ガンファイアー

「酔いが醒めたらA分隊を集めて門を落としてくれ、囮は僕がやる。――S2」

“準備完了:射角確保完了のお知らせ → キルゾーンに追い込んでくれれば頑張る件”

「……頑張ってほしい件」

“ファック:ファック”


 卯月からの通信に口角を歪めつつ、瓦礫の中に睦月を転がし、外に出る。

 僕の仕事は蓋の様なモノだ。

 貼り込んだインセクトゥムが逃げない様に、或いはこれ以上追加が来ない様に、分断して門を落とす。それが僕の部隊に与えられた仕事ビズだ。クールにこなすには少しばかり熱すぎる。

 スモークグレネードのピンを抜いて転がす。こ、と軽い音。大通りを行く行進パレードの一人――一匹に当り、止まる。

 そこでインセクトゥム共は僕の存在に気が付いた。

 ぎゅり、と伽藍洞の顔がこちらを向く「やぁ」と軽く手を上げて挨拶一つ。スモークグレネードが仕事を始めてモクモクと世界が白く染まる。ウォーカーのARが持ち上がる。僕を狙う。行けないな。それは――


「遅すぎる」


 一足。

 踏み込み、踏み抜き、距離を詰めて、耳元で一言。そのまま首を捻じ切り、ワンキル。

 白に染まる世界の中に濃緑色のアラガネを溶かす。

 引き金が引かれる。白い靄の中に色が混じる。硝煙の香りが広がる。悲鳴が上がる。僕のものでは無い。引き金を引いた彼のお友達のモノだ。

 僕の周りは敵だらけ。

 対して彼等の周りはお友達だらけで敵は僕一人。

 僕は雑に動けて。

 彼等は注意して動かないといけない。

 そう言うことだ。

 首を振る。周りを見る。風で流れる煙を見る。風以外の要因で動く煙を見る。

 視野を、広く、広く、広く。

 煙の動きから、カタチの動きを見て、音無く、気配泣く身体を滑らせ、組んで、折る。

 無音殺人術サイレント・キリング

 それだ。

 思考することが楽しい。少ない情報で動きを読んで、先回りして首を回すのがとても楽しい。追加のスモークを焚きながら、次、次、次と命に手を伸ばす


「卯月、僕のカメラアイの映像を如月にリアルタイムで反映。如月、煙の中を撃って見せろ」

“回答:無理である”


 あぁ、そうか。無理か。だろうな。知っている。今のはただの意地悪だ。狙撃手に成れない僕から、狙撃手である如月への嫌がらせだ。「……」。いけない。戦場に居るせいだろう。性格が悪くなっている。こん、と頭部装甲を左手の甲殻で叩く。音。それで意識を切り替える。


「……いや、すまない。無理を言った。それなら外を、煙の外から味方ごと僕をミンチにしようとしている奴を撃ってくれ」

“回答:了解である件”


 言葉に遅れて一秒。銃声が響き、インセクトゥムの鳴き声。

 僕以外にも敵がいることが、その敵が狙撃手であり煙の外に出ると撃たれることが分かったらしい。短絡的思考。死体が見えた外側の一匹が、死体が見えないことから未だ安全に見える煙の中、僕の方に一歩を踏む。腕を掴み、腕を捻り、盾の様にしながら奪ったARを乱射。応射に盾を削らせ、叫びを上げさせ、視覚に加えて聴覚も奪わせて貰う。

 首を振る。周りを見る。

 死体を捨てて、煙の中に飛び込む。大楯を構え、その側面で腹と思われる部位を強打。降りて来た頭に左腕の生体銃を叩き込み、その死体を放り投げ、その重さに潰される連中を踏み倒して、震脚。全力のソレで背骨を圧し折り、内臓を潰して終わらせる。

 首を振る。周りを見る。

 ふあ、と煙の動く先。突き出た銃口に踵を叩きつけて下から克ち上げる。失った武器を探して空に手を伸ばすウォーカー。その空いた顔を掴み、足を踏み、身体を抑え、首を引き抜いた。

 濁った透明な体液が噴き出す。それに身体を濡らしながら――

 首を振る。周りを見る。見る、見る、見る。煙の中、鋭く、鋭く、鋭く、使いモノにならないはずの視覚を徹底的に研いで使いモノになるようにする・・・・・・・

 そうやって僕は時間を造った。


“緊急:別動隊が近づいている件”


 卯月からのそんなメッセージ。煙の中で無双をしてみたところで、数の暴力の前にはここまで。如月の処理能力を超えた援軍に来られた時点でお終いだ。


「睦月」

“状況終了:門の爆破準備は完了。ついでに逃亡経路も造っておいた件 → A2がカバーを用意している件”

「成程。それはそれは――」


 ありがたい。

 後はそっちに逃げての勝つ気の無い持久戦。それをやれば良いという訳だ。


「……」


 モノズが優秀過ぎる。良く滅びないな、僕達トゥース。いや、この場合はどうして勝てないんだ人間? の方が適切か。どれだけ身内で足を引っ張り合っているのだろうか? 救いが無さすぎて素敵過ぎる。

