第10話 海賊退治③─盛国と忠正の戦い─

   1



「兄貴、どうする?」


 長い髭を蓄えたいかつい大男は、スキンヘッドの男に尋ねた。


 スキンヘッドの男は、清盛の方を指差して答える。


「立派な鎧着たチビ殺っちまおうぜ。あの鎧が欲しい」


「兄貴、そんな雑魚よりも、近くにいる寄り目のオッサンと傷のオッサン殺っちまおうよ。持ってる太刀高そうだし」


「でも、嬲(なぶ)り殺しにする方が楽しいじゃん。悲鳴聞くのが」


「兄貴も趣味が悪いなぁ」


「海王丸、〈趣味が悪い〉ってのは余計だよ!」


「いや、兄貴どう見ても趣味悪いって」


「また争ってる」


「仲のいい兄弟だな」


 山王丸と海王丸の部下は、早く戦いを始めてくれと言わんばかりの表情で、兄弟同士の不毛な争いを眺めている。


 遅いことに呆れたのだろう。一人の子分がそれについて指摘した。


「お頭、早く平家の連中に名乗ってくださいよ」


「あ、そうだった、では名乗ろう」


 海王丸から「兄貴」と呼ばれていた男は、諸刃の唐剣を上げて叫ぶ。


「我こそは、瀬戸内海、いや四海に覇を唱えんとする大海賊山王丸!」


 続けて名乗ったのは、スキンヘッドの男。


「同じく、世界全土の海に悪名を轟かさんと欲している弟の海王丸!」


「日中、捕まった傘下の海賊たちを奪還すべく、わざわざ出向いてやったのだ」


「覚悟せい」


 薙刀や弓矢を持った海賊の集団が小舟を漕いで、浜へ上陸する。


「こちらもやられっぱなしでは部が悪い。やり返せ!」


 忠盛の指揮の下、一般兵たちは倍以上の人数がいる海賊軍団へ向かって、勇猛果敢に突っ込む。


「維康、家盛を安全な場所へ」


「わかりました」


 維康は家盛を抱き上げ、戦線を離脱した。



   2



「たがか海賊。訓練を受けていないだけある」


 忠正は、海賊の返り血で真っ赤に染まった顔に笑みを浮かべながら、ひたすら雑魚を斬り続ける。


 そこへ、鎧を着、立派な太刀を佩いた長身瘦躯の優男が忠正に近づいてきて、


「さあ、それはどうでしょうね」


 笑顔で平家の兵を切り殺した。


 虫を殺すのさえためらうほど気の弱そうな風貌と真逆の性格、かがり火で顔がぼんやりと照らされているせいか、顔についた返り血が不気味に見える。


「お前誰だ? なりからして、海賊のように見えないが? 俺は平正盛が次男平忠正。いざ、尋常に勝負」


 忠正は切りかかった。


「私は藤原安芸掾定元。在庁官人で武士です」


 定元は忠正の太刀を押し返そうとした。見た目よりも力があるようだ。


「そうか、なかなかやるじゃないか。でも、なぜ、官人が海賊船に同伴している?」


 忠正は海賊船に登場している理由を聞いた。


 定元は刀同士で組み合うのをやめ、平家の雑兵の血がついた刀を舐め、


「血に飢えているのと、腐った世の中に鉄槌を下したいからですかね」


 と答えて、斜めに斬りかかった。


 忠正はこれを受け止め、


「そうか、第二の純友になろうという魂胆か。俺にはさっぱりよくわからん」


 首を狙い、執拗に斬りかかる。


 太刀を交えること、数合。


 定元は刃を離し、


「わらかないやつは、わからなくていいんです。一生搾取され続けるといい」


 忠正の手を蹴りつけた。


「なんだ、その程度か?」


 忠正は定元の一撃を受け止めた。にやりと笑い、足元のつけ根を斬りつける。


 定元は体勢を崩して、砂浜に倒れた。


「これで、お前も終わりだ! 地獄で苦しめ」


 忠正は定元の烏帽子を取り、鬢を強くつかんだ。持っていた太刀で、首を斬ろうとしたときに、


「辞めんか」


 誰かが忠正の腕をつかんだ。


 忠正は振り返る。


