第230話 新領地の構想

───ネストブルク。

かつて帝国と争い、エリーの命が奪われた場所。あの時のことを思い出すだけで胸が締め付けられた。


「──ここ、領地の大半は荒れ地だし、戦場だったところよ?」


「もう、帝国と王国が争うことはないから今後戦場になることはないさ。

むしろ俺が領地にすることで二度とそんなことにはさせない。」


そう力強くエリックは言った。

そうか。二度とそんなことにはならないのね。エリーが命を散らしたあの地を、わたし達は領地として守っていく。

二度と戦争が行われないように。


「それに俺、やってみたいことがあるんだ。」


「やってみたいこと?」


「そう、毎日がお祭りみたいな街を作ってみたい。

街中歌と音楽が溢れて、街を歩けば至るところに面白い大道芸人がいる。

世界中から一流の芸団を集めて、楽しい公演がいくつも観られる劇場もある。

そんな現実から離れて夢のような時間を過ごせる都市を一から造ってみたいんだ。

だけどそんな都市を本気で造ろうとしたら、家や建物、森や畑を潰さなくてはいけないだろ。誰にも迷惑かけないで実現しようと思ったらネストブルクが一番最適だったんだ・・・。」


「・・・素敵。」


「え?」


「エリック、とっても素敵よ!

都市全体が娯楽施設なのね!

子供も大人も、平民も貴族も楽しめる街、そんなところどこにもないわ!」


前世でもそんな感じの都市がアメリカにあった気がする。

毎晩花火が上がって、幻想的な噴水があったりして。

そんな都市がこの世界でも実現するだなんて!


「え?マリー、本気で言ってる?」


「え?嘘だったの?」


「あ、いや、そんなの現実的じゃないって反対されるかと・・・。」


「反対なんかしないわ。

わたしはいつでもエリックのこと応援してるもの。」


って言ったら、エリックの目がこれでもかってくらい大きく見開かれていって。


「ああっ!マリー!!」


顔をガシッと掴まえられてちゅっちゅちゅっちゅと物凄い勢いのキスが顔中に降ってきた。


「んーーーーー!!」


顔は固定されてるし、目は開けらんないし、何だか恥ずかしいし。

身悶えしながらも何とかエリックをなだめてそのしつこいキス攻撃を止めさせた。

もともとキス魔だと思ってたけど、どうやらエリックは感情が昂ぶるとそれが一層激しくなるらしい。


 それからはどんな街を造るか二人で話し合った。


「世界中から芸団を集めるんだ。この世界には凄技を持つ芸団がたくさんあるんだぜ。

火のついた棒を振り回しながら踊る芸団や、天井から吊り下げられたブランコで空中を飛んだりする芸団、柔軟な体を使って人間離れした技を見せる芸団もある。

その人達をスカウトして毎日公演するんだ。

ああ、マリーに早く見せたいな。」


少年のように瞳を輝かせて語るエリック。初めて見せるその表情にこの人の新たな一面を垣間見た気がした。


「ふふ、楽しみね。それで他には?」


「そうだな。大きな高級ホテルを建てて、毎晩ダンスパーティーを開催するんだ。だけど貴族のお堅い舞踏会みたいな感じじゃなくて、ドレスアップした人なら誰でも参加できるようなダンスパーティーにしたい。その場所だけは貴族だとか平民だとか関係なく楽しめる空間にしたいんだ。

他にもカードゲームやビリヤードを楽しめる施設も造る。」


「素敵ね。わたしはそのホテルの隣に結婚式のための神殿を建てるわ。

そして披露宴はそのホテルでやるの。」


「それいいな。」


「でしょ。」


「劇場も建てて、そうだな、美術館や大規模商業施設も建てる。」


「夢が広がるわね。とても楽しみだわ。」


「でも問題は水源をどっから確保するかなんだよなぁ。」


そう、ネストブルクは古井戸が点在してるから昔は水資源があった痕跡はある。

だけど今は古井戸も枯れ果て、ネストブルク一帯は荒野となっていた。


「ちょっと待って。」


わたしはその地に本当に水資源がないのか、確かめてみることにした。

軽く目を閉じて手のひらを上に向ける。

意識を集中させてネストブルク全体を見た。


荒野の周囲には山や森林もあり、忘れ去られたようにぽっかりと荒野が広がる。水資源がないことのほうが不思議に思えるくらいで、わたしは水脈を探して地下のほうまで探ってみた。


あった!古井戸があった位置を避けるように、地中には水の流れが確かにあった。


「エリック、ネストブルクにも水はあるわ。昔と比べて地下の水脈の流れが変わったみたい。少し深い位置まで掘ってみるといいと思うわ。」


「本当か!地質調査と掘削の人夫を手配しないとな!これから忙しくなるぞ!」


「ええ。建築や設計、都市計画の専門家、呼び寄せる芸団や商人。一から都市を造るって大変よ。」


「ああ、俺頑張るよ。」


そう言いながらエリックは嬉しそうに頬にキスをしてきた。

すると後ろから人の気配がした。


「そこには、音楽団は必要ないかね。」


「ピアニストも必要ないかしら?」


そこには、サロンから続く窓を開けて佇むお父様とお母様がいた。


「お父様!お母様!いつからそこに?」


「毎日がお祭りみたいな街を造りたいってところからだな。」


それはかなり最初のほうから聞かれているではないか。もしかしてあの恥ずかしいキスの嵐を見られて・・・。


「大丈夫よ。婚姻前の男女のスキンシップとしては許せる範囲のキスだったわ。」


見られてるやんけ。


「親としては夜中に二人きりで会うとなるとどうしても邪魔をしたくなるものだよ。で、どうかな?音楽団は必要ないかな?」


「とんでもない!しかし宮廷音楽団の団長とピアニストを引き抜くのは・・・。」


「そろそろその座をフィリップスに譲り渡すことも考えていてね。楽団の付いてきてくれそうな団員を引き抜いて押しかけるよ。そこで自由な音楽活動もいいんじゃないかと思っている。」


「私もそろそろ若手に活躍のチャンスをあげなくちゃ。」


そう言ってわたし達に付いてくる気満々の二人だった。


「有り難い申し出、是非お受けしたいと思います。でもまだ住む屋敷もない状況です。お越し頂くのに数年かかるかと・・・。」


「構わんよ。

エリック殿もこちらに住むところもない状況だろう。

ここを拠点として新しい領地の体勢を整えていくのはどうだろうか。」


「・・・よろしいのですか。」


「我等は家族になるではないか。」


「伯爵!感謝します!」


エリックは帝王という立場を忘れて、お父様に向かって頭を下げた。


そしてわたし達はこの晩、サロンへ移り新しい領地への夢を語り合った。


 翌日、エリックはもらう領地についての返事をするため王城へ立ち寄り、やらなくてはいけない仕上げがあると言って帝国へと帰っていった。

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