第4話「2010 右目 9/11 夜 ~ 2014 左目 9/9 夕」

 ――2010 右目 9/11 夜


 パークの孔雀茶屋に雄の孔雀が舞い降りた。

 そこに現れたセルリアンが彼の輝きを奪った。

 そしてクジャクが生まれた。

 それを舞台裏から命宿は観劇していた。





 ――2010 右目 9/12 朝


 「おはよ。」


 その言葉の意味をクジャクは理解出来た。

 昨日まで孔雀だった身体はヒトのそれ。

 いやフレンズのクジャクに成っていたから。

 だけど本能がフィルタリングされてなかった。


 「――クヮッ、」


 茶屋の軒先で目覚めたクジャクは無意識。

 縁側から挨拶おはようした相手に飛び掛かっていた。

 両足で押さえ付けた彼女に蛇の尾はなかったが。

 金髪にコブラフード、獲物のキングコブラだった。


 「ワタシが食べたい?」


 突然の見下ろされる形にも関わらず。

 彼女は落ち着いててむしろ不安定なのは。


 「……分からないんだ。」

 「まぁ、手を出すにしても足が出てしまうなんて捕食者としての本能じゃないの?」

 「確かに衝動的だった、でもこれは……。」


 圧し倒され乱れた服に鷲掴めそうな胸元。

 彼女を見る目は雄は熱を帯びていた。


 「こんなのは可笑しい、これじゃぁ俺は獲物のお前に。……発情、してるみたいじゃないか。」

 「大丈夫よ、性的に食べるとも言うんだから。」

 「……なんだそりゃ。」


 その一言が莫迦らしく思わず突っ込む。


 「ふふ、きっと貴女は動物の頃の強い本能を残しているのね。本来フレンズ化の際サンドスターがフィルタリングする筈の、その中には雄の本能もある。それらがヒトの身体を通して化学反応を起こした、と言った所かしら。」

 「……よく分からない、俺は雄じゃないのか?」

 「まだ分からなくていいわ、きっとこれからイヤに成る程分かるから考えなくたっていいの。」


 彼女の甘い声が耳に入る。

 それで一先ず高揚は満たされていた。


 「ここは孔雀茶屋。先代のクジャクがいた頃は賑わってたらしいけど、森の中なのも相俟あいまって今はこの通り閑古鳥。」

 「閑古鳥? 孔雀茶屋なのに?」

 「そうね、だから住むなり焼くなり貴女が好きに使っていいわ。ちなみに閑古鳥はカッコウのことね。」

 「いや焼くのはどうなんだ……、キングコブラはなんでも知ってるんだな。」

 「教えてもらったの昔、貴女に。」


 彼女から退く、甘い毒から。

 甘えてばかりでは情けないけじめを付ける。


 「悪かった、いきなり圧し倒したこと。」

 「気にしないで、ほら尾がなかったお陰ですんなり倒れられたし。あ、産まれ付きだからこれも気にしなくていいから。それとワタシのことは――。」


 そんな恋の始まり、彼にとっての。

 彼女にとってのそれは一年前に遡るがまた別の話。





 ――2014 左目 9/9 夕


 命宿のバーは今朝からの貸切状態のままだった。

 曲がりなりにも東京を占めるマフィアのお嬢のバー。

 けれどそんな事実には無関心な占有者。

 ハンナ・Hは昔話を肴に切り出す。


 「そう言えば命宿さんは行ったことはありますの? 孔雀茶屋に。」


 彼と母の馴れ初めの舞台。

 何度も他の回想にも出て来れば興味も湧く。


 「うーん、残念ながらあたしが行った時は閉じちゃってたなぁ。でも広いパークで見付けられたのは運がよかったよ、そう考えると広い世界に出た君達に出会えたのは運命的だと思わない?」

 「確かに世界広しと言いますが、案外行く場所は限られるもので実感はありませんわ。」

 「あたしとしては君達にはもっと色々な場所を見に行って欲しいものだけど、ここから少し歩いた先にも立派な石橋があってさ。」

 「お父様が興味ないのでしたらワタクシも行く理由がありません、一度だけお母様と過ごした屋敷を探しに行きましたがそれ切りですわ。」


 ただ興味がないことにはご覧の在り様。

 命宿はそう受け取らなかったようで。


 「あたしとしては囚われてるように見えるけどね。」


 囚われてるとは場所にか、それとも誰かに?

 どちらでも言えることはあった。


 「それを言うのでしたら命宿さんもではなくて?」

 「……あはは。それは一本取られたや、確かに今は君達に夢中だ。」

 「うふふ。命宿さんがそのように笑えるのですから、囚われることも別に悪いことではないでしょう。」


 素直に褒めたつもりだったが。

 どうやらズレていたらしく神妙な顔。


 「ハンナ、君は文面通りに受け取っちゃうんだね。」

 「? なんのことです。」

 「ううん、なんでもない。」


 聞いても分からない、だから湧かない興味。

 それよりも誤魔化すように振られた話題に飛び付く。


 「ねぇハンナ、クジャクのことが好き?」

 「はい、お父様は出会ってすぐワタクシに名前を考えてくれましたわ。その時に成って気付きましたの、お母様はワタクシに色々なことを教えた代わり名前は考えてくれなかったと。それに、」


 あれはクジャクと屋敷に行った時のこと。

 過去である今行けば母をけられるのではと。

 探し出したそこに誰かが住んでいた痕跡はなく。

 本当に自分は未来から来たのか?


 「そんなワタクシを見てお父様は言ってくれました。“お前は俺の子供なんだろう”と。それからキングコブラが残した、ただそれだけで充分だと。」


 今の自分を保証するアイデンティティ。


 「そっか……、やっぱり君は現状を望んでるんだね。それでも君達をなんとかしたいと思うのはエゴでしかない、分かってる。だけどあたしは見過ごせない、ただ観劇てるだけなんて出来ないんだ。だからごめん、今日君に言わなくちゃいけない。」


 だから自分も今の世界で充分だと伝わった。

 伝わった筈なのに命宿は。


 「実は今日話した馴れ初めには言わなかった部分があってね……。」


 ……きっと自虐するように。

 そう呼ばれるさっきも浮かべた笑みで告げる。


 「あの時キングコブラはクジャクに自分のことをこう呼んで欲しいと言ったんだ、――ハンナって。」





 ――2014 左目 9/9 夜


 「嘘吐きですわ、お父様は。」


 命宿のバーから足早にアパートへ。

 帰ったハンナ・Hを圧し倒したクジャクへ。


 「命宿さんから聞きました、お母様の綽名あだなはハンナだったと。本当はお父様はワタクシを子供ではなく、お母様と重ねて見ているのでしょう? だから同じ名前を付けた……、違いますか?」


 言わなくては成らなかった。

 喩え今の日常が終わるとしても。

 彼は立ち上がる。

 張り詰めた冷たい声で見下ろしながら。


 「あぁそうだ。そしてさっき言ったよな、同じ物が並んでるのが嫌いだって。だから俺の愛したあいつと同じ顔をしてるお前が、――俺は嫌いだ。」


 ハンナ・Hは部屋を飛び出した。

 それはクジャクの誕生日二日前のことだった。

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