5-13 セイサン。

5-13 セイサン。



「ロードルさん、失礼ですよ?」


 マルレーネさんが注意するがロードルさんは聞く耳持たない感じでいかにもふてくされてますと言った風情でそっぽを向いている。

 ただ主張はあるらしく。


「あのな、冒険者のみんなはちゃんと順番待ちをしているんだ、どんな知り合いか知らないが順番を飛ばすっていうのは納得いかんのよ。わかる?

 それに俺は買取部門の責任者だ、全体の進捗を管理するのはあんただろうが、買取は俺のやり方でやらせてもらうぜ」


 おおっ、なかなか気骨のある人だな。

 それに悪い人でもないようだ。


「マルレーネさん、買取に関しては後日でもいいですよ。ロードルさんの主張は間違ってないでしょう?」

 

 あまりに一面的ではあるのだけどね。

 もめるぐらいなら後回しで構わないだろう。今日は忙しい。


「それはそうですけどね、まず効率というものもあります。ディア君の会計処理を後日二つに分けると経理の方がいろいろ面倒臭くなるんですよ。

 というわけで、ロードルさん。こちらがディア・ナガンさん」


「・・・・・・あの…ナガンっていうと…」


「ええ、うちの上得意のナガン商会の若様ね、ギルドの混乱期から何くれとなく助力してくれて、おかげさまでエルフとの取引も間に入ってくれて、うちはとても助かったわけですよ。

 あなたの主張も立派ですけれど、恩義に報いるというのもまた大事でしょう?」


「それは…そうですが…」


 うむ、ロードルさん旗色が悪い。


「それにデイア君はうちに回復薬や魔法薬をおろしてくれている錬成士の方でもあります。冒険者たちが安価で回復薬を使えるのは彼の『厚意』によるものですよね、そう言う人に多少は厚意を返すのは当然だと思うんですよ、それとも彼の厚意に期待するのやめますか?」


 話を聞いていくうちにロードルさんの顔色が悪くなってくる。

 暫くフルフル震えていたロードルさんはいきなり…


「すんませんしたー!!」


 とジャンピング土下座をかましてくれた。

 やはり彼も社会人だから、ギブアンドテイクというのは分かっているのだろう。一方的な厚意を期待するのは間違いなのだから。


「いえいえ大丈夫ですよ。そんなに気にしないでください」


「あのー…それで、回復薬などは…」


「ご心配なく、今度こちらに工房をしつらえるつもりなので今までよりも安定供給できると思います。できれば補佐ができるような人も作りたいと思ってますし」


 俺が恒久的にと言うのはしょせん無理な話だしね。あとをついで回復薬を作れる人とかいるといい。


 どこの世界も新人などというのは苦労するもので、腕があっても買い手が無くて商売にならないという状況はよくあることだ。御多分に漏れず俺もそうだった。左腕の魔導器の性能で上質のポーション類を作れると言っても買ってくれる人がいなければ話にならない。


