第5話「2013 左目 9/12 夜 ~ 2014 左目 9/10 夜」
――2013 左目 9/12 夜
世界とは見えない物だった。
けれど自分以外のヒトには見えているらしい。
事実触れれば確かにそこにあって。
自分には見えないからといってないことには成らない。
だから頭の中で
想像上のヒト形を動かしビル街を作り。
いつしか箱庭は本物と見紛う程に成った。
――命宿は東京を見る、その世界の自分を代演して。
脳を進化させたヒトが手にした補いの力は。
同時にヒトがクジャクを錯誤した原因でもあった。
未知の概念の彼に対して。
既知のアニマルガールとしての姿を当て嵌めた。
「だからあたしもヒトである以上君の理解者には成れないよ、むしろマフィアやってるような悪の味方を頼っちゃうの?」
「それでも初めて東京に来た時助けてくれたのはあんただけだ、喩えそれが興味本位だろうと仕事目当てだとしても。」
場所は変わって命宿のバー。
青髪のセルリアンを連れて頼って来た彼……。
最初に来た時とは違って髪と羽を切ったクジャクに。
諭すように言ってみたものの意志は固いようで。
「別に仕事させるつもりなんてないし、お金なら幾らでもあげるのに。それこそ君の性転換手術だって今すぐにでも。」
「そこまで世話に成る訳にはいかない、医者は金を稼いだら紹介してくれ。ただ一つ訊いてもいいか。」
「どうぞ。」
「実際問題タイムパラドックスが起きた時どう成る?」
真剣な口調に変わりないものの。
一転してSF展開に分かっていても面食らう。
「……その子のこと絡みでいいのかな。」
ソファに横に成って眠る自称彼の倅を見る。
彼曰く今朝ビル屋上で出会いそのまま拾って名付けた。
猫じゃないんだからという突っ込みはさて置き。
問題なのは未来から来たという点。
「正直言えば半信半疑なんだが、こいつが言ってた母と過ごした屋敷に行けば何か分かると思ってな。俺としてもパークの外に行ったキングコブラと会えればそれに越したことはない、ないんだが。」
「そこでキングコブラを助けたりして未来を変えるようなことがあれば、タイムパラドックスに成るんじゃないかって? そもそも未来の子供に会ってる自体で、タイムパラドックスも何も言えた立場じゃないけどね。……一応訊くけど隠し子に心当たりは?」
「サンドスターなりセルリウムから生まれる俺達に生物の常識が通じるとは思えない、まぁ要するになんらかの血の繋がりは否定出来ないが。少なくともキングコブラは俺の告白をフった……。」
確かにと頷きたく成る内容だったが。
成人として思春期の傷はこれ以上詮索せず閑話休題。
「そうだね、石のアーチ橋って分かるかな?」
だけどまだ本題には戻らないのか。
そう言いたげな視線を向けつつ黙って頷く彼。
「完成したアーチ橋は石同士が支え合って崩れないけど、空中に一つずつ石を積んで作ろうとしても当然落ちて無理だよね。だから途中まではアーチ状の仮の足場、
「……つまり石のアーチ橋という“順序立っていないが問題なく成立する物”が作れる以上、タイムパラドックスも存在して可笑しくないと? だから問題ないと?」
「だから未来が変えられるかは兎も角、行ってみたらいいと思うよ。差し当たって近くにある石橋まで試しに観光しに行くのはどう? 記念にさ。」
「悪いけど興味ない。」
結局彼に興味を持たせる企ては。
叶わないまま初日は終わった。
ただ
一瞬向かった彼の視線の先にふふっと成った。
――2014 左目 9/10 夜
命宿から言われたクジャクの仕事は。
横流しを企んだ構成員の男を捕まえること。
『ウチの倉庫からちょっとヤバいブツを盗んで行ったんだよね、まだホテルにいると思うからよろしく。』
メールの文面を思い出しつつ。
頭にヨぎるのは命宿がハンナにバラした綽名の件。
いや今は仕事に専念。
拳銃はある、整備も射撃練習も怠っていないが。
殺されても可笑しくないのだから。
夜空から音を立てずバルコニーに降り立つ。
そこは男のいるホテルの階。
窓硝子を蹴破り客室に突入するも男はいない。
「……気付かれたか。」
だが玄関は開け放たれたまま。
盗んだ物と思われるブツも置かれたまま。
まだこの近くにいる証。
ふとブツに描かれたマークを見ると髑髏のそれ。
