3. 仮説

 今の自分が唯一考え出せた仮説とは、、というものだ。


 そもそも科学とは何かといえば、現象を説明できる理屈を考え出そうとする営みである。

 まずは現実に起こる現象を観察する。現象に対応したモデルを考え、数式を使ってその振る舞いを記述する。そうして、観察された現象の全てと矛盾しない、その現象の全てを説明できる体系を考え出すのだ。


 他にも反証可能性とかいろいろと気にすべきことがあるが、そこはいい。


 重要なのは、この営みはひとつの前提を無意識に用いているということだ。すなわち、という前提である。


 もし、この前提を崩されるとどうなるか。ほんの一瞬だけ、それ以外のすべての現象とはなんの類似点もないような何かが起こってしまったら。たとえばリンゴが浮き上がったり、地球が公転をやめて立ち止まったり、無から岩が出現したり、あるいはそう、―――東京タワーがビームを撃ったりしたら。


 それを科学的に説明するのは、不可能ではないだろうか。


「……」


 自分がいつになく真顔になるのを感じた。どうしたものか、この仮説を否定できなかった。アルコールのせいで思考が鈍っているから、だと思いたい。


 この現象は今までに一回しか観察されていない。法則とは、複数のものの共通点を探すことで見いだされる。単発の現象に法則は見いだせない。本当にあれが、空前絶後の、なにかの間違いでしかないとしたら。


 ビーム以外の全ての現象に有り、ビームにだけは無い共通点がある。そしてビームはビーム以外の全ての現象と一切の共通点が無い。その場合は、ビームとビーム以外の現象を統一的に説明できる理論など原理的に存在しえないのではないか。


「うおぉぉぉ……」


 ビームビームとばかり考えているうちに、また呻き声が出る。なんだかこんなふうに鳴くのが癖になってしまったのかもしれない。ぬるくなった酒を飲みほして、ベッドに仰向けになる。


 こんな仮説も否定できないとは、僕はいよいよ頭がおかしくなってしまったようだ。頭のおかしい現象のことばかり考えているのだから、まあ仕方ないだろう。僕が精神を病んだら労災くらいおりてほしいものだ。


 明日はどこか、遠いところに出かけてみよう。こんな難題を研究しているのだ、休日に頭を休める権利は十分にある。


 だんだんと意識の薄くなっていくなかで、強く思った。


 どこに行くにせよ、絶対に、東京タワーが見えないところにしよう―――。

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