A氏の悪い噂

山本清流

 犯人が誰かって、聞かないでくれ

 これは、A氏が小学3年のときの話だ。小学3年のとき、俺はA氏と同じクラスだった。


 A氏は、譲らない性格だった。自分と違うことを主張する人がいると、片っ端から、頭ごなしに否定しようとする。まだ、そのときは子供だったんだから、A氏だけじゃなくて、多くの子供たちもそうだった。互いに、譲らないんだから、喧嘩するしかないよな。A氏は、よく、ほかの子供たちと喧嘩していた。子供同士の喧嘩なんて、たかが知れてる。すぐ仲直りするのがオチだし、でなけりゃ、子供らしくイジメみたいになっていって、先生に介入されて、終わる。


 ほとんどは、その程度のことだった。


 もちろん、イジメは、その程度のこと、と片付けられるものではないけど。しかし、聞いてくれよ。うっかり、その程度のこと、なんて言いたくなったのにも、わけがあるんだ。


 あれは、たしか小学3年の夏のことだった。そのときの喧嘩はいつものとは違った。原因がなんだったのかはよく覚えていないが、ほんの些細なきっかけだったんだろうと思う。A氏は、ある男の子と何日もの間、口喧嘩を続けて、だんだん手も出るようになってきた。もちろん、先生には見られないところで殴り合っていたけれどね。いっこうに仲直りする気配がなかった。


 やけに真剣な喧嘩だったわけだ。これは延々と続くんだろう、とクラスの子たちは考えていた。


 ところがどっこい、その喧嘩はある日を境に消えた。きれいさっぱりな。仲直りをしたわけじゃない。A氏と喧嘩をしていた相手の男の子が死んだんだ。


 火事で焼け死んだ。ある金曜日の夜、その男の子の木造一軒家が火に包まれて、家族もろとも、一軒家は燃え尽きた。当時、家の中にいた人は全員、助からなかったよ。放火だった。


 妙なのは、その現場に、A氏がいたことだ。俺は偶然、塾の帰りにその火災現場に遭遇したのだが、その野次馬の中に、A氏がいた。わくわくするものでも見るような視線を向けて、家が燃えていく様子を見つめていた。


 ぞっとしたよ。よく言うだろ。放火犯は現場に戻ってくるって。犯人が誰かって、聞かないでくれ。実際のところ、その放火事件の犯人はいまだに捕まってないんだから。憶測で語るのはよくないだろう?


 俺の口で言えることがあるとすれば、あとひとつだけ。その男の子が火事で焼け死んだ翌週の月曜日、A氏は学校にやってくると、男の子の空いた席にすがりつきながら、泣き崩れた。喧嘩なんてしなければよかった、と喚いていた。俺は正直、思ったよ。穿った見方かもしれないけど。


 なんで、家事の現場で、それをやらなかったんだ? ってね。

 

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