「何がちょっとヤバい、だ。」
さっさと終わらせるに限る。
後を追う自分は玄関ではなくバルコニーから空に。
夜間飛行、見下ろす先は逃げ先に成りそうな路地裏。
ブツを置き忘れるような男の考えは同じ模様。
「いた。」
脇目も振らず逃げ出したのだろう。
行き止まりに荒い息で立ち尽くす男の背後。
逃げ道を塞ぐように降りる自分。
男の背中に拳銃を向けた。
「逃げられると思うなよ。」
今までの仕事はそれで終わったのに男は振り返る。
必死の形相で拳銃を取り出して。
パン――。
一発の銃声が路地裏に響く。
撃ったのはクジャクの方が早かった。
だから男は死んでいた。
「……ぁ。」
地面に血溜まりが広がるのを。
遅れて気付いた。
8月の残暑の9月の夜でも手が震えるんだって。
それと初めてヒトを殺したこと。
「はは……。」
行き止まりで立ち尽くす自分がいた。
「おかえり、クジャク。」
気付けば命宿のバーの前にいた。
ヒト払いでもしたのか裏通りに浮浪者も黒服も無人。
そうして店先で出迎えていた命宿が。
全部お見通しだとでも言うようで憎たらしい。
「……ハンナはバーにいるのか。」
「まぁね、喧嘩も程々にしなよ。」
「キングコブラの綽名をバラしたのは誰だっけか。」
「あはは、勝手に言っちゃったのごめんね。」
「別に、いつかは言わなきゃいけなかったことだ。」
一年先送りしておいてどの口が言うか。
言えなかった口は報告なら出来るようで。
「悪い命宿、捕まえる筈だった相手殺しちまった。」
「いいよ、どっちにしてもシメる予定でいたから……。ただあたし個人としては君に手を汚させたくなかった、フレンズの君に。」
「今更だな、今まで直接手を汚さなかっただけでやったことは変わらない。ただ覚悟は出来てたつもりだったんだけどな、だってこんな怖ろしいマフィアは雄の仕事だろ?」
「あたしもそのマフィアだって忘れてない?」
軽口に付き合ってくれる。
「……ねぇ、どうしてクジャクはそんなに雄のイメージに拘る訳?」
「そう見えるか?」
「でなきゃ意地張ってわざわざ稼ごうとしないでしょ。」
くれた分拒否権はなく成る。
「そうか……。と言っても元々俺はこのフレンズの姿自体に不満はなかったんだぜ、パークにいた頃は普通にスカートでいたし。俺にとっては紛れもない雄クジャクの象徴があったから、周りが可愛いアニマルガールとして見て来ようと耐えられた。だけどキングコブラと体を重ねようとして拒まれた。分かってくれてると思ってたんだ、この衝動を想いを。結局雄として見られてなかったんだと思った、それで髪を切って飾り羽を捨てて男の恰好をするように成った。」
誰もが雄の動物だとは思わないなら。
ヒトの雄として見られようと。
でもそれは本来フィルタリングされる筈だった本能。
むしろ欠陥品と呼ぶべき物。
「ハンナが雄の身体を持って生まれたのも、トランスジェンダーの俺のせいじゃないのか。」
違うと言っても拭えない負い目。
背負うには自分は頼りなくて。
「変わりたいってずっと思ってる、性転換手術だってそうだ。でも変わるのを怖れてる自分もいる、ヒト殺しまでしといてさ。……ハンナにあいつの姿を重ねて捌け口にする自分が嫌いだ、こんな変わろうとせず同じままでい続ける自分が嫌いだ。」
笑う。
「なぁ命宿、助けてくれ。あの時行ってみたらいいって背中を推してくれたみたいに、あんたは悪の味方なんだろ?」
無理なお願いだと分かっていた。
言われた所で立ち上がれないことも。
だから背中を押してと頼る。
自分が嫌いだった。
命宿は答えられなかった。
その胸が触手に貫かれたから。
「……は?」
クジャクの口から間抜けた音が漏れる。
命宿の口からは赤が溢れていた。
……脳が理解出来ていたのはそんな所だった。
うねり触手は命宿の身体を先端から振り飛ばす。
道路に転がったのは死体だった。
理解して同等の衝撃が頭に打ち付けられる。
痛みが分かった。
けれど彼女は目もくれずバーから現れた。
「大丈夫ですわ、お父様はワタクシが助けますから。」
袖口から血塗れた触手を伸ばしたハンナ・Hは笑う。
それはクジャクの誕生日一日前のことだった。
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