いつもどこかだれか
i-トーマ
帰り道
なんでこんなことになったの?
あのときほんのちょっと目があった。それだけだったのに。
早くしないと……。
「そういえばさ、最近、ほのかちゃん、明るくなったよね」
みのりちゃんがそう言った。三年生から四年生になって、それまでおとなしかったほのかちゃんが、明るい性格になってた。前はひとりで本を読んでることが多かったのに、最近はみんなと一緒に遊んだりしてる。
そのほのかちゃんは、教室の反対側で友だちと話していた。
「おっちょこちょいにもなったけどね」
わたしも言った。ときどき、前にした約束を忘れてたりするから。
チャイムが鳴って、先生が入ってきた。次は算数だったかな。めんどくさいなあ。
帰り道、みのりちゃんと一緒に歩いてたら、ゴミ置き場の横にフタの開いたダンボール箱が一つ置いてあるのに気づいた。ほかのゴミとちょっと離れてたから、気になった。みのりちゃんは昨日のアニメの話をするのに夢中で気づいてないみたい。
その横を通りすぎるときに、なんとなく中を見てみた。
そこには、子犬がいた。
(捨て犬かな。初めて見た)
犬の種類まではわからなかったけど、モコモコしていてかわいい。わたしに気づいて見上げる顔がさみしそう。
でもうちはマンションだし、動物は飼えない。かわいそうだけど、そのまま通りすぎる。
「あかりちゃん、どうしたの?」
みのりちゃんが聞いてきた。
「さっき、子犬が捨てられてたの」
「ホント? どこどこ?」
みのりちゃんが道を戻っていく。
「どこ? なんもいないよ?」
「そこのダンボールだよ」
「どこ?」
みのりちゃんはダンボール箱をのぞき込んでいた。わたしも中を見た。
そこには何もいなかった。
「さっきまでいたのに」
「逃げちゃったのかな?」
みのりちゃんはそう言って帰り道に戻った。
わたしはもう一回ダンボール箱を見た。そこに何もないのが不自然に感じていた。
そのうちみのりちゃんと別れて、一人で家に帰った。マンションの入口に入るとき、なんとなく気になって後ろを振り返った。
別に何もなかった。
エレベーターが上に向かって動いてたから、家のある三階まで階段を走って上がった。
家のドアを開けるときに、もう一回周りを見たけど、やっぱり何もない。
「ただいまぁ」
そう言いながらドアを開けた。
次の日の登校のとき、家をでるのがちょっと遅れて急いでいた。ゴミ置き場のところを通りすぎるとき、昨日のことを思い出した。でも、もうダンボール箱もなくなっていた。
道の反対側に渡るときに後ろを見た。
(あれ? ワンちゃん?)
電信柱のところに、昨日の子犬がいた気がしたんだけど、すぐに見えなくなった。
(気のせい……?)
気にしすぎかな。わたしは遅刻しないように、急ぎ足で学校に向かった。
「あれ、あかりちゃん、パン食べないの?」
給食の時間、みのりちゃんがわたしに言った。わたしはなんとなく食欲がなくて、パンは持って帰ることにした。
帰り道、なんとなく気になったときに試しに振り返ってみたら、やっぱりいた。
あの子犬だ。
こんどは目をはなさないようにして、近づいてみた。
手をのばせばとどくところで、子犬は座って上目づかいに見上げていた。
(さみしそう。誰かが拾ってくれたわけじゃなかったんだ)
そうだ、おなかすいてるかもしれないから、パンをあげよう。
わたしはランドセルから給食のパンを出して、子犬の前においてみた。
子犬はすぐにそれを食べはじめた。
「でも
わたしはそう言って、パンを食べている子犬をのこして帰った。
途中で振り返ってみたら、まだパンを食べていた。だれかいい人が拾ってくれないかな。
「今日もパン持って帰るの?」
「うん、ちょっとね」
昨日みたいにまた子犬がいるかもしれないから、持って帰るつもりだった。
「もしかしてワンちゃんにあげてるの?」
「……うん」
「あたしもあげたい!」
「犬飼ってるの?」
そう声をかけてきたのは、ほのかちゃんだった。
「ううん、捨てられてたの。たまに見かけるから」
「もしかして、モコモコした子犬?」
「うん、多分そう」
ふうん、って言って、ほのかちゃんはちょっと考えていた。
「じゃあ、アドバイスするとね、まずは相手をよく観察すること。あとはバレないように、離れたところの方がいいよ。バレると死んじゃうらしいから」
「う……うん? ありがとう」
正直、よくわからなかったけど、覚えておいたほうがいいのかな。
教室から出るとき、
「時間は長くないかもしれないから、急いだほうがいいよ」
ほのかちゃんが最後にそう言った意味は、さらにわからなかった。
帰り道、みのりちゃんといっしょに子犬をさがしながら帰った。
「どこかな?」
「いつもはこの辺で……」
そう言って振り向くと、いた。
わたしは近づいてパンをあげた。みのりちゃんは来ないのかと見たら、離れたところから見ているだけだった。
わたしはほのかちゃんの言うとおり、よく見てみた。モコモコしてて耳が垂れてて、悪いことしたときみたいな目で上目づかいにわたしを見ている。バレたら死んじゃうって、ほけんじょ? とかいうところに連れてかれちゃうとか、そういうことかな?
