クレオメの嘲笑【春と夜if】
――Man is cultivating the black rose into the heart anyone.
本日の勉強を終えると、後は和やかな歓談となった。芸術に造詣が深い春宵の話は、ろくに外出ができない夜空にとっては興味深いばかりで、時間はあっという間に過ぎてゆく。そんな和やかな空気に入り込むのは、二回のノックの音。許しを出した春宵の声のすぐ後に開いたドアから、冷たそうな印象を持たせる顔立ちに眼鏡をかけた青年が現れた。春宵の部下の一人である。
「春宵様、客人がおいでになられております」
主人を呼びに来たようだ。スッと表情を変えた春宵は立ち上がる。
「ちょっと失礼するよぉ、暫らく席を外すけどこの部屋にある本は自由に読んで構わないからねぇ」
膨大な量の蔵書を指し、夜空の了承を聞いてから部屋を出て行った。
「ハァ、アポも取れない客は困りもんだねぇ」
「御意でございます」
革の手袋を嵌めながら大層不機嫌そうにボヤく春宵に、既に色違いだが同じ手袋を装着した部下も同意して地下へ続く階段をわざと足音を立てて降りていく。やがて燭台の灯りのみが頼りの深い闇の中、頑丈な鉄の扉に隔てられた冷たい地下室に二人は辿り着いた。
其処には上半身裸の、手足を縛られた若い男が無造作に床に転がされている。男は真新しい生傷だらけ。部下の能面のような顔を見た途端、ヒイッと悲鳴を上げた。不自由ながら必死にもがいて後ずさりする。無様なものだ。用事があると言って団欒を辞退した部下は、暗殺を目論んで侵入してきた男を締めあげていたのだ。しかし、圧倒的な力に屈しはしたものの、なかなか強情で口を割らなかったのだ。
「アンタさぁ、手緩いんだよぉ」
地下室の主は妖しく哂う。
「殺さないでくれ!」
一歩春宵が歩み寄ると、不穏な空気を感じ取った男は命乞いを始めた。
「ああ、殺しはしないよぉ」
その言葉で僅かにホッと胸を撫で下ろすが、それは束の間の喜びに過ぎなかった。
「十六夜、アレを」
部下に取り出させた物に怖気が走った。葉の形に似た刃がいくつも装着された鎖の鞭をジャラリと鳴らす春宵は再び笑い、今日のおやつでも紹介するかのような穏やかさで宣告する。
「じきに自分から死にたくなるんだからねぇ」
男の絶望と苦悶に満ちた悲鳴は分厚い扉の奥に封じられ、闇へ葬り去られた。
「ごめんねぇ、待たせちゃったぁ」
ようやく戻ってきた春宵が席につく。袖のフリルに赤いものを見つけた夜空が驚きで目を見開く。
「春宵さん、お怪我されたんですか?」
「ああ、さっき引っ掛けちゃったんだよぉ。別に問題ないさぁ、もう片は付けたからぁ」
春宵は優雅に笑って、ティータイムの続きを促したので、その話はそこで途切れた。
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