5-32 迷宮探索④ 迷宮に潜むもの
5-32 迷宮探索④ 迷宮に潜むもの
「ぎゃーっ」
「人殺しーっ」
「たしけてー!」
突然聞こえた声に俺達は顔を見合わせた。
振り向けば御柱(おんばしら)の二層出口からわらわらと人が飛び出してくる。人影を見る限り下から来ていて、この階層を無視して上に逃げる者も多々見受けられた。
これから恐竜狩りだぞ~と言うので気合いを入れていたところに出鼻をくじかれた感じになったがさすがにこの騒ぎは見過ごせない。
出口周辺は一先ず安全が確保できたと思った人達が死屍累々と転がっている。
他にも隅っこに寄ってしきりに周囲を気にしている人や、腰の剣の柄を握って不安げにしている人もいる。
軽くパニックだ。
そんな人達の中にあってルトナとクレオは既に臨戦態勢だった。泰然とした様子で出口に歩いて行くが雰囲気は完全に戦闘モード。
「まったく人殺しぐらいで逃げ出すとか、それでも冒険者かしら」
「まったくです。せっかく斬り合いができるのに」
なんて残念な美少女達だろう。
「ほら、しゃっきりしなさい」
ルトナは近くで座り込んでいる若い男の襟首を捕まえて顔を上げさせる。
制服を着ているところを見ると学生のようだ。
この迷宮で学生と言えばキハール学園の生徒に違いない。
彼等は四層のアンデットを使って魔法の腕を磨くという事をするのだったなと、なんとなく思い出した。
「何があったの? キリキリ喋りなさい」
まったく容赦がない。
だがこの場合は逆に効果的で、いきなり現れた飛びきりの美女にその学生はあたまに血が上ったらしく、ぽーっとしてしどろもどろながら質問に答えていく。
彼の話によると、彼等はいつものようにゾンビやレイス相手に魔法の修行をしていたらしい。
この迷宮は親切設計で四階層までは中央の御柱内部の階段で直通で行ける。
冒険者は自分の目的に合った階層に行って狩りをし、または戦いを求めると言うことができるのだ。
当然下の階層の方が魔物が強いのだが、相性というものもある。
四階層のアンデット軍団は物理に対しては無敵だが魔法には弱く。魔法の修行をするにはもってこいの魔物だった。
だから学生もよく出入りする。
今日も彼等は修行のために四階層に行って、さあ、やるぞと勢い込んでいたら冒険者風の男達に襲われた。
「なんで『風』なんだ?」
「一応格好は冒険者みたいなんだけど、ものすごくいやらしい感じで、むしろ盗賊みたいな…
しかもそいつらを従えていたのが凄く可愛いふわふわの女の子だったんだ。
ちくしょう!」
「だから何?」
美少女が~、あんな~とか言っているが意味が分からん。取りあえずハリセンで殴っておこう。
でその冒険者風やくざものは四層の広間の中をにやつきながら歩き回り、そしてあるときを境に周辺の人間を襲い始めた。
その美少女の指示だったらしい。
だが彼等とて学園の生徒。魔法戦術学園というのは魔法を使った戦闘技能をたたき込む学校で、行ってみれば彼等は戦闘のエリートだ。
そう簡単にやられはしない。となれば良かったんだが…
「でもあいつら結構手練れで、一人、また一人と…すっげー楽しそうに人を殺すんだ…あんな奴らがいるなんて…」
そして彼も危ないと言うところではあったらしい。だがそこで助けが来た。
「そっちも凄い美少女で! 黒髪で清楚で…すっごいきれいな娘なんだ」
興奮して手を振る少年。
「うーん、どうもこの子はあたまが思春期の人のようだ」
「あー、ダメダメだね。童貞は…」
少年は『あうっ』といって胸を押さえた。
図星のようだった。
多分もう10代後半だぞ、こんな世界で二十歳近くで経験無しとか言ったら笑われるぞ。
娼婦とか居るんだからやっとけよ。
俺が詳しいのであれば良いお店でも紹介してやろう、と言う話になるところなのだが、俺はルトナの所為でそういうところに行ったことがない。
俺のハーレムを作ろうとか主張するのにプロの女性はダメなんだそうだ。
だから自分で探してください。
「さて、放ってもおけない、行ってみようか」
「うん」
まだフフル達との合流ができていないのだが…どうしようかな…
何処に行ってるんだろう。
そんな事を考えながら中央の御柱に戻り、大急ぎで下の階層に向かう。
既に逃げてくる者は逃げつくしたようで、階段は閑散としていた。
何人かギルドの職員らしき人が出口の所で安全確保をしているぐらいだ。
「おい、とまれ、ここはいま通行禁止だ!」
「緊急事態なのはわかっているわ、わたしは…あれ?」
ルトナがまじめに職員さんを説得しようとしている脇から俺は睡眠の魔法を使って職員の意識を飛ばさせてもらう。
それを見て後二人ほど職員が走ってくるがこちらも同様に。
悪いけど少しの間だけ寝ててくださいな。
「このほうが手間がない」
俺はそのままルトナの手を引き、職員の前を走り抜ける。クレオも当然のように付いてくる。
魔法は五分もすれば解けるでしょう。
少し離れたのを確認して。
「先に行くね」
と言うが早いかルトナがかけだした。
本当に跳ぶように。
例えば階段から傾斜を取り除き、坂道に見立ててそこを数mのストライドで走り抜けるように進んでいく。一般人には怖くてできない走り方だ。
「うーん、むちゃくちゃ速い」
いろいろ自分自身が変な風に強化されている俺の方が身体機能は高いはずなのだが、これは俺には出来ない。
いかに身体能力が高くても、達人の極めた技というのは別格だ。
「おいていかれます」
クレオが悲鳴を上げ、全力で追いかける。こちらは普通に階段を駆け下りている。
さて、ルトナを一人で突っ込ませるわけにはいかないので俺もズルをしよう。
飛行魔法を起動し、螺旋状の階段の縁に支点をおき、そのまま一気に加速する。
チューブを滑り降りるような感じだ。
「あーっ!」
たちまち追い抜かれたクレオの悲鳴を後に聞いて、でもかまわずに加速する。
後には危険はないからいいのだ。
あっという間にルトナに追いつく…かと思ったら追いついたのはほぼ四階層というところだった。
速すぎるだろう。
そして出口の手前、踊り場に付いたあたりから声が聞こえてきた。
「ほらほら諦めな、お前らの負けだよ!」
悪役っぽい台詞が聞こえてくる。
しかし、すわ敵か! とはならない。よく知っている声だから。
俺はルトナと顔を見合わせた。ルトナは楽しそうに笑って、俺は多分苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「おばあちゃんが来ているならもう大丈夫かな?」
さて、それはどうかな。この階層は悪臭がひどすぎる。かなり強力な歪みがあるのだと思う。
油断はできないぞっと。
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