Doggy House Hound(s)

ポチ吉

アルブレヒトと少年A

 僕にはなりたいものがあった。

 僕はそれに向いて居なかった。

 悲しいことだ。

 十八年。僕が生まれてからそれだけの時間が経っていた。そしてその全て――とは言わないが、大半を捧げた結果は、僕は僕の『なりたいもの』になることは出来ないと言う結論だった。

 言い訳の様なモノを言わせて貰えるのならば、一応、それなり程度の努力はした。

 ……まぁ、それでは足りなかったのだ、と言われてしまえばそれまでだ。

 取り敢えず、夢破れてハートブレイクな僕は向こう一年程を心の療養に当てることにした。

 職業に付くことなく、学業を修めるでも無く、勿論、職業訓練にだってつかない。

 ――そう、ニートになるのだ。






 認められなかった。

 部屋に閉じ籠ること三日で僕の楽園自室の扉の鍵が一番上の姉の指示の下、末の姉の放ったショットガンマスター・キーにより砕かれ、真ん中の姉に首根っこを掴まれて引き摺り出された僕は、幼馴染の整備したサイドカー付きのバイクと最低限の荷物と仔犬を一匹渡された後、街から追い出されてしまった。

 酷い話だ。

 だが仕方ないかもしれない。

 何と言っても世界は終わりかけだ。

 ツリークリスタル。そらからやって来た万能無機物を巡り、蟲人間である“インセクトゥム”、泡としか言いようのない“バブル”。これら二種の敵性宇宙人と人類は戦争をしている。

 一応はホームだからだろう。

 一応の善戦はしている。

 それでも十数年前には宇宙人に分類されていた僕の様な“トゥース”と呼ばれるツリークリスタルの影響で進化した種が今は人類と分類されていることから、僕が『一応』の善戦と言った理由を察して欲しい。

 そしてそんな状況ではニートを養う余裕はない。そう言うことだ。

 そんな訳で僕は外の世界に放り出された。

 本当に酷い話だ。

 だが押し付けられた仔犬は僕が自棄になって自死を選ばない様にと言う理由だけで親元から離されたのだから更に酷い話だった。

 末姉すえあねは、守るモノ、庇護しなければならないモノが身近に有れば僕は死なないとでも思っているのだろう。

 まぁ、あながち間違ってはいない。

 僕は、僕のなりたいものへの才能は無くとも、この終わり掛けの世界で生きる才能はある。そう言うことだ。

 実にファックである。

 兎も角。

 そんな訳で、この事件において未だ左耳が折れている尻尾の無いウエルシュ・コーギー・ペンブローグの仔犬だけが純粋な被害者だった。

 ……まぁ、サイドカーにてへそ天で眠る姿からは微塵の悲壮感も漂ってこないのが救いだ。






 アル。アルブレヒト。

 コッペパンに僕はそう名付けた。

 間違えた。

 仔犬に僕はそう名付けた。

 遺伝子改良され、人の言葉を正確に理解できる様になってはいても犬は犬で、仔犬ならば尚イッヌ。そう言うことなのだろう。顔の中心を奔る白のコーギーラインをなぞる様に掻いてやれば、それだけでご機嫌になってしまうアルは恐らく現状の把握は出来ていても、現状がそれなり程度にはヤバいと言うことは分かって居ない様だった。

 頭をぐしぐしと乱暴に撫ぜてやれば、うゅー、と気持ちよさそうに眼を細めるアル。

 そんな彼を見ていると分かってしまうこともある。

 悲しいことだが、僕の脳は単純な構造をしているらしい。

 彼の為にも仕事をしなければ、と思ってしまった。末姉の思う壺と言う訳だ。






 恐らくは殺しても大して奪うモノがないと判断されたのだろう。

 賊に襲われること無く、敵性宇宙人との戦闘も無く、赤土の荒野をバイクで走ること二日。

 そろそろ燃料と食料が無くなると言う所で僕は街に付いた。

 勿論、人類の街だ。

 もっと正確に言えば“人間よりの”人類の街だ。

 トゥースの僕にはあまり居心地は良く無さそうだったので、五秒ほど人間のフリをすることを考えた。だが残念。

 母親ゆずりの甲殻に覆われた尾と異形の両足、それと左腕の生体銃。この辺りなら服の下に隠すこともできたのだが、ここ三年程で顔の右半分にまで甲殻が浸食してきたので人間のフリは無理だった。僕は諦めて厳しい視線に晒されながら街へと入ることにした。

