5-30 迷宮探索② ディアちゃん無双。

5-30 迷宮探索② ディアちゃん無双。 



 大量に噴き出す血液に闘滅の剣のメンバーは完全に引いていた。

 ルトナはなれたものだし、クレオはなぜかうっとりしている。

 こっちの方がより心配ではある。


 しかしこの仕留め方が一番効率が良いのだ。

 理屈は簡単。ポンプだったりする。


 吸血蛇君の中に空洞があり、そこをピストンが移動している。

 それによって蛇君の中が真空に近くなり、獲物の血が一気に吸い出されるわけだ。


 蛇君の牙は上下2本ずつ。

 全部が注射針のようになっていて、噛みつくと太い血管を探して位置調整をする。

 全部でなくていいのだ。

 うち何本かが太い血管に刺さればかなり上手に血を抜くことができる。


 抜き取った血は使えるものならそのまま保存するし、使えないのなら首のところにある弁を塞ぎ、ピストン戻して排出してしまえばよい。

 

 獲物が生き物なら一気に血を失ったことでショック死して新鮮なままほぼ無傷で確保できるという状況になる。

 すばらしい。


 しかもこれって針が(牙が)細くて鋭いから毛皮の厚い大型獣にも有効な攻撃方法だ。


 さて、ほぼ即死した一角兎はと言うと吸血蛇君が縮むのに合わせて手元に引き寄せられ、確保される。


「よし」


「わーい、ディアちゃんすごーい。でも、一匹ずつしか獲れないのが欠点だね」


「うーん、それはある」


 欠点と言うにはあたわないかも知れないがさすがに一匹仕留めると傍にいたのは逃げてしまう。まあ一度に複数というのもいけるのだが、確実性を考えるともう少し…

 いや、やり様はあるかな?


「次はもう少し考えてみよう」


 うんそうしよう。


 ◆・◆・◆


 つぎの獲物はブルボアという猪型の魔物だ。

 大きさは地球の猪ほどであまり大きくはないが気性が荒く敵を見るとものすごい勢いで突っ込んでくる。しかも牙が大きく、また刃物のように尖っているのでかなり危険な魔物だ。


