6-05 思いがけない過去との遭遇からの、でもそんなこと関係ない。

6-05 思いがけない過去との遭遇からの、でもそんなこと関係ない。



「あっ、申し訳ありません。その、ちょっと知人に似てたものですから…」


 つい言ってしまった。というようなしぐさでテレーザ嬢は優雅に頭を下げた。

 その優雅さはまさに天然。生まれたときからやってないと身につかないよね。全く勝てる気がしない。

 俺は養殖だからな。いや、むしろ促成栽培か?


「同席してもよろしいでしょうか?」


「もちろん構わないわ」


 答えたのは当然マチルダさんだ。この席で一番偉い人だから彼女が応えるのが順当だろう。


 テレーザ嬢はその返事を受け、優雅なしぐさで腰掛けながら俺にとびきりの笑顔をくれる。

 俺は顔に嫌気が出そうになるのを我慢しながらやはり自然に笑って見せる。


 なんというか帝国の人は例外無く悪臭が漂っているんだよね。

 民族的な思想の所為か、誰もかれもゆがみを抱え込んでいる。

 邪壊思念のもとの気配がする。


 だが救いようがないほど臭いわけではないし、しかも大国の要人だ。簡単にぶった切るわけにもいかない。

 つらいところだ。


「ところでテレーザ殿、先ほど知人に似ている…とおっしゃってましたが?」


「はい、わたくしの婚約者であるアレフレイディアさまとディア様はよく似ておいでです。それはもうそっくり」


 ふむ、アレフ…なんちゃら? なんだろ、どこかで聞いたかな? 確か公爵家の何とか?

 いや、それはそれとして『アレフ』と『ディアなんちゃら』では似ても似つかない感じが…


「はい、実はアレフ様にはお兄様がおいでになりまして、この方はなくなってしまわれたんですけど、ちょうどディア様と同じ髪の色をしていらっしゃるから…

 まるでディアストラ様が帰ってきたような…そんな錯覚を。

 申し訳ありません。私たち仲が良かったんですよ」


「へー、幼馴染というやつですか」


「はい、他にも仲の良い友達はおりました。

 今も元気でいるものもありますが、亡くなったものもあります。

 早く魔物に苦しめられない世界になればいいのに…そう思いますわ」


 そのために勇者に期待しているのだ…と言いつつテレーザ嬢は思い出話を語りだした。

 どんな友達がいて、どんなことがあったか。


 そのディアストラの母親の容姿とか、優しさとか。それはたくさん話してくれた。というか話しまくった。

 そしてその都度俺の方を観察している気配がある。


 その理由は推測だがなんとなくわかった。


 彼女の話の情景が、俺の遠い記憶の情景にぴったりはまるものがあるのだ。

 上月龍三郎の記憶が戻ってから俺はどちらかというと龍三郎でこの世界で生きてきた自分の記憶はいくつかの情景や人のイメージでしかない。

 だが話を聞くと覚えがあるような気がするし、彼女の持っていた絵姿を見ると記憶の中の人間と似ているように思える。


 気のせいということはないだろう。


 となると、俺の前身はその帝国のディアストラというのと何かかかわりがあるのではないか…というか俺が覚えていた自分の名前がディアだからな。

 普通に考えれば俺が本人か?


「ということはそのディアストラ氏は魔物の犠牲に?」


「はい、いえ」


 どっちだよとかは言わないよ。


「出かけた先で行方が…その場の状況から魔物に襲われたのであろうと…」


 それが本当のことだ…と考えるのは無理があるな。

 どうもこの人、情報を小出しにして俺の反応を観察みているっぽい。

 つまり彼女も俺がその『ディアストラ』である可能性を否定も肯定もできていないということではないだろうか…

 フウム。


「子供のころの楽しい思い出ですか…

 どんな形であれそれがあるというのはいいですね。

 きっとそのディアストラ君も覚えていてもらえれば幸せだと思いますよ」


「そうでしょうか?」


「ええ、そうですとも。

 私など昔の記憶がないものですから…」


「え!?」


 うん、食いついた食いついた。


「いや、実は大けがをして倒れている所を今の両親に助けられまして、それ以前のことはさっぱり…」


「それって何年前の…」


「五年ぐらいですかね? いや、もうちょっと七、八年? いや、あの頃のことは記憶があいまいで…」


 攪乱情報だ。


「全く何も覚えていないのですか?」


「あー…そうですね…うーん…あれは何と言ったか…そう。ろーでぃぬす…という言葉を覚えてますね…何のことかをわからないんですけど…」


「そっ、そうですか…そうなんですね」


 テレーザ嬢の顔色がかすかに変わったように見えた。

 どうやら彼女はあのいかれた魔導学者を知っているらしい。


「何かご存じですか?」


「いえ、残念ながら」


 さすが、揺らいだのは一瞬だ。

 完全に立て直したね。一瞬で。


 王国の貴族っていうのは結構のんびりしているのが多くて、腹芸は使えどもあまり水面下での丁々発止のやり取りっていうのはしないんだけど、帝国の貴族はかなり面の皮が厚いみたいだ。