 あぁ、今更だが、僕のお父さんは人間で、お母さんはトゥースだ。人間の進化系とも言えるトゥースは人間と交配が出来る。そして片親がトゥースの場合、例外なく子もトゥースと言う特性から僕はトゥースとして生を受けた。

 ……何と言うか人間絶滅待ったなしと言う状況である。

 トゥースを人類と数えだした理由はその辺りにあるのかもしれない。

 お父さんは種の絶滅を推し進めてまで異種族且つ、殺し合いをやっていたはずの種であるお母さんと結ばれて、子を為した。そこにはそれなり程度のドラマがあったのだろう。

 まぁ、どうでも良い。

 そのお陰でトゥースとして生まれてしまった僕を見る周囲の目が厳しいと言うのが問題で、現状で、現実だ。

 キダイ。

 それが街の名だ。人間よりの都市であることを示す様に、モノズと呼ばれる球体の機械生命体が大量にごろごろと転がっている。

 それを見たアルが耳をピンと立て、ついでに舌もしまって、きりっ、とした表情をしていた。

 獲物を狙う目だった。


「……」


 とても嫌な予感がする。

 そんな僕の予感を肯定する様に、サッカーボール大の小型モノズに飛び掛かるアル。

 させるか、とその首根っこを掴む。すると、僕の手を噛んで逃げ出そうと身をひねってうごうご動き出した。牙を剥く仔犬は獰猛さよりも妙な可愛らしさがある。

 そして僕に敵わないと分かると悲し気に、ぴー、と鼻で鳴き出した。


「……それは狡いだろ」


 思わず僕。

 まるで僕が虐めている様なのでとても止めて欲しい。

 仕方がないので抱き上げてやる。

 ふんふんと匂いを嗅いだアルは高くなった視界を楽しむ様に周囲を見渡した後、僕の肩に顎を置いて、ふーん、と満足気に鼻息を吐き出した。

 犬であれ、人であれ、赤子と言うモノは高い視界を好むらしい。






 戦時中だからだろう。

 傭兵と言うのは割と成りやすい職業だ。極論、健康な身体を持って居れば――いや、健康な身体すら無くても就くことが出来る職業だ。

 だから僕は傭兵になることにした。

 一応、それなり程度の訓練は受けているし、装備も末の姉が使い慣れたモノを持たせてくれた。……まぁ、一番大事なモノを入れ忘れている辺りが彼女の限界だろう。あの姉は何時も肝心な所で大切なモノを忘れるのだ。

 兎も角。

 傭兵と言う職業は、成り易い職業の一つだ。

 信頼されなくても構わなければ、履歴書が殆ど空欄でも良いし、偽名でだって登録は出来る。

 今更だが名乗っておこう。

 A。

 それが僕の名前だ。少年Aとして報道された場合、匿名ではなく、まさかの実名。そんな名前だ。

 ……まぁ、実を言うと本名では無い。本名はもう少し長い。長いが、余り好きではない。

 だから僕は傭兵を始めるに辺りAで通すことにした。名前なんてモノは一文字あれば十分。

 そう言うことだ。







あとがき

ぷちぷちと新連載。

荒廃した世界の物語です。


以下はプチ宣伝

この主人公の父親の物語

Doggy House Houndが10月25日に発売します。

興味を持って頂けたのならそちらもよろしくお願いします。

因みにweb版とはヒロインが違うので、そっちではA君は生まれません。かわいそう。


あ、みことあけみ先生の設定資料集付きのオーバーラップ通販も在庫が復活したらしいです。

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