2. 帰路
僕は、今日もなんの成果も挙げられないまま帰路に就いた。
高電圧工学を専門とする准教授として、勤め先の大学に設置された「東京ビーム事件研究部」に駆り出されてはや3か月。意味不明な事件の原因を探り、なんらかの科学的な説明を与えることを目的として作られた組織は、完全に行き詰まっていた。
「なーにが、君ならできる、だ……」
夜道を歩きながら独りごつ。3か月前の主任の判断は的確だったと言わざるを得ない。彼は実に手際よく、厄介な仕事を若手に押しつけることに成功していた。
初めの2か月は目撃証言や映像記録などを集めることに専念していた。そして、とてつもない量の証言と証拠が集まった。なんせ12kmもの高さまでビームは届いていたし、その日は関東一帯は雲一つない冬晴れだったのだ。
東京だけでなく、ビームが地平線の下に隠れずに見える全ての地域に目撃者がいたし、彼らによって証拠となる写真や映像も撮影されていた。他にも周辺空域を飛んでいた飛行機、人工衛星ですらしっかりとそのビームを撮影していた。
僕を含む研究部の面々は、年末年始の休みすら返上してそれらの記録をかき集めた。
記録の整理が終わり、東京タワーそのものの調査も終わり、さてそろそろ原因を考えねばなるまい、となったのが1か月前。そして、そこから今日に至るまでの一か月もの間、僕は―――そして研究部の同僚たちも―――なんの結論も出せていなかった。
「ぬうぅぅぅ……」
苦悩に満ちたうめき声が勝手に喉の奥から漏れ出てくる。この一か月の間にわかったのは、この現象は既存の物理学には収まらないものであること、ましてや自分の専門分野である放電現象などではありえないこと、それでもしばらくはこの組織で奮闘せねばならないこと、だ。
これまでの研究でも当然ながら壁にぶち当たったことはある。しかし、この現象には今まで経験したことのないような気持ち悪さがある。正解の選択肢がない選択問題を解かされているような、そんな感覚だ。
歩道橋を渡る途中に左を見ると、ちょうど件の東京タワーが見える。ビームなど出したことはございません、といった風情で今夜も呑気に航空灯を光らせている。実際にビームは一切の痕跡を東京タワーに残していなかったのだから、当然ではある。
「ぬううぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
深く深く呻く。前を歩いていた女性がビクッとしてこっちに振り返った。夜道で背後を歩く男がなにやら唸っているのだから当然だろう。申し訳なくなって、早足で追い抜かす。
早足のまま家につき、床に座り込んだ。単身者用の狭いアパートは紙の資料であふれかえっていた。
ここ一か月は、毎晩のように手持ちの書籍や大学図書館で借りてきた資料に目を通し、類似の現象の例がないかと探していたのだ。結果として、この現象が説明不能であることを毎晩のように確認するだけに終わったが。
「よし、いったん忘れよう」
声に出して思考を切り替えようとしたが、やはりこの難題が頭から離れなかった。勤務時間外だし、明日は休日だ。一度仕事のことを忘れても罰は当たらないだろうが、我ながら仕事熱心なことである。
帰る道すがら買ってきた酒の缶を開けて、何かを押し流すように一気に呷った。
そして、アルコールが回り始めた脳で、いまの自分が唯一持っている仮説についてぼんやりと考えを巡らせ始めた。
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