子犬はパンをくわえてどこかへ去っていった。
わたしがみのりちゃんのところにもどったら、みのりちゃんはとてもおどろいた顔をしていた。
「あかりちゃん、いまのなに?」
「え? ワンちゃんだよ」
「ホントにワンちゃん? だっていまの」
みのりちゃんは泣きそうな顔で言った。
「顔が人みたいだったよ」
夜、部屋で宿題してたけど、みのりちゃんの言葉が気になってぜんぜんすすまなかった。
あれはどう見ても子犬だし、人の顔になんて見えなかった。どういうことなんだろう。
野良犬にエサをあげちゃダメって言うし、もうあげない方がいいのかなぁ。
そのとき、わたしはなんとなく外が気になった。呼ばれたような気がした。
わたしはそっとカーテンをつまんで、少しだけスキマを開けて外を見てみた。
そこはただ暗い影がつらなっているだけで、なにも見えなかった。
今日は委員会があって、少し帰りが遅くなった。
夕暮れの道を一人歩く。
少しずつ暗くなっていく空を見上げると、逆に帰り道がうっすらと闇に沈んでいくような感じがした。向こうの曲がり角にだれかが立っていても、だれだか見分けがつかないだろう。
(こういうの、
たしか、国語の授業で出てきた気がする。
暗くなる前に帰らなきゃ。
そう思ったとき、道の暗がりになにかがいるのに気づいた。
(あっ……ワンちゃんか。びっくりした)
あの子犬がそっと座っていた。
わたしは子犬の前にしゃがんで、話しかけた。
「もうパンは持ってないんだよ。ごめんね」
子犬にそれが伝わったのか、子犬はいつものさみしそうな目で近づいてきた。わたしのひざの辺りのにおいを嗅いでいる。
「
そう言ったとき、声が聞こえた。
『大丈夫。あなたと変わるから』
「えっ?」
目の前の子犬の口が大きく開き、わたしを飲みこもうとしていた。
わたしはせまってくるその闇を、ただ見ていることしかできなかった。
どれくらい寝ていただろう、気がついたのは、道路の上だった。
目を開けても、周りがぼんやりとしか見えない。
(暗い……。それに、体を動かすのが重い)
起きあがろうとしても、うまく体が動かなかった。
「できた……。できたできた!」
近くで、女の子の声が聞こえる。なんだか聞いたことのある声だ。
「あかりちゃん?」
わたしの名前を呼ぶ。でも、わたしはそれに答えられなかった。声がうまく出てこなかった。
「私が、あかりちゃん?」
どういうこと? 意味の分からない言葉に、なんとか顔をあげてそっちを見た。
そこにはわたしがいた。
わけが分からなかった。
「あ、あかりちゃん?」
目の前のわたしが、わたしに話しかけていた。
「ごめんね、あかりちゃん。苦しいでしょ? 分かるよ、私もそうだったから」
目の前のわたしが、わたしに似た声でしゃべる。
「でももう行かなくちゃ」
わたしは立ち上がって、わたしを見下ろす。
大きい。
いや、わたしが小さい……。
わたしは、子犬になっていた。
「あかりちゃんも、頑張って誰かを探してね。あかりちゃんの人生は、私が責任を持ってやってあげるからね」
なにを言っているんだろう、わたしは。わたしの人生は、わたしのものでしょ?
「急いだ方がいいよ。その体、病気にかかってるみたいで、いつ死ぬかわかんないから」
そう言って、わたしは歩いていった。
わたしだけ残された。
わたしがわたしになったら、わたしはどうすればいいの?
わたしは……いったいだれなの?
結局わかったことは、わたしと子犬が、入れかわってしまったということ。
子犬はいままで、わたしと入れかわるために、入れかわったわたしで生活するために、わたしのことをずっと観察していたんだ。
わたしの後ろにずっとついて来て。
ずっとわたしを。
見ていたんだ。
そして入れかわったんだ。
わたしが別人に入れかわったことを、だれも疑わないだろう。
次はわたしの番だ。
この子犬の体は苦しい。ケガなのか病気なのか、それとも別になにかあるのか。早くだれかと入れかわらないと、すぐに死んでしまうかもしれない。急がないと。
でも、バレても死ぬのかもしれない。
できれば遠く、知らないところで、よく見て、観察して。
よく見て。
よく見て。
よく見て。
入れかわる。
早くしないと。
死んでしまう前に、だれかと。
いつもどこかだれか i-トーマ @i-toma
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