 その親子がこちらを睨んでいる。

 そして当然のように突っ込んでくる。

 いや、こようとした。


 親一頭。子供二頭。うり坊だな。

 この猪のお味は豚を野趣あふれる感じにアレンジしたような味で、ショウガ焼きなどには非常に良く合う。


 特にうり坊のお肉は極上と言われ、全体がフィレ肉のような扱いだ。


 対して毛皮は売れない。

 ファッション的な使い方としては美しさを欠くし、手触りも良くない。防具としてはやはり性能に問題がある。

 となるとやはり売れないのだ。


 昔は蓑傘のように使われたらしいが最近は普通の傘が出回るようになってその利用価値が減っている。


 そのためお肉としての価値が一番の価値だ。


 さて、みんなが首をひねり始めた。


 猪が固まったように動かなくなったからだ。


「ああ、アトモスシールドか」


「ルトナにはばれるよね」


 俺がやっているのは猪の周囲にある空気の分子を粒子制御パーティクルで固定し、猪親子を閉じ込めると言う事だ。

 うり坊は可愛いがまあ迷宮にでる魔物である。

 放置しても別の冒険者に狩られるか、逆に冒険者を狩るようになるか。

 その程度の未来しかない。


 だったら美味しく頂こうよ。

 と思う。


 それに動物たちにだってあの世はある。

 人間ほどデーターの蓄積がなっていないが魂は動物にも魔物にも虫けらにだってあるのだ。

 生きては滅び、滅んでは生まれ、データーを蓄積し成長し、何らかの存在ものに進化していく。


『死は幸いなり…いざ幸いの地へ』


 誰にも聞こえないようにそんな言葉を口にする。

 そんな事をしているうちに猪は白目を剥いて泡を吹いていた。

 窒息だ。


 まず意識レベルの下がったうり坊二匹に吸血蛇君を伸ばしてそのまま血抜き。

 二匹の始末が終わった頃に親のブルボアに吸血蛇君を伸ばして確保。


 非道という無かれ、生きるというのはこういうことなのだ。


 ◆・◆・◆


 なんと凄い魔導師だ…


 と言うのが闘滅の剣のみんなの見解だった。

 こんな凄い魔法の使い方は見たことがない。と言うのだ。

 まあそうだろうと思う。


 この世界では大昔に一度魔法などの文明がうしなわれ、再現された魔法も全盛期には遠く及ばない。

 それに魔導器との接続の関係で、魔法を自分で構築するようなまねも出来ない。


 俺がやっている事は言ってみればロストテクノロジーなのだ。


 だから傍から見ればそれは凄いことに見えるだろう。


 その後スライムも出た。


 スライムといっても下水にいるような役に立つ、しかも可愛い奴ではない。

 こう、でろっとしていて、ずるずるで、しかも体内に生き物の、主に人間の半分溶解した死体を抱えているような奴だ。


 大きさというか幅は優に四メートル。

 真ん中辺りが膨らんでいて高さは一m強というところだ。幸い溶けかけの人間などはいなかった。


「こいつは物理攻撃がほとんど効かないんだ…」

「もし魔法で始末できるなら頼むよ」


 闘滅の剣の中にも魔法使いはいるのだが、基本火炎魔法しか使えないらしい。

 そしてここは歩いているうちに森の中にさしかかっている。

 ここで火魔法は危ないな。


 迷宮では山火事などと言う物は無いのだが、どういうわけか燃え広がらないのだが、それでもそこにいる人間を焼き殺すぐらいには燃え上がる。

 

 そして目の前のスライムはなかなかに大物だ。結構大がかりな火が必用になるだろう。


 ならばわざわざ危険を冒す必要もない。

 俺は左手を一本の長い砲身に変形させた。


 二mもある細長い砲身を持った武器だ。


「スライム退治にはこれが一番」


「はい。それはなんですか?」


 クレオさん良い質問だ。


「これは熱放射器だよ」


「えっと、火は不味いと思うんだけどね…」


 ミルトカさんはリーダーとかやるだけあってなかなかに心配性だ。


「大丈夫ですよ、使うのは水だから」


「「「水?」」」


 そう水です。

 もっと言ってしまうと水蒸気という奴だね。

 水は100度Cで蒸発して水蒸気になるので基本的にはそれ以上の温度にはならない。

 ただ気圧が高ければその限りではないのだ。


 水を高圧下で200℃ぐらいに加熱しておく。

 加熱などは簡単だ。魔法を使う必要もない。

 なぜならモース君は水の動きと状態を操れるから。

 水の精霊というのは液体を統べる精霊なのだ。なので液体の状態なら100度を超えて水を200℃にするのも難しくはない。


 そして200℃に熱した水を噴霧器の要領で噴き出させてやればあら不思議。

 解放と同時に瞬時に気化。170℃から180℃の過熱水蒸気を噴き出す熱放射器ができあがりだ。

 噴霧器と違って完全に気体だから無色透明。見た目は陽炎のように周囲を揺らめかせる風が吹き出しているようなものだ。


 実はこの方法ならいくらでも温度が上げられるのだが…あまり温度を上げると周囲にあるものの発火点を超えてしまうので火を使うのとまったく同じ結果になる。だから200℃ぐらいで押さえる。


 実は水蒸気でも際限なく加熱するとプラズマ化して本当に『火』になってしまうんだけれど…危ないからやめようね。

 さて。


 キュアァァァアァァァァッ!


 熱風を浴びたスライムがみるみるひからびていく。たこ焼きの上の削り節のように。

 タコ焼き好きだったんだけど、タコが手に入らないんだよね…


 そんな事を考えているうちにスライム焼きが出来上がった。

 周囲のゲル状の身体は完全に縮れ、残ったのは魔石のみ。


 うん、なかなか簡単だ。


 だが侮ってはいけない。スライムは実はかなりやっかいな魔物なのだ。

 おそらくこの第一階層最強の魔物。


 その後、魔法攻撃が必要な敵には俺が当たり、物理が効く敵にはみんなが当たるという方法で俺達は進んだ。


 第一階層の敵はやはり弱いのでほぼ無双状態だ。

 嬉々として魔物を狩る闘滅の剣のひとたちはヒャッハー状態でどちらが魔物か分からない。


 そしてまた一匹スライムが燃え上がる。


 俺の魔法で燃え…あれ? 俺って確か武道家だよね。

 なんで魔法しか使ってないんだ?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る