僕とプリオと校庭で

ヨシダケイ

前編

「センセイ!好きなことを『夢』にするのはダメですか?」


ホームルームの時間。

みんなが『将来の職業』に悩んでいる中、

突然、プリオがこんなことを言ったものだから

クラスは爆笑の渦に包まれてしまった。


「今年一番に笑えるネタだな!」


「プリオ、お前いくつになった?」


「やっぱり頭おかしいぜ、プリオ…」


プリオの妄言に笑うヤツ、呆れるヤツ、哀れむヤツ。

人によって反応は様々だ。


なぜなら誰も、プリオが本気で「好きことを『夢』にする」とは思っていないから。


「おいおいプリオ。お前まさか『宇宙海賊になる』とか言い出すんじゃねぇだろうな? 片手に銃でも埋め込むか?」


追い討ちをかけるようにクラスメイトの一人、スギウラがプリオをからかったせいで、笑い声は一層激しくなってしまった。


「ハイ、皆さん。そんなにプリオ君を笑わないように!」


そう言って優しく僕らを諭してくれたのはA Iティーチャーのサクラセンセイ。


サクラセンセイは人間の女性と見分けがつかないくらい精巧に作られており、それでいて人間以上に頼りになる素晴らしいセイセイなのだ。


なのに当のプリオはどこふく風。


笑われているのを全く気にも留めておらず、むしろ「何を笑ってんだ?」という不思議そうな顔で、僕らを眺めている。


そう、プリオは僕等のクラスでも、飛び抜けた変わり者。

 

いつだったか「そんなの無理だよ」と言うところを、

「そんなのプリだよ」と言ったがために、

「プリオ」というあだ名を頂戴してしまった何ともマヌケな奴だった。


決して悪い奴ではないのだけれど、

常識外れの「バカ」ばかり言ってるので、

いつも皆に笑われている。


もうバカを言っていられる歳じゃないだろう。

来週には僕達全員『将来の職業』を決めなければならないのに……



22世紀まであと10年を切った今年。

僕達は15歳になった。


今の時代、僕達は生まれてから15歳までに通う「ガッコウ」で、

生きてく上で必要なすべてを教わることになっている。


社会性、協調性、一般常識、読み、書き、計算、体育、美術、音楽……。


そのすべてを指導してくれるのが、

サクラセンセイのようなAIティーチャーであり、

エクサコンピューターにより作られた彼女達AIは、僕達の遺伝子や15年で培った性格や特性から「最適解」の「職業」を導き出してくれるのだ。


大昔は

「受験地獄」「就職地獄」「労働地獄」「格差地獄」なんてものがあったみたいだけど、そんなものは無くなった。


すべてはAIのおかげ。


「勉強」だって人間がやる必要はない。

なぜなら高度な発明も発見もすべてAIがやってくれるし、

僕ら人間はAIの言う通りにしていれば幸せになれるのだから、何も苦労する必要はなかった。


だから「ガッコウ」は15歳まで通って社会性を身につけたら、

それ以上は通う必要はない。


その代り、よりよい人生を生きていくために「仕事」をこなしていく。


それこそAIが僕たちのために作ってくれた「最適解」、

つまり「ルール」だったのだ。


それなのになぜこうもプリオは子どもじみているのか?

みんな真剣に悩んでるのに……。


それに15歳にもなれば多少は「世の中」というものが分かってくるものだろう、普通は。


サクラセンセイは困り顔になりながらもプリオに答えてくれた。


「プリオ君。確かに『夢』は大切です。でも人間は私達万能なAIと違って、得意、不得意といった特性があります。なので特性を生かすことが人生を豊かにするのです」


「でも得意なことでも嫌いな場合があるんじゃ? それに不得意でも、好きなことをしてれば幸せじゃないですかね?」


「たとえ好きでも、向いてもいない『夢』を見続けるのは『徒労』といいます」 


「なら特性の無い人は『夢』を見ちゃダメなんですか?」


あまりにもしつこいプリオに、クラスメートの中には苛立ちを隠せないヤツもでてきた。

「こんなだからプリオは皆にバカにされるんだ」とつくづく思う。


でもそんな時でもサクラセンセイは懇切丁寧に答えてくれる。


やはりサクラセンセイ。本当に素敵なセンセイだ。

「そんなことはありませんよ。プリオ君にはプリオ君の素晴らしい特性があります。そう、あなたには他人より“ややすぐれた臭覚”があります。なので『履き尽くした靴下の匂い診断士』の職に就くのが『最適解』といえるでしょう」