 視線の先には、忠盛がいた。


「あ、兄上、何をする! こいつは大罪人だぞ」


「まだ裁いていないのに、殺してしまうのはよくない」


「なぜだ?」


「有能な人間を殺すのは口惜しい。お前も、こんな世の中に絶望しているのだろう?」


 忠盛はうつ伏せになって倒れている定元に語りかけた。


「朝家の犬であるお前に何がわかるんだ? 俺はお前らを倒して、世の中を変えるんだ」


 定元はにらみつける。


「私にはお前のようなことを言う息子がいてな、武芸や学問、管弦の才はからっきしだが、悪いやつじゃない。よかったら息子と一緒に、一門の一人として、私に仕えてみないか?」


「断る!」


 定元は即答した。


「最初はそうかもしれないが、まあ、ゆっくり考えるといいさ。あと、忠正、そいつをよく縛っとけ」


「仕方ないなぁ。おら、大人しくしてろ!」


 忠正は定元の腕を強くつかみ、手足をきつく縛り付ける。



   3



「次から次へと出てきやがって」


 盛国は雑魚海賊を薙刀片手に切り倒していた。


 そこへ、鎧の上に大太刀を背負い、ぼさぼさに伸ばした黒い髪が特徴的な少年武者が近づいてきて、


「そこの者、名をなんという?」


 名を聞いてきた。


 盛国は名乗る。


「私は平家に仕える侍平盛国。お前は?」


「おれは嵯峨源氏の#源凪__みなもとのなぎ__#。#松浦凪__まつうらなぎ__#とも呼ばれている」


「〈松浦党〉か。話に聞くところでは、〈武士〉とは名乗っているが、略奪や人買いも平然と行う無法者の集団と聞いている」


 盛国は薙刀を八双に構え、凪に突撃した。


「そうか、それは可哀そうに」


 凪は薙刀の柄で打ち合わせる。


「主人の頼政も呆れてるだろうな」


「海賊といえば絶対悪と決めつける思考回路は短絡的でよくないな。おれたちは悪いことばかりしているように見えるけど、そうじゃないんだぜ。生きてくのに必死なんだ」


「生きてくのに必死なら、何やっても許されるのか? 悪いことばかりしていないのは、どういうことをしているから、そう言い切れるんだ?」


 凪の右腕を盛国は蹴り飛ばした。


 凪は薙刀を落とし、よろけながら2メートルほど吹き飛ぶ。


 盛国は薙刀の矛先を凪に向ける。


「答えろ」


 凪は背中に背負っていた大太刀を抜いた。


 大太刀の長さは四尺ほど。白い刃は、かがり火の光に照らされた橙色の刃が煌めく。


「・・・・・・」


 凪はしばらく黙り込んだ後、


「金を払ったら、安全な道を教えたり、他の賊から船を守ったりしてるんだ。それの、何がいけない?」


 と答えた。


「やってることは間違っちゃいない。だけど、普段やっていることが間違ってちゃあな」


 盛国は凪の構えを崩し、大太刀を持っていた手を切り落とした。


 凪はなくなった右手を抱え込み、壮絶な悲鳴を上げて地面に倒れた。


「お前はまだ若いから、殺さないでおくよ。残った左腕で何ができるか、考えるんだな。それじゃあ、また縁があったら会おう!」


 盛国は凪にそう言い残し、去っていった。



   4



「4人殺った。あと一人」


 清盛は雑魚を一人殺した。生け捕りの方は、既に済んでいる。


「誰でもいいからかかってこい!」


 清盛は太刀を構えながら、辺りを見回す。


 そのときの面構えは「臆病者」のそれではなく。凛々しい「若武者」のそれに変わっていた。


「来ないか。別の場所へ向かおう」


 清盛は別の場所へ向かおうとしたそのとき、


「兄ちゃん見っけ」


 目の前に唐剣を持った山王丸が立っていた。

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