無自覚は罪

 今の俺に欠けているのは、一体何なのだろうな。何が、二十数年経っても未だ備わっていないのだろう。慈悲、だろうか。それとも愛情だろうか。

 ん、何故そんな事で今更悩んでいるのかって? ……どんなものよりも大切にしたいあの子が、いつもいつも俺といると泣いてしまうからなんだ。俺は、いつも極力優しくしているつもりでいる。うっかり折ってしまわないように、絶対に壊してしまわないように、そっとそっと触れているつもりなんだよ。それなのに、どうしても彼女は泣かせてしまう。

 何処か辛くて痛むのか、何が怖いのか、何か哀しいのか。何度か問うた事があったのだが、彼女は首を横に振るばかりだ。どうして泣くのだろう。何が、彼女の眼から涙を零させるのだろう。

 俺はあの愛しい顔が涙に濡れると、不思議な気分になるんだよ。湿った頬を舐めて、伝う途中の雫を掬い、目尻を吸うと、とても穏やかな気持ちになる。これは一体なんだろう。誰か、知っている者がいるだろうか。その誰かに問い質せば答えを得られるだろうか。もしかして、俺は内心彼女を泣かせたいと思っているのだろうか。

 先程言ったように、何とも言えない気持ちを味わいたくて、無意識の内に俺は何かしでかしてしまっているのか。では、原因は俺に足りない何かではなく、俺自身の欲求なのか。俺が夜空さんに向ける優しさは、そういった欲求から何かを孕んでいるのだろうか。だから、彼女は泣いてしまうのだろうか。嗚呼だとしたら俺は、彼女にはとても可哀想な事を――。

 バシッ……。


「おい何で叩くんだ。状況が判らないんだが」


 一やられたのに十で返してこない月光は、確かに変わったものだ。


「お……あ……し……か」

「いつ私が夜空さんを憐れんだ話になるんだ?」

「……ど……き……だ」

「……言いた事がよく解らないんだが」

「……お前は」


(喜びや幸せで、涙を流した事がないのか?)

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