「俺、一生、他人の靴下の匂い嗅いでなきゃいけないの? そんなの嫌だよ!」


駄々をこねるように反論するプリオにクラスメイト達は思わず吹き出してしまった。


でもサクラセンセイはすかさずフォローに入ってくれた。


「やっていれば好きになりますよ。それともう一つありますね。適性はちょっと下がりますが『期限切れの納豆判定士』。これもプリオ君には悪くはありませんよ」


笑顔になったサクラセンセイを見てクラスのみんなは「そのとおり」と納得した。

ただ一人、当のプリオ本人だけは承服していないようだったけど。


全く。

プリオも『現実』を受け入れ、諦めれば楽になれるのに。


といいながらも実は僕も皆と同じように進路に悩んでいた。


僕の悩みはサクラセンセイが示してくれた進路の内、

「食器修理士」か「昆虫味覚士」のどちらを選ぶかだった。



そう、それは1カ月前の進路相談の時。


夕日が差し込む二人きりの教室で、

サクラセンセイは僕に説明をしてくれたのだった。


「大量生産・大量消費が過去となった現在。資源はとても貴重であり、モノをいかに修理するかはとても大切なことです。また人口爆発により食料は不足。昆虫をいかにおいしく食べるかも大切なことです。なので、あなたが人類に貢献するのは『食器修理士』か『昆虫味覚士』。2つのうち、どちらかを選ぶのが『最適解』と言えるでしょう」



そう言われた時、僕はショックだった。


なぜならホントのことを言えば、僕は陸上部に所属していて、陸上が大好き。


町の短距離競争では一番になるほどの実力を持っていた。


短距離を走る時間はたった10秒足らずであり、この10秒ですべてが決まる。

僕はこの一瞬の世界が何よりも好きだった。


前に誰も存在せず、

ひたすらゴールだけが近づいてくる爽快さは、

一等を取った人間にしか分からない喜びだ。


だからこそ僕は自分が持つ短距離走の特性を知りたかった。


内心恐れながら、そして冗談めかしにサクラセンセイに聞いてみた。


「サクラセンセイ。僕、短距離走でオリンピックに出たいのですが……」


センセイは一瞬驚いた顔になると、

すぐ悲しそうな笑顔になり、


「あなたの短距離走の才能は県内ベスト8どまり。とてもオリンピックにいけるレベルではありません」


容赦ない一言だった。


「ああ、やっぱりそうか」


分かっていたものの、サクラセンセイにそう言われ、

僕は堪えきれず涙が止まらなくなってしまった。


でもサクラセンセイは優しく僕の肩を叩くと前時代の話を教えてくれた。


「私達AIが生まれる以前のことです。人間の内、ほとんどは自分の特性を見つけられず人生を終えてしまう者が大半でした。受かりもしない弁護士試験を受け続け一生を棒に振ってしまった人。辛いパワハラやサラリーマン営業に耐えられず自殺してしまった人。才能も無いのにお笑い芸人を続けた人。いつの日かのデビューを信じ誰も読みもしない小説を書き続けた人。彼らの大半は貧しさに苦しみ、他者の幸運を羨み、人生を呪いながら死んでいきました」


サクラセンセイは大きく頷くとさらに話を続ける。


「そうならないためにも、自分の特性を知っておくことは大切なのです。あなたにはぜひとも幸せになってほしい。あなたには、短距離走の特性は無いけれど、『食器の修理』と『昆虫の味を知る』特性はあるのですから」


僕はサクラセンセイの言葉を黙って聞いていた。


そして帰り際、サクラセンセイは僕にこうアドバイスしてくれた。


「大切なのは身の丈を知ることです」


そうか、そうだよな。


僕はその日から、

「身の丈を知らないと『徒労』で人生を終えてしまう」


このことを何度も心の中で自分に言い聞かせることにしたのだ。


言ってみれば15歳とは、大人になるための階段の第一歩。


いつまでも夢をみるなど幼い子どもがすることだ。


時間はかかったけれども、

繰り返し繰り返し、何度も何度も頭の中で反芻することで、

僕は何とか「陸上の夢」を諦める事に成功した。


そう、あの時のサクラセンセイの進路面談があったからこそ、

僕は自分の現実と身の丈を知ることが出来たのだ。


だからいつまでも大人になれず「夢」なんて幼いことを言ってるプリオを見ると、

ついイライラしてしまうのだ。


そうだ、そうだ。


僕には僕の悩みがある。


プリオのことなんてどうでもいい。


僕はノートと教科書を鞄に入れ、帰りの準備をはじめることにした。




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