 まあ俺の場合売らなくてもよかったのだがルトナがこの冒険者ギルドで活動するとなったのでここに安くていいものを供給しようと始めたのがこの取引の始まりだった。

 副次的効果として俺の回復薬、ポーション類は質がいいという認識が広まってこちらも結構いい商売をさせてもらっている。

 せっかくだからこの取引は続けたいものだと思っているわけだ。


「まあ工房を用意するまで少しかかると思いますが、いつも通りの納品分は持ってきましたから」

「ええ、そちらの処理は私の方で、獲物とあと盗賊?」


「ええ、盗賊をシめたときの戦利品もありますがそれも買取お願いします」


「はい、お任せください」


 うんロードルさん腰が低くなった。


 依頼の完了処理。回復薬の納品。盗賊から巻き上げた武器その他の買取。ここに来るまでに狩った獲物の買取。

 これらの処理は迅速に行われた。


「ごめんねえ…悪い人じゃないんだけど、ちょーっと頭固くて…」


 そう言うマルレーネさんの顔はどこか楽しそうだった。

 ひょっとして彼氏かなにかなのだろうか。

 まあ尻に敷かれている感じが実に様になっていたからうまくいくかもしれない。


 あとは当面の目的地であるロテナ地区の③エリアの詳しい場所を聞いた。

 ロテナ地区というのは旧市街らしい。昔の町の中心部だったようだが現在は町の拡大に伴って少しはずれになっている。

 建物なども古く、全体としては下町といったところのようだ。


 最後はうちの姉の動向だが…


「ルトナさんは現在パーティーで迷宮に行っているわ。パーティーのことは聞いているかしら?」


「ええ、一年程前に手紙を貰いました」


 なんでも女性だけのパーティーで、ルトナが参加するというよりももともと女性だけだったパーティーをルトナというか商会が取り込んだような感じだ。

 ナガン商会の専属冒険者ということになる。


 ルトナの話ではきっぷのいいあねさんがリーダーで、獣人も多く、結構気楽に付き合えるということだった。

 ルトナは武闘派の人間だが商会の仕事もあり、忙しい時は依頼をして、余裕のある時は自分も参加するという形らしい。

 実は会ったことがないので今回会うのを楽しみにしている。

 きっと楽しい脳筋パーティーに違いない。


「帰還は明日…明後日かな。になる予定だったわ」


「分かりました、とりあえず帰って来たら私が来ていることだけ伝えておいてください。居場所は商会に行けば分かるようにしておきます」


「はい」


 そして今回の報酬をクレオに渡してここでの用事は全部済んだな。

 お暇することにする。


 狩りの上りは総額で三万六〇〇〇リゼルほどになった。日本円で三十六万円ぐらいだな。普通の狩りと考えると高いように思われるかもしれないが五〇〇リゼルで売れる獲物でも七〇匹ぐらい狩れば到達する金額だ。

 ここに来るまでとにかくクレオが狩りまくったというか切りまくったというか…


 つまり清算ならぬ凄惨か?


 この半分に依頼料五〇〇〇リゼルを合わせて払って二万三〇〇〇リゼル。

 これだけあればしばらくは持つだろう。

 泊まる所を世話してもいいのだが…できればルトナには合わせたくない。


「それじゃ失礼しますね。ルトナのことよろしくお願いします」


「ええ、分かったわ。ルーちゃんが帰ってきたらすぐに知らせる。喜ぶわよ~きっと」


「まあ、それは分かっているんですけどね、喜び方に問題が…」


「あら、どういう感じかしら?」


 そこら辺は言わぬが花だろう。というかきわめて十八禁的な喜び方だから言えない。

 まず間違いなく襲われる。


 俺達はマルレーネさんとロードルさんの見送りを受けてギルドを後にする。

 ここも旧市街だから目当ての教会までそう遠くはないだろう。


 のんびり歩いて行こう。

 後ろの奴らも気になるしね。


 ◆・◆・◆ 【華芽姫は見た】


 華芽姫は現在ディアの内面に存在する『世界の欠片フラグメント』に避難している上級精霊である。

 一時期はあわや消滅という所まで行っていたのだが無理やり引っこ抜かれ、依り代との絆を断たれ、吃驚したがフラグメントは冥界、つまり精霊の世界に近い環境で彼女は急速に回復しつつあった。


 どのぐらい回復したかというと近場なら出歩けるぐらいに。


 時に精霊というのはたまに見ることのできる人がいる。

 彼らが見るのは主に『精霊虫』と呼ばれる極初期の精霊で、波長が合うと見えたりする。

 この波長だが実は下級であろうと上級であろうと波長自体は変わらなかったりする。


 ところが上級精霊を見ることのできる人はいない。

 上級精霊は精霊側が見せようとしない限り見えないのだ。


 なぜなら精霊は世界だから。世界に宿る意思だから。

 目の前に広がる景色の中に潜む意思が精霊だから見えていると言えば最初から見えているし、しかし認識できるかというとそれは無理な事なのだ。


 なので彼らはかなりフリーダム。

 どういうことかというとモース君もそうなのだが動けるようになった華芽姫は結構周囲をちょろちょろしていたりするわけだ。


 その華芽姫はちょっと面白いものを見た。

 数人の男がたむろして煙草をふかしていたのだがその男たちの耳に『ルトナ』の声が届いた。

 全員ではないその内の何人かは視線を転じてディアを見、そして表情を険しくしていく。


『おお~、これは嫉妬です~。確かルナって~マスターのおねえさんだったとおもうんですよね~つまりこの人たちはやきもちをやいているんですね~』


 ディアが建物を出ていったため華芽姫は自動でフラグメントに回収されたが最後に男たちが席を立ってディアを追いかけるのを見た。


『ふしぎです~なんで人間は勝てない相手にけんかをうるんでしょう~』


 最近は人間の行動を不可解に思うことの多い華芽姫にとって、人間観察とその行動の考察はなかなかに楽しい趣味になりつつあった。


『ご注進~』


 楽しそうであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る