 あぁ、だが、そんなモノズと人間を相手に戦い続けられるんだから――


「強いんだろうな。僕等トゥースも――君達インセクトゥムも」








 二匹。

 たったのそれだけだ。

 ソレが煙の中に投下された。

 彼等は僕の姿を知覚出来ていない。彼等は他のインセクトゥムと同様に僕を殺すことは出来ない。だが――僕は彼等を殺し切れない。

 近衛ガード

 女王陛下の盾。分厚い甲殻を纏ったウォーカーは僕を殺せず、僕に殺されることなく、それ故に僕から時間を奪うことが出来る種だった。

 生体銃の射撃。三点に釘った殺意がガードの分厚い甲殻に阻まれる。位置を知らせてしまった代償として放たれるタックル。それを足裏で顔面を踏むことで止め、一歩。踏み込み、頭を踏み潰そうとするが――


「……」


 二匹目。それが許してくれない。相棒を巻き込むことも厭わない銃撃が僕に後退を選ばせ、ついでに回りのウォーカーに場所を知らせる。

 死ぬことも仕事であるウォーカー達の銃撃。それを倒れる様にやり過ごし、更に後ろへ。スモークグレネードのピンを抜いて煙を追加しながらどんどん行きたい方向から離される。

 ミニマップに視線を奔らせる。「――」出そうになる舌打ちを噛み殺す。随分と集まっている。最悪だ。何だ? 誕生日のパーティでもやるのか? その招待状を持って居ない僕に皆さんがお怒りだと言うのならばもう帰ろうとしている最中なのだから見逃しては食えないだろうか?


「……」


 無理か。無理だな。諦めよう。諦めて――僕もパーティに参加しよう。


「状況整理」


 声に出す。言い聞かせる。深呼吸もする。

 インセクトゥムは馬鹿ではない。

 煙の外側の戦況から僕が何処に逃げたいかはばれている。そちらのガードは固められている。だからそっちにはイケナイ。それなら――


「逆に行く」


 子供のような答えだが、これで良い。マップを精査して、背中を預けられる瓦礫をピックアップ。応戦の意志を見せる様に射撃をした後、走り出す。

 詰みに向かった。

 それでも詰むまでの時間を稼いだ。

 だからそれを使う。

 敵の射線を惹きつける。そうして僕を喰おうと涎を垂らして寄って来た奴等の尻を掘る。ファックだ。それ程悪い賭けではない。B1、P達の部隊を使っ――


『ねぇ、A』


 思考に、声が割り込んだ。


『良く見えないわ、ちゃんとを向いて』


 少し不機嫌そうな少女の声。

 まさか。

 そう思いながらも思わず振り返る。薄くなった煙の中、極々近距離にいる僕だからこそシルエットが分かる様になった程度のウォーカーの頭が吹き飛ぶ。

 響いた銃声ガンファイアーは、一発。

 お手本の様なワンショット・ワンキル。

 状況が想像できる僕ですら止まった。だから想像すらできないインセクトゥム達も止まった。

 それは一瞬の空白だ。

 一秒にも満たない時間だ。

 戦場から音が消えたその刹那を縫う様に、再びの銃声ガンファイアー

 一つの命が、インセクトゥムの命が散る。

 それは如月が無理だと言った僕のカメラを見ての煙中狙撃スモーク・ハインド・スナイプ

 出来る訳が無いと僕自身が諦めた一撃。


「……もう、動いて良いのですか?」

『良くは無いのだけれど……動かないと貴方、死んじゃいそうだから』

「……」


 そうか。そんなか。僕は頼りなく映ってしまったのか。それは少し……嫌だ。こん、と頭部装甲を左手で鳴らして意識を切り替える。気合いを入れる。


「睦月、卯月、観測情報をアイリに。特に睦月。僕のカメラの情報をなるべくリアルで送れ。……アイリ」

『? なぁに?』

「キルゾーンに追い込む。とどめは――」

『うん、任せて。頑張るわ』


 むん、と気合を入れる気配。

 何となく、小さく拳を握る彼女の姿が思い浮かんだ。

 芸術の様な煙中狙撃スモーク・ハインド・スナイプ。それを見せられてから心臓の鼓動が酷くうるさい。


「……アイリ」

『どうしたの?』

「好きです」


 ウォーカーのバランスを崩して動きを止めながら僕が言えば――


『…………………………………知ってるわ』


 その頭を撃ち抜きながら彼女が答えてくれた。









あとがき

今年はDoggyが書籍化したりと色々あった年でした。


まだ買って無くて連休中の暇潰しに悩んでいる方が居ましたら是非!


と、そんな宣伝ができるとは去年は思っても見ませんでした。

それも応援して下さった読者の皆さんのお陰かと!

来年も引き続き楽しんで頂けレバー。


そんな訳で今年最後の更新です。

良いお年をー。

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