 鉄面皮帝国。


 その後は話が変わって王都の話や、これからの式典の話などに終始して、意味深な話が出ることはなかった。

 蒸気機関のアイディアを出したというところで驚かれたぐらいか。


 それと帝国の貴族はどうも獣人や妖精族に何か思うところがあるみたいだな。選民意識が強い国だということは知っていたが、どうも本気で蔑んでいるようだ。


 テレーザ嬢はともかく一緒にきているルーベルトなどは態度の端々に出ている。

 一応隠す気はあるみたいだが、完全に漏れているな。これはたぶんおバカなせいだ。


 ちなみに帝国の貴族で同乗しているのは上級貴族のテレーザとユルゲンス侯爵公子ルーベルトの二人だけ。


 かなり差別意識の強いやつだが…


 まあ、こいつを抑えられるのはテレーザだけみたいだから、置いてくるよりはましな選択だろう。

 ただこいつはかなり臭いからできれば殺したい。


 《今は無理でありましょうな》


 だよねー。


 《にしてもマスターの前身が判明したのは僥倖でありますな、帝国の貴族であるとは思わなかったでありますが…》


 モース君そんなのに興味があったの? いやいや、別に知りたかったらメイヤ様に聞けば教えてくれたよたぶん。興味がなかったから聞かなかっただけ。


 《興味がなかったでありますか?》


 なかったねえ、俺は上月龍三郎➡ディア・ナガンという感じで自分を認識していたからそれ以前のことは気にも留めていなかったよな。

 でも考えてみれば普通の人間なら気になるか。

 うん、ちょっとうかつだった。


 まあ拾ってくれたのが脳筋な人達で実によかったな。でなかったら不自然さが出たかもしれない。


《しかしもうここまでくれば大丈夫でありますな》


 そだね。


 お茶を飲みながらマチルダさん、テレーザとあたりさわりのない会話をして、裏側でモース君と話をする。

 同時にサリアの動向も監視する。

 われながらなかなかすごいマルチタスクだ。


 サリアはというとマルディオン王子との話が終わったようでこちらに歩いてくる。


「まとまった?」


「はい、帰れるのであればいつ帰っても構わないと、許可をいただきました」


 なるほどそう来たか。

 どうもマディオン王子はサリアのことをなめてるよね。


「しかし、人に迷惑をかけるものではないよ。次の停車駅もこの機関車の到着で大騒ぎであろうしね」


 そう言ったのは後ろからやってきたマディオン王子だ。


「あらあら、となると今度の停車でもアウシールに帰る馬車などは難しそうね」


「まあ、そうなりますね。まさか王女たるものが普通の商人と同行するなど許されようはずもない。

 それは護衛役のディア殿も承知しておられよう?」


「ええ、もちろん。さすがに王女殿下を普通のキャラバンに紛れ込ませるのは無理がありますよね。それは誰にとっても迷惑でしょう」


 高貴な人というのは誰から見ても高貴な人と分かるように行動しないといろいろ迷惑になる。

 一般人のふりをして歩いていたらうっかり誰かと肩がぶつかって、そしたら打ち首! とかやっていたら王家の信頼も何もあったもんじゃない。


 高貴な人の安全は常に最大限確保されなくてはならない。普通の時はね。

 王国は上に立つものが戦うというのが当たり前だから、戦場で命を落とした王族ってのも多いんだけどね。こちらはどうしようもないと考えている。それは崇高な義務なのだ。


「でも人に迷惑をかけずに、しかも安全に帰る手段があればいいんですよね」


「あればね」


 サリアの確認に自信満々で答える王子。それってまんまとはめられているよ。


「というわけでマチルダおば様、そろそろお暇致しますね」


「そう、残念ね、でも学生は勉強が第一ですものね。まあサリアに必要かは別にして」


 ひどいです。とか言いながらサリアは周りの人たちに挨拶をしていく。

 それを不思議そうに見ている王子殿下。

 うん、知らなかったんだね。というか知っている奴の方が少ないからね。


「じゃあディア兄さま。いきましょう」


 サ…何を言って…


 とかうろたえている殿下をしり目に俺も周りの人達に挨拶をしていく。

 特にテレーザ嬢にはにこやかに。


 挨拶が終わるとサリアが俺の方に走ってきて、とんと飛び上がる。

 俺はサリアの足を手で受けてそのまま上に放ってやる。


 サリアは高く高く飛びあがり、落ちて…来ることなくそのまま空中にとどまった。


 重力制御式の飛行魔法。【グラビットドライブ】


 サリアはまだ子供だったからね、この世界の常識的な世界観が身につく前におれが科学常識とか、そして物理法則とか教えたらなじんじゃったんよ。

 その結果、サリアだけが使えるようになった古代魔法。


 サリアは杖を持たずに腰にベルトのように魔法の発動体を装備しているのでちょっと見魔法の上級者には見えないんだけど、たぶんサリア以上の魔法使いは王国にはいないと思う。

 ほかは知らん。


「ではお兄様、お帰りをお待ちしておりますわ~」


 そういうとサリアはそのまま加速してアウシールの方向に飛んでいく。

 俺も一礼して空に向けて落下し、加速して後を追う。


 王子はあんぐり口を開けていたが、マチルダさんは苦笑していた。

 後はマチルダさんに任せよう。


 機関車の上で数時間過ごしたから距離的には一五〇kmぐらいだ。サリアの飛行速度でも二時間はかからない距離だ。

 のんびり行くことにする。

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