との繋がりだったんだけど、左目のGreenを奪ったのだってBlueの代わりって言われて納得する? だから。」

 「だから?」

 「責任取って僕と一緒に旅をすること、あっちが男旅に対してこっちは女旅と行こう。言っておくけど僕は君が世界を見ないまま終えるなんて認めないよ、僕の輝きで延命したなら尚更。」


 ピクリ、と彼女は反応する。

 どうやら図星だった模様。

 まぁ自らを規定していた2000年が海の底に消えては無理ない。

 彼女を見詰める、彼女は諦めたように。


 「はぁ分かりましたわよ、貴女の意地っ張りには敵いそうにありませんですし。ただ一つ訊いてもよろしくて?」

 「何?」

 「三年前箱庭は400年周期の閏年のズレによって地上より15日進んでいると仰ってましたが、むしろ逆ではないのでしょうか。だって閏年が余分にある箱庭が2/29を迎えた時、閏年がない地上は3/1に成っている筈ですわ。」


 そう彼女は世界観の致命的な欠陥を指摘した。


 「うん、そうなんだよね。」

 「……え?」


 それに対して僕はあっさり認める。


 「ラッキー、今日は何日かな?」

 『今日ハ9/26、ワープロ記念日ダヨ。』


 駄目押しにラッキービーストにも地上が15日後と証言させる。

 彼女は訳が分からないという様子。


 「あの、地上は今8/27というのはなんだったんですの? それとも箱庭から出て気付かぬ内に地上では時間が一ヶ月飛んだとでも?」

 「ううん、あの時は確かに地上は8/27だったよ、可笑しなことに。ラッキーには地上の時間とリンクさせてたし、考えられるとしたら後者だね。僕達は一ヶ月もの間眠っていた、じゃなくて観測者の間違った認識で歪められていた時間が飛んで修正された。証拠に8/27~9/25のラッキーの観測記録が飛んだかのように抜けている。」


 あまりにも超自然的現象。

 宇宙としては9/26こそ正しい日付だったから。

 修正したまでのことかもしれないが。

 問題はこれが茗粥の単純な勘違いかどうか。


 「もし地上が正しい閏年のズレのまま進んでいたら、地上から見て過去にあたる箱庭に僕は侵入することは出来なかった。嘘のヴェールが剥がれるのと同時に地上が未来に修正されなければ、僕達は箱庭から脱出することも叶わなかった。」

 「偶然とするには出来過ぎている気はしますけど、そんなことが出来る存在がいまして?」

 「茗粥の認識をすり替え、僕の顔と似せる。そんなことが出来る相手、君にも心当たりがあるんじゃないかい?」


 仮にそうだったとしても凡ては海の底。

 それでも僕らが母の名を呼んだ。


 「――貴女の仕業ですか、女王?」

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