怖い日記

山本清流

 影がひとつ多い

 今日は、僕の誕生日だった。パパが大きなチョコのホールケーキを買ってきてくれて、ママと妹も合わせてみんなで食べた。家族は四人しかいないから、ひとり、四分の一も食べれた。それだけでお腹はいっぱい。


 ケーキは美味しかった。僕は、すっかり、街角にある、あの『レインボースライド』というケーキ屋さんのケーキを食べたくて仕方がなくなっていたんだ。ようやく、そこのケーキを食べることができた。もともとチョコケーキが好きなんだけど、今日食べたケーキは、ちょうど、僕の好みの味だった。


 チョコレートクリームの冷たくて柔らかい舌触りが、いまも忘れられないよ。


 でも、四分の一に切り分けられたチョコレートケーキを食べている間、僕の頭にあったのは、そのケーキの美味しさだけじゃなかった。僕の頭にはどっしりと重い腰を落とすようにして、ある光景が浮かんでいた。


 それは誕生日会の楽し気な光景とは違った。まるで、楽し気な誕生日会にそうっと黒くて醜い手が伸びてくるような、そんな悪いことの予兆のような光景だった。


 僕は、その光景を何度も頭の外に押し出そうとした。それが無理だと気づいたのは、チョコレートケーキを半分ほど食べたときだった。その恐ろしさは時間が経つごとに大きくなっていった。こんなに幸せな夜に限って、やめてほしいと思ったよ、正直。でも、消えなかった。


「どうしたの? もう、お腹いっぱいになっちゃったの?」って、ママに声をかけられたときには、フォークを動かす僕の手は止まっていた。僕は、慌てて、「ううん、まだまだ足りない」とママに笑いかけて、フォークをケーキに突き刺した。


 僕の頭には、恐ろしい光景が佇んだままだった。それはチョコレートケーキを食べはじめる前の光景だった。テーブルにホールケーキが置かれ、その上には10本のろうそくが並んで、ゆらゆらと火が揺れていた。ママが室内の電気を消して、部屋がろうそくの明かりで包まれたとき、僕は、さっそく、ろうそくの火を噴き消そうと前屈みになった。


 そのときのこと。ろうそくの火を噴き消す直前に、僕は見た。


 ろうそくの明かりを受けて、目の前にいるパパと妹の影が後ろの壁に大きく歪んで浮かび上がっていた。ひとつ、多かった。目の前には、パパと妹しかいないのに、その後ろの壁には、ひとつ、ふたつ、みっつ、大きな影が浮かび上がっていた。


 ちょうど、パパと妹の間に、ひとつ、多い。


 僕は、その光景をそれ以上見たくなくて、急いで、ろうそくの火を噴き消した。あの影はいったい、誰のものだったんだろう。誰のものかわからない影がゆらゆらと揺れる光景が、僕の頭